第5話 ダンジョン都市へようこそ! 

 偶然知り合った冒険者の少女、サラの案内で近くの町に行くことになった。

 

 俺はその道すがら情報収集をした。


 魔物のことや人々の生活様式、さらに社会制度など。


 ファンタジーのような世界なんだから日本と違うのは当然だが、驚いたことがいくつもあった。


 たとえば、社会に出る年齢。

 12歳くらいで社会に出ることも多いんだとか。

 

 この世界のほとんどの国では義務教育は初等部だけ。何の目的もなく中等部へ進学する者が少ないので、初等部卒業と同時に社会に出る者も多いという。


 この話を聞く前にサラの年齢――――今現在15歳で今年の誕生日に16歳になるということを聞いたから『その歳で働いているのか。大変だな』と思ったが、それが普通だったわけだ。


 俺は聞きたいことをあらかた聞いたあと、少し聞きにくいことをたずねた。


 あの滝壺で水浴びをした理由だ。


 だって、今は初夏のような気温。水浴びをするにはまだ早い。


 サラは、少し怒ったような、恥ずかしいような、そんな顔をしつつも水浴びをした理由を教えてくれた。


 サラが森にいたのは狩りをするためだった。


 だが狙っていた何とか鹿はおろか、食用になる動物はいっこうに現れなかった。

 それでもあきらめずに獲物を探していると、近くの茂みから1匹のコボルトが飛び出してきた。


 即座に斬りふせたので怪我はしなかったが、そのときに大量の返り血を浴びてしまった。


 少しの血なら服を着替えればいいが、大量の血ではそうはいかない。

 血の臭いは肉食獣や魔物を呼び寄せるからだ。


 それでしかたなくあの滝壺で水浴びをした、とそういうことらしい。


 と、サラが立ち止まって言った。


「ここがダンジョン都市の商店街だ」


 中世ヨーロッパみたいな街並みの中を、たくさんの人が往来している。


 剣のさやのようなものを背負っていたり、何かの皮でできた鎧を身につけていたり、魔法使いっぽいローブを身に纏っていたり、いかにも冒険者という格好の人が多い。


 おおっ! 異世界アニメの実写版みたいだ!


 俺のようなオタクには感慨深いものがある。


 そんなふうに思っていると、八百屋の看板に目がとまった。

 

 見たこともない文字で店の名前が書かれていた。


「……あれ?」


 なんで俺、看板の文字が読めるんだ?


 初めて見た文字なのに、それがどういう意味なのかはっきりとわかる。


 いや、そもそも、この世界に来てから一度も日本語でしゃべってないよな。

 あまりにも自然で今まで気づかなかったが、ずっと異世界語でしゃべっていた気がする。


 …………まあ、いっか。


 どうせわかりっこない。俺が異世界に来た理由がわからないように。


 それはそうと、この商店街に来てからずっと気になっていることがあった。


 それは――――


「ここにいる人たちはなぜケモ耳をつけているんだ?」


 多くの通行人の頭にはケモ耳のカチューシャがついていた。

 強面こわもてのおっさんの頭にもついてるもんだから、その絵面がすごいったらない。


「今は、モフモフ教の祭りの期間なんだ」

「……モフモフ教? なんだそれは?」

「モフモフを撫でれば心が癒やされ幸福になれる、みたいな教義を掲げている宗教だ。私も詳しいことは知らんが、世界中に大勢の信者がいるらしい。モフモフ教徒が集まる神殿には、すべてのモフモフを守護する、モフモフ神の像があってな、けっこうかわいいぞ」


 もふもふした動物がかわいいのは認めるが、わざわざ宗教にする必要があるのだろうか?


「ちなみに、この祭りの参加者。信者じゃない奴がほとんどだ」

「……え?」

「昔はどうだったかは知らないが、今ではただの祭りだ。ああいう格好して楽しむのが目的になっている」


 ……ああ、なるほど。

 ハロウィンみたいなものか。


「じゃあ、行くぞ」

「ちょ、ちょっと待ってくれ! 少し休ませてほしいんだけど」


 サラがため息をついた。


「だらしがないぞ。そのリュックは軽いだろうが」


 軽くはない。重くもないけど……。


 俺が背負っているリュックは、サラが背負っていたリュックだ。


 この町に来る途中、幾度もモンスターが現れた。目玉がみっつもある大きな狼、犬の頭をもつ人型生物(コボルト)、ぷよぷよした体でぶつかってくるスライムなど。


 そのすべてとサラは戦い、あざやかに倒した。


 かっこよかった。ものすごくかっこよかった。


 当たり前だが、俺は魔物と戦わなかった。

 サラから借りた短剣を構えて成り行きを見守っていただけ。


 それがサラの指示(『自分の身を守ることだけ考えろ』)だったとはいえ、情けないことに変わりはない。


 こうなったら戦闘以外で協力するしかない。


 それでサラに『そのリュックを背負わせてほしい』と頼んだのだった。


「まあ、お前は肉体労働をしていたようには見えない。そこそこ歩けば疲れを感じてもおかしくはないか」


 サラは納得したようにうなずいてから、


「だが、ここで休むわけにはいかない」

「…………」

「そんな不満そうな顔をするな。これは、お前のためなんだぞ」

「……どういうことだ?」

「空を見ればわかるが、まもなくが落ちる。早いとこ、お前の寝床を確保しなきゃならない。

 今夜、道ばたで眠りたくはないだろ? さっさと行くぞ」




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る