第8話 女子大生からの厳しい指摘と、老園長の思い

 私としてもね、森川先生。定時制高校に通っているお子さんを預かるというのは、ちょっと身に重いです。

 ましてよつ葉園の卒園生ですよね。

 学校を途中でやめたとか、そんなことになって御覧なさいよ、私、森川先生にも地域の皆さんにも顔向けできません。そんな話がお客さんに伝わったら、私らの商売にとっても百害あって一利なしです。ええ。

 ですから、何とか、彼女に思いとどまらせたいと思うのですけどねぇ・・・。


 マスターの弁を受け、老紳士が自らの思いを吐露する。


 まあその、そういう形になれば、本田さんに迷惑かけた形になるから、こちらも心苦しい。養護施設の子らは辛抱が足らんとか、そんな風評のひとつも立つ。

 そうなれば、わしらは地域の皆さんどころか、全国の皆さんに申し訳立たん。

 わし個人としては、こんな施設なんか必要ない世の中になってくれれば喜んでいつでもやめたいが、そうは問屋が卸しそうにないわな、今どきの御時世を見ても。世の中がさらに豊かになればいいかというと、それでもかえって、この手の施設が形を変えても必要とされることになりゃせんかという予感さえ、ある。

 そうなると、うちから高校どころか、いずれは大学に行く子も出てもこよう。

 その子らの足を引っ張るような真似をするわけにはいかんし、そんな子らに対して悪しき前例となりかねん要素を、こんなところでつくってはいかんのじゃ。


 森川園長の熱のこもった思いには、周囲の人たちは一様に頷くよりほかない。


「とにかく彼女には、卒業するまでは下川書房さんで勤めろというよりも、何はともあれせっかく入った高校は卒業してほしいと、そういう方向から話した方がいい。今は学校が主であって、仕事はそれに無理のない範囲でやる時期であるとね。下川さんのところで勤め続けろとかたくなに言うのは、下手すれば逆効果になりかねません」

 大宮青年の提案に、同級生でマスターの娘も賛同する。

「そうね。ただこうしろというのは、大変失礼ですけど、よつ葉園内でその場限りなら通用するかもしれませんが、今彼女は、よつ葉園で暮らしているわけじゃありませんよね。もはや社会人の要素も持ち合わせていますから、そこはわきまえた上で対応しないといけません。あ、園長先生、これ何もよつ葉園の他の職員さんの個々の対応を批判しているわけではありませんので、どうか誤解なさらないでください」


 彼女は中学時代に遊びに来たときや大学生になってボランティアに来たとき、自分の見える範囲で子どもたちに対する職員の対応をしっかりと見ていた。

 特に直接森川氏や他の職員各位に、彼女は直接、批判を述べたわけではない。

 もっとも、職員と児童の間の個々のやり取りで問題になる要素があれば、必ず軌道修正を施すよう、この老園長は気を配ってきていた。


「陽子さんの御指摘、確かに耳に痛いが、もちろん、わしもそのつもりでおる」

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