第9話 かくして、面接は始まった。

昼過ぎの14時・午後2時の少し前。勤労学生の少女がやってきた。


「おじゃまします。岡山清美です」

「じゃあ、岡山さん、どうぞこちらに」


 彼女が招かれた席には、マスターと、ママさんともいうべき本田夫人がいる。

 その横のテーブルには、O大学生の2名と、よつ葉園の園長が控えている。


「申し訳ありませんが、今日はせっかくなので、よつ葉園の森川園長先生と、それから、うちの娘の陽子、それに、大宮哲郎君にお越しいただいています。あなたの将来にかかわる大事な話になると思ってね、申し訳ないけど、同席してもらうことにしました。でも、あなたは自分自身の今思っていることを、正直に、話してほしい。うちに来て働いてもらうかどうかは、その上で、決めさせてください」

 本田夫人は、いささか緊張している清美に、そう申し渡した。

「はい。今日はよろしくお願いいたします」


 早速、「採用面接」が始まった。


「清美さん、あなた、喫茶店の仕事に、いつごろから興味を持っていたの?」

 最初に尋ねたのは、マスターではなくママさんだった。

「中学生の頃からです。学校の帰りにO大学の近くの喫茶店や食堂を通っていまして、こういう店をいつか自分で開いてみたいと思っていました」


「ところで君は、今、下川書房さんという本屋さんに勤めている。これは、なぜ?」

 今度は、マスターの質問。

「中学を卒業するとき、自分の店を持つならまずは「修行」をせねばならんと、よつ葉園の森川園長先生に言われまして、それで、下川書房さんを紹介されました」

「喫茶店とかそういうところに勤めたいと、園長先生に言わなかったの?」

「もちろん、言いました。しかし、今はやめておけとも言われました」

「それは、なぜ?」

「まずは高等学校に進学して、きちんと勉強して卒業してから考えていけばいいと、そのように言われたからです。勉強できる環境で、幾分給料は安くても何はともあれ学校に通えないと意味がないから、少しでも勉強できる環境はということで、たまたま募集をされていた下川書房さんにお世話になることになりました」


 彼女が現在本屋に勤めている事情は、おおむね把握できた。

 そこでマスターではなく、その娘の陽子さんが質問に入った。


「傍から申し訳ありません。私はこの店のマスターの娘の本田陽子です。現在、教師を目指してO大学教育学部に通っています。ところで今、清美さんはお世話になっている下川書房さんを、「さん」という敬称をつけておっしゃいましたね。商業高校に通われていると伺っていますけど、社会常識として自分の勤める職場に敬称をつけるというのは、いかがなものかと思うのですが?」


 勤労少女は、その質問に答えられない。

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