第5話 港と朝日
雫がうなされていた。
時刻は夜明け前。
車の窓を開けると塩くさい風が吹き込んできた。
「……海か」
ここは、あのスラムから離れた港街。漁港として栄えた過去はもう遠く、潮風に錆び付いた建物たちが、この街が刻んだ時の流れを教えてくれる。
「うぅ……」
「一回止まるか」
適当な駐車場を見つけ、停車。
漁港から離れ、周りに大きな建物はない。明るければ、遙か遠くの水平線がよく見えるのだろう。
「ふう……おーい、起きろー」
「ぅうう~」
後部座席へ振り返り雫へ呼びかけるが、苦しそうに
「起きろって……君の分の朝メシ食っちまうぞ」
そう言うと、もそりと起きた彼女は。
「……たべる」
不機嫌そうに、食い意地を表明してきた。
車内とはいえ夜は冷える。雫にかけてさせていたブランケットを彼女はキレイにたたんでいた。
「後ろにカセットコンロトあるからとって」
「……やだ」
「えぇ……まぁ、いいけどよ」
運転席から降りる。
まだ暗い時間、街灯の光を頼りに作業していく。
「何作るの?」
「コーンスープ、インスタントのやつ」
「ふーん。ぅう、寒っ」
雫も車を降りてくるが、寒すぎる外気に車へ戻ってしまう。
「たしかに寒いな。もう……冬か」
今は十一月。
朝の冷え具合に、かじかんだ手を青白い炎を出すカセットコンロにかざす。
「鍋は……まぁ、これくらなら許容範囲だろ?」
ちょっと汚れてたので、雫に見せる。もったいないのでカセットコンロは切った。
「ダメ、洗って来て」
「へーい」
運良くすぐ近くに水道がある。駐車場の敷地内にあるが、使う量は少しにしておこう。なんか怖いし。
「よっと」
水を張った手鍋を起き、カセットコンロに火を付ける。冷えた外気のせいか、水はなかなか沸騰してくれない。
「えーっと、あった」
車のダッシュボードに忍ばせてた食料から、コーンスープの粉を発見。二袋取り出し、二つの古いマグカップへそれぞれ入れる。
「マグカップ二つ持ってんだね」
「あぁ、片方は妹のだよ」
いや、だったと言うのが正確か。
「……そっか」
雫は、俺から目を逸らしてしまった。
やっと沸騰した湯を、マグカップに注ぐ。
「ほれ、ちゃんと混ぜて飲めよ」
スプーンをつけて、雫へ渡す。
「あちっ」
すすろうとして舌を火傷したのか、彼女が息を吹きかけ冷まそうとする様子に何だか笑ってしまった。
「焦ると火傷するぞ」
「もうしてるよ」
何てこと無い会話。
白み始めた空に気付く。
「おぉ」
感心したような声を漏らす雫。
「いいだろ? ここ」
遙か遠くの水平線に太陽が上がっていた。
暗かった空を一気に照らしだし、星たちの時間が終わっていく。
港と朝日。
彼女に見せたかった光景だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます