第13話 書店主夫妻、来る。

「下川さんご夫妻が、いまからこちらに来られる。おじさん・・・」


 大宮青年の言葉を、最年少の少女が耳にした。何か、不安でもよぎったのだろう。

「ここは私たちに任せておいて。あ、お父様、どうかご安心ください」

 女子大生が、少し年下の少女とその父親をなだめる。

「その下川さんご夫妻とは、どのような方ですか?」

 父親の問いに、同行した山上保母が回答する。

「清美ちゃんが今お世話になっている、本屋さんの御夫妻です」

「そうですか。娘がお世話になっておるのですね。しかしまた、何かご迷惑でもおかけしておるのでしょうか? 親失格の私が言うのも難ですけど・・・」

 ここで、老紳士が元入所児童の少女とその父親に語り掛けた。

「大丈夫、御心配には及びませんぞ。私共にお任せなさい。それから、清美。悪いようには、せんから」

 

 やがて、下川書房の店主夫妻がやってきた。この日曜日は、定休日であるという。

「お待たせしました。下川書房店主の下川文雄と申します。こちらが妻の綾子です」

 店主夫妻はママさんに案内され、もう一つ別のテーブルに並んで腰かけた。


「ありゃ、君ら、大宮君に本田の陽子さんじゃないか。どうしてまたここに?」

 大宮青年は普段は別の書店に行っていたのだが、陽子さんの紹介で、下川書房にも行ったことがある。店の客用の週刊誌などを買うために、彼女は親に頼まれて何度か下川書房を訪れたこともある。高校時代からこの本屋には幾度となく出入りして、参考書などを買っていたという。

「今日は森川先生に呼ばれまして、清美さんの件で相談したいことがあるということで、昼から伺っております」

「で、大宮君、その何だ、うちにおる清美ちゃんが、こちらの喫茶店さんで働いてみたいとか言い出したと、先程、こちらのマスターからお電話をいただいてね。どういうことなのかと思って、嫁さんと一緒に来てみたわけじゃが、この子、何かわしらに不満でもあってのことなのかと、こちらが逆に、不安になってしまってね。特に妻のほうが」

 大学生の青年が、書店主夫妻に状況を説明する。

「それは、無理もありませんね。ただ、その点につきましても、今、森川先生やマスターが、彼女を説得してくださっております」

 

「ところで、こちらの男性は、どなた様ですか?」

 下川夫人が、清美の横にいる男性について尋ねる。


「下川さんですね。娘がお世話になっております。この度は、清美がわがままなことを述べて下川さんご夫妻に大変なご迷惑をおかけしておると、先程、よつ葉園の山上先生からお聞きしまして・・・。もちろん、親らしいこともせず、今先程何十年ぶりに再会した娘のことで偉そうなことを述べる資格等ございませんけど、この度は娘が大変なご迷惑をおかけしておりますようで、大変、申し訳ありません」


 父親が、書店主夫妻に丁重に述べている。

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