第6話 黎明の光
結局の所、巨大狸にしか見えぬジャコウネコは、道すがらにミケと名付けられ、鷹一郎が宮司を務める土御門神社奥の鎮守森に住み着くことになった。
県庁舎のある神津から土御門神社のある
けれども漸く土御門神社に辿り着くころにはすっかり夜が明けていた。
「やっぱ妙だな」
「朝になってしまいましたからねぇ、姿が丸見えです。この辺りまでくれば会う人は顔見知りが多いですから構わなくはあるのですがね」
鷹一郎の嘆息というものはそれなりに珍しい。
朱色の単と狩袴の上に白い狩衣、烏帽子を纏う陰陽師の姿のその隣に2メートル弱はある巨大な狸。なんだか出来過ぎている。ミケはふんふんと地面を嗅ぎながら尻尾を左右にふりつつ悠長に歩いている。
陽の光の下で見るとその姿は更になんだか間が抜けていた。でかいが背に乗れたりしないかな?
「だから嫌なんですよ。本当は宿で着替えるつもりだったのに、ミケがいると宿に入れません、全く」
「俺だって全身が生ゴミ臭ぇよ。とっとと風呂に入りてぇ。けどこいつはお前の趣味には丁度いいんじゃねぇのか」
「変わったものを集めるのは趣味といえば趣味なのですけれど、獣では意思疎通が難しいですからねぇ。せめて人語を解せればいいのですが」
鷹一郎はこのような奇妙な事物や呪物を集めるの趣味、というか習性がある。カラスが光り物を集めるようなもので、止められはしない。だから祓えば終いであるのに俺が生贄となって危険に晒される。けれどもそれで破格の金をもらっているのだから否やとは言い難い。
「それにしてもこいつはどこから来たのかね?」
「ジャコウネコというものは
「随分遠くから来たんだな。日の本にうまく慣れるのかね」
鬣を撫でると、それなりには分厚いが。
「冬は厳しいでしょうね。そういえばジャコウネコ自体は平安のころから日本に輸入されているのですよ」
古い記録では
俺には猫より狸に見える。そういえばずっと気になっていた。
「お前がこいつの正体に気づいたのはいつなんだ?」
「ヒントは哲佐君に頂いたのですよ。十二支には狸がいないのです。だから鵺の実体は鳥の声という不確かなものではなくて、狸という実体があるのかなと」
方角でなく、姿の記載に残ったもの、か。
「やっぱりネコじゃなくて狸だよな、この姿は」
「陽の下で見るとね。結局はね、何事も明らかにしてしまうから不確かなものが不確かでいられなくなるのです」
「不確か?」
「ええ、陰陽師が昼日中に歩いていればちんどん屋でしょうが。ミケもよく見れば奇妙な生き物というだけで、ただの外来種の何かに成り下がるのです」
それはいいことなのか、悪いことなのか。
ともあれミケは『病を運ぶ妖』というわけのわからぬ存在から脱し、土御門神社奥の森に住むただの獣になりはてたのだ。あの森には鷹一郎が捕まえてきたわけのわからないものがわんさといる。見ようによっては本格的に化物になった気はしなくもない。その方が良いような、気はするが。
「世の中にはね、よくわからないまま留めておくことに意味があることも多いのです」
「よくわからないまま?」
「そう、この子はたまたま県庁舎を根城にしたから妖になってしまった。だから退治されなければならなくなった。けれどもそうでなければ、近くの山にでも住んでいたのでしょう」
県庁舎の北側には
「
「なんだか妙に感傷的だな」
すっかり明るくなった日の下で言うちんどん屋の姿からは、妙な哀愁が漂っている。
「科学の光というものは幽けきものや怪しきものの存在を許しません。私のこの力もね。そしてその傾向はますます顕著になり、100年も経てば化物なんてすっかり存在しえない世界になるでしょうね」
「そりゃあ俺が食いっぱぐれるな」
「そんなことよりそのように世界が切り離されてしまうと私の思い人にお会いするのが困難になってしまうじゃないですか」
「結局それか」
鷹一郎の強い力の源も、鷹一郎が妖と力を集めるのもその『思い人』のためらしいが、鷹一郎からその話を聞くたびにいつもそいつは実在するのかよと疑問に思うのだ。どの方向から考えても眉唾ものだ。それを考えると、陰陽師という存在自体も最早眉唾ものになり始めている。
ともあれ事件は解決し、鷹一郎に大金が舞い込み俺も種銭にあやかれるのだ。嫌やはない。
その後ミケは土御門神社奥にひっそり住み着き、
そして守られていない俺が一文なしになって禄でもない仕事を抱え込むのはそう遠くはなかった。
畜生。
了
宵闇の口 県庁舎に現れた鵺退治の話 ~明治幻想奇譚~ Tempp @ぷかぷか @Tempp
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