第3話 旅に出よう。

「さぁて、も終わった事だし、どっか行くかぁ」


「別に行くとこなんかないでしょ?」


 手術が終わっても、相も変わらず少女の表情は暗い。


「あるんだなぁ、これが」


 俺も後の痛みでうまく歩けない。

 じじいの鍼灸院で一晩明かし、目的地へ向かう。


「もう会わんだろうが……お大事に」


「枕詞が不穏すぎるんだよ、じじい。また来るからなぁ」


「最後くらい金落としてけ貧乏人」


 この皮肉も、もう聞くことはないのかと思うと寂しい。


「じゃあね、お爺ちゃん」


「……お大事に」


 その言葉が最後だった気がする。


 少し歩いたとこに古びた倉庫。近くの下水から刺激臭がする。


「じゃじゃ~ん!」


 もったいぶって、やっと少女に見せたのは一台の白いバン。


「俺の愛車ちゃんです」


「汚っ」


 さび付き、塗装が剥げ、シートにはホコリが積もってる。まぁ、そう言われても仕方無い。


「ひでェな」


 あからさまにシュンとしてみる。


「ご、ごめんて。いや、でもさ。これ動くとは思えないけど……」


「大丈夫。ずっと使って来たからなぁ」


 一ヶ月前の売春グループを皆殺しにした時は、コイツで見張りの二人を轢き殺した。パワーもお墨付きってもんだ。


「よし、コレ乗って行くぞぉ」


「行くってどこに?」


 まぁ、当然の疑問。


「とりあえずは、食料調達。そっから……そうだな」


 思い返す、俺が見てきたキレイな景色。

 海。山。街。朝日。星空。夜景。


 そういや、こんな街でも高台から見渡した風景はキレイだったっけ……

 

「見せたい景色があるんだ」


 記憶に、今でも鮮明に浮かび上がる景色の数々。それはこの街にいるだけでは決して得られなかったもの。


 血反吐を吐き散らかし、下水以下の泥水をすすって生きて来た先に見れたもの。それを……


「君に、見て欲しい」


 なぜか彼女は黙ってた。

 真っ直ぐ俺を見つめてる。

 

 いかん、語りすぎたか?


「なんで?」


「ん?」


「どうして、私を連れて。車で日本一周でもするつもり?」


「それも悪くねぇかもな」


 うん、確かに目的が不明瞭すぎたかな。

 まぁ、理由は大したモノじゃなくて。


「いや……俺、一ヶ月前のくらいに殺しやってるから。そろそろこの街離れないとマズいんだ。それに君を放り出して死ぬワケにもいかなくなったし……」


「あっ、あれガチだったんだ……」


 別に追手が掛かってるワケじゃないし、警察に捕まるワケでもないが、たぶん殺した連中の仲間から目を着けられた。あんまり長くはいられない。


「さぁ、急ごう。できれば今夜にでも街を出たいが、取りに戻りたい荷物はあるか?」


「……着替えとか」


「まぁ、そりゃそうか……うん、行こうか」


 一日前、首縄にかかっていた手を取り、車に乗せる。


 久しぶりにかけるエンジンは、なかなか思うように動いてくれない。エンストを数回繰