第5話 ラジオ

「よし。そろそろかな」


 時刻は22時56分。あと4分でシャインドリームがゲスト出演する『ハルエのわっしょい』が始まる。


 僕はこの日のためにラジオ視聴アプリ『スマホでラジ男』をスマホにインストールした。『スマホでラジ男』は視聴のみならず予約や録音機能も出来る代物だった。


 僕は耳にイヤホンを挿してオンエアー待機する。


 そして──。


「はーい。皆さーん。ハルエのわっしょいの時間でーす」


 女性パーソナリティの明るい声で始まり、その後に軽快なBGMが流れて番組がスタートした。


「最近は気温も上がってきて、あー夏が来たなーて感じですね。リスナーの皆も夏の暑さに負けては駄目だよ。さて今日はそんな夏の暑さを吹っ飛ばすゲストをお呼びしてまーす。どうぞ! シャインドリームの皆さんでーす」


「どーもシャインドリームの汐川姫子でーす」


「西口菜々でーす」


「溝渕かすみです。よろしくお願いします」


 う〜ん、すみれ先生だけ固いな。


「今日はこの3人をゲストにお送りいたしまーす」


 シャインドリームは6名メンバーで構成されている。それが今日の番組ではすみれ先生こと溝渕かすみを含めた3人だけのようだ。

 まあ、ラジオだし、6人全員は難しいよね。


「皆さんはこの夏どのようにお過ごしですか?」


「私達はー、夏フェスやミニコンで、もう大変」


 大変と言いつつ、姫子は明るく答える。


『えー合コンとかナイトプールで遊んだりしないのー?」


『しませんよー。男性と接近するようなのはNGですよー」


「川シリーズのアイドルみたいな鉄則があるの?」


「決まった鉄則はないですけど暗黙のルールみたいなのはありますよ。クラブとナイトプールに行かないみたいな』


『へえ。でも、溝渕さんは現役大学生だよね? 合コンとか参加しないの?」


『ごく稀に大勢の打ち上げとかは参加しますが、少人数の合コンみたいなのは参加しません」


『皆でって話なのに合コンだったりとか、最初は大勢だったのに二次会のカラオケで合コンになってたみたいなのは?」


『今のところ、そういう被害はありません」


 先生、真面目か。固い固い。


「アハハ、かすみは軽い感じのノリとかきらいだもんねー」


 西口菜々が先生をフォローする。


「でも男性ファンには嬉しい情報ですねー。皆さんはどんな男性が好きですか?」


 このパーソナリティはなんで異性に関する質問するだよ。


「頼りになる人ですね」


「しっかりした人ですね」


「……」


「溝渕さんは?」


「……可愛い子?」


「可愛い子ですか。それは年下が好きということで?」


「そ、そ、そうじゃなくて、可愛いらしい一面のある子という意味です」


「分かりますよ。ギャップてやつですかね。急にいつもと違う一面を見ると可愛くてキュンてしちゃいますよね。皆さんは他に異性でキュンとするとこありますか?」


 だからなんでこのパーソナリティはそういう質問に持っていくんだよ。


「捨てられた子犬を拾うとことか」


「雨が急に降って、困ってると傘差し出して自分は走って濡れて帰るとか」


「う〜ん。一面ですか……」


 先生! 2人は漫画のようなシチュを言ってるだけですよ。真面目に考えては駄目です。


「普段は子犬のようにオロオロしてあまり目を合わせてくれないけど……なんて言うんでしょうかね。急に……こう、真っ直ぐした目で見つめられた時とかですかね」


 せんせーい! 真面目だよー! しかもなんか照れ臭そうに言ってるのが伝わる。

 なんか……可愛い。

 そういうのに弱いんですね先生。


  ◯


 いくつかの雑談の後、番組は新曲紹介へと入った。


「それでは私達の新曲ビター・ビター・スウィートをどうぞ」


 軽快でポップな曲が流れる。

 歌詞も夏を意識したのか明るく、青春ワードが多い。


 そして新曲が終わり、次のコーナーへと移った。

 次はリスナーからの質問に対して答えるというラジオ番組としてはありきたりなコーナーらしい。


「『PN・社会の乳母車さんからの質問です。子供の頃に聞いた懐かしい替え歌はありますか?』 う〜ん。ヒットソングではなく替え歌ですかー。シャインドリームの皆さんは何かありますか?」


