第14話 あの娘(こ)に、似合うかしら?

「山上先生、ちょっとよろしいかな?」

 老園長が、中堅保母を呼んだ。

「あんたは、この場ではとにかく、黙っておりなさい。余計なことは申さぬよう」

 有無を言わさぬ老園長の迫力に押され、彼女は、黙って頷いた。


「下川さん、この度は大変な騒動になりまして、誠に、申し訳ありません。清美が急に喫茶店に勤めたいとか、少しでも早く稼いで店を持ちたいとか何とか、見境ないわがままなことを言い出して、しまいにはお世話になっとるあなた方にまで類が及んでしまいましたな。まこと、申し訳ない。ところで、あんた方としては、どうじゃろうか? この子はお宅らの店にご迷惑でもおかけしとりゃせんかと、わしも少し不安でしてな」

 申し訳なさそうに詫びる老園長に、書店主が思うところを答える。


 御迷惑なんて、滅相もない。そんなことは、ありません。

 この子は、本屋の仕事もきちんとしてくれますし、何だかんだで、勉強も、時間さえあればしっかりしておりますよ。

 うちにはあいにく、子どもがおりませんもので、まあその、この子が来てくれたおかげで、娘ができたようなものでして、ありがたい限りのことです。

 なんせ、*商の簿記も、昨年のうちに2級まで取得しておりましてね。いずれは自分の店を持ちたいことも、かねて私らの前で言っておるだけありまして、よう頑張ってくれております。

 ただ、どんな仕事がしたいとか、こんなこともしてみたいとか、私らの前ではそんなことを言ってきたことがなかっただけに、この度本田さんからお電話いただいて、私もですけど、妻のほうが動転してしまいまして・・・。私らも、至らんところは多々あるかと思って、反省するところも多々ございます。


 改めて、老園長は書店主に依頼した。

「下川さん、この子ですが、卒業までは面倒見てやってくれませんか・・・」

「清美ちゃんさえよければ、もちろんそのつもりです。この子のおかげで店の帳簿はしっかりとつけられておりますから、ホンマに助かっております。高等学校で学ぶとええこともあるってこと、身にしみてわからせてもらっておりますからねぇ」


・・・ ・・・ ・・・・・・・


「陽子ちゃん、ちょっといい?」

 書店主の夫人が、マスターの娘である女子大生を呼んだ。

「清美ちゃん、ウエイトレス、似合うかしらね?」

 思ってもみなかった質問に、平静を装って、女子大生が答える。

「似合いますよ、私なんかより」

「確かに、あなたより幾分若いからね(苦笑)。それはいいけど、毎日は無理にしても、忙しいときに手伝うくらい、私たちは構わないわよ。それにあの子、商業高校に行っているわよね。それを活かせる仕事があれば、お手伝いできるところもありはしないかと思って。本人も、いずれは自分で店を持ちたいと言っているわけでしょ。本屋だけでなく、他の仕事も知っておくと、将来の引出しも増えるのではないかと、主人とここに来るまで話していて・・・」

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