第14話 隠し部屋

 朝、いつものようにシヴァに顔を舐められて起こされた。


 ベッドに起き上がって大きく伸びをしていると「ジェレミー様、お目覚めですか」と声をかけられた。


 ベッドの側にメイドが立っている。一体いつから僕が起きるのを待っていたんだろう。


「あ、おはようございます」


 メイドはニッコリと笑うと顔を洗う為のお湯をベッド脇のテーブルに持って来るとタオルを持って待ち構えていた。


 僕が顔を洗うとサッとタオルを渡してくれて、僕が顔を拭き終わると服を着替えさせてくれた。


 あれ? いつの間に寝間着に着替えたんだろう?


 僕が不思議そうな顔をしているとメイドが僕を着替えさせながら話してくれた。


「昨夜はジェレミー様がお部屋に戻られた後、寝間着を届けに来ましたら既におやすみでした。お着替えをさせる時にご主人様がいらしてジェレミー様の着替えをされました。勿論私達もお手伝いいたしましたが。それからベッドに寝かされてしばらくお側におられたようです」


 確かにベッドの側に椅子が置いてあった。ここに父上がいたのだと思ったら何だかこそばゆいような気持ちになる。


 メイドに連れられて食堂へと向かうと、父上はちょうど朝食を終えて立ち上がった所だった。


「おはようございます」


 僕が挨拶をすると父上はちょっと目を見張ってほんの少し頬をほころばせた。


「おはよう、ジェレミー。よく眠れたか?」


「はい」


 僕の返事に父上は満足そうに頷いた。


「朝食が済んだら私の執務室に連れて来てくれ」


 メイドにそう告げると父上はさっさと食堂を後にした。


 テーブルに付くと次々と料理が運ばれて来たが、朝からこんなに食べられないな。


 戸惑っていると給仕の人に「どうかされましたか?」と尋ねられた。


「これ全部は食べられそうにないんだけど…」


 僕が申し訳なさそうに告げると給仕の人は急いで首を横に振った。


「とんでもございません。ジェレミー様がお好きな物がわからないので色々ご用意させて頂いただけです。お好きな物だけ召し上がって下さい。次からはそれに合わせてご用意いたします」


 僕はホッとして食べたい物をお皿に取り分けて貰ったが、どれもこれも美味しかった。


 朝食を終えた僕をメイドが父上の執務室に案内してくれた。そこは昨日バトラーに連れていかれた部屋だった。


 メイドがノックをするとすぐに「入れ」と父上の返事が返ってきた。


 メイドが開けてくれた扉を入るとすぐに扉が閉められ、父上と二人きりに…ではなかった。


 何故かシヴァがソファーに寝そべっていたし、アーサーとグィネヴィアも父上の側に浮いていた。2本もペーパーナイフが浮いているっていうのもシュールだな。この屋敷の使用人達はこの光景を何とも思っていないのかな。それとも浮いているのが見えないんだろうか。


 そんな事を考えているうちに父上は机の上の書類を手早く片付けると僕を手招きした。


「こっちに来なさい。皆揃ったな」


 そう言うと壁にある本棚に近寄って分厚い本を一冊抜いた。そこには小さなボタンが隠されていた。


 もしかしてスパイ映画とか漫画とかである隠し部屋ってやつ?


 ちょっと心躍る展開にワクワクしていると、父上はそのボタンを押した。


 すると本棚が横にスライドしてポッカリと入り口が開いたがその先はモヤに包まれたように何も見えない。


「入りなさい」


 父上に促されて僕とシヴァとアーサー達は隠し部屋の中に足を踏み入れた。


 真っ白なモヤを抜けるとその先にベッドが見えて誰かが横たわっていた。


「あれはジュリアか?」


 アーサーの呟きに僕はベッドの中の人を凝視した。


 父上に背中を押されてベッドへと近寄った。


 この人が僕の母上?


 ベッドに横たわる母上はとても綺麗な人だった。流れるような長いシルバーブロンドをしている。


 でもその瞳は固く閉じられたまま、僕達がすぐ近くに行っても開く事はなかった。


 だが胸が小さく上下していることで息をしているということがわかる。


「ジュリアは居なくなって一年後に見つかった。借りていた空き家の持ち主が支払いが滞った事で取り立てに行き、ジュリアが一人取り残されているのを発見したんだ。そこで騎士に連絡をして、そこから我が家に連絡が来た。あと少し遅かったらジュリアの命はなかった。しかし、それ以来ジュリアは目覚めないままだ」


 父上の説明に僕は驚愕した。


 もう9年も寝たきりの状態で目を覚まさないなんて信じられない。


「寝たきりって、食事はどうされてるんですか?」


 僕が尋ねると父上は何でもない事のように答えた。


「毎日ヒールをかけている。体の清めはクリーンで済むからな」


「父上がお一人で世話をされてるんですか?」


 隠し部屋に入っている以上そうなんだろうけど、思わず確かめずにはいられなかった。


「ジュリアが居なくなった時点で世間には病気療養中だと告げていたからな。それに他の人間にジュリアを触らせたくはない」


 その台詞を女性は嬉しいと思うのかどうかは微妙な所だな。


 だけど、どうしたら母上は目覚めるんだろう。そう思って父上を見ると、父上はアーサーをパシッと弾いた。


「お前がさっさと戻って来ないからいつまでもジュリアを目覚めさせる事が出来なかったんだ」


 するとアーサーがペシペシと父上を叩いて反撃をする。


「私のせいじゃない! そもそもランスロットがジェレミーを孤児院に連れて行くのが悪いんだ! 神殿だったら魔法の使い方を教えるから魔力の覚醒が早かったのに!」


 貴族の子供を神殿に連れて行くっていうのはそういう目的もあるのか。


「ランスロットの奴め! 見つけ次第八つ裂きにしてやる!」


 父上の形相が昨日よりも恐ろしいものになる。美形が怒ると凄みがあるな。


「アーサー。さっさと始めるわよ」


 グィネヴィアが半透明な姿を現してアーサーを引っ張るとアーサーも同じように半透明な姿を表した。


 これから一体何が始まるんだろう。



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