「ええー!? 替え歌ですかー!?」


 姫子は今、初めて質問を聞いたていの反応をする。


「うーん。やっぱりサ◯エさんの替え歌かな?」


「それ私も知ってますよ。『戦争しようと町まで♪ 出かけたら〜♪ 戦車を忘れて三輪車で突撃♪』のやつですよね」


「戦争? 私は万引きでしたよ」


「地域で違うというやつですね。他の皆さんは何かあります?」


「森の熊さんかな」


 次は西口菜々が答えた。


「ほうほう。森の熊さんですか? ちなみにどんな歌で?」


 このパーソナリティ、絶対知ってて聞いているな。


「えーとねー」


 歌うの! 大丈夫? 途中で下品な単語出るんだよ。


「ある貧血、森の中ー、熊さんニンニク、であー短足、花咲く……」


 い、言うのか!? アレを!?


「もーりーのーみーちー、熊さんに出会ったー」


 そこは森の道でなく、「森のみー、ち◯ぽこ」でしょ?


「えー、そんな曲でしたー? 後にナニかありませんでた?」


「えー? ありますぅ? 私はそう記憶してますー」


「私もー」


 姫子もそうだと援護をする。


「……そうですか。これも地域では違うってやつですかね」


 いやいや、絶対しらばっくれてるよ。

 全国のリスナーも「絶対そこはち◯ぽこだろ!」って突っ込んでるよ。


 でもまあ、アイドルだから下品なことは言えないよね。


「へえー、違うんですね。ちなみにハルエさんは森の熊さんはどんな替え歌だったんですか?」


「アハハ、ちょっとフレーズが違うだけですよ。あ! そういえば、フレーズといえば、烏の歌もそうですねー」


 パーソナリティ、逃げた。そして無理に烏歌にもっていったぞ。


「タイトルは忘れたんですけど、『烏ー、なぜ鳴くのー、烏の勝手でしょー』とあるでしょ。あれって替え歌だったんですよ」


「替え歌が元の歌より有名になっちゃったって話ですね」


「そうなんですよ。他にも間違って覚えた系ではアルプスとどんぐりころころの歌がありますよね」


「あれですね。私も大人になるまで間違って覚えてましたよー」


「溝渕さんは何かあります?」


 パーソナリティはすみれ先生に話を振る。


「え、ええと」


 あれ? 動揺している。前もって幾つか用意していたはず。

 は!? そうか! 出尽くしたんだ。


「た、たんたん狸の金玉は〜ですかね」


「……」


「も、元は宗教の歌らしいんですよ」


 せ、せんせーーー!

 言っちゃあ、いけないやつだよそれーーー!

 皆、沈黙しちゃったじゃん。それラジオでは駄目なやつじゃん。


「他にも『パンツが破ける屁の力』というフレーズの歌が流行ってましたね」


 沈黙をパンチがないと勘違いしたすみれ先生はさらに爆弾を投下しちゃったー!

 しかも、流行ってたと。


「アハハ、もー、かすみって、それっていかにも少年が好きそうな歌だねー」


 姫子が慌ててフォローする。


「本当だよー。アハハ」


 西口も笑ってなんとかしようとする。


「え? え?」


 1人状況が掴めていないすみれ先生であった。


  ◯


 この後、トゥイッターで「溝渕の金玉」と「屁の力」がトレンドに入った。

 さらに流れ弾として「西口のち◯ぽこ」も。


  ◯


 後日、家庭教師としてすみれ先生がやって来た。……どんよりとした空気で。


「……ラジオ聴いた?」


「えーと、低速化でラジオ聴けなかったんですよ」


 嘘です。低速化でラジオが聴けないなんてありえません。


「そう。聴かなくて正解よ」


「そう……ですか」


「さあ、勉強しましょ」


                

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家庭教“推し”と僕 赤城ハル @akagi-haru

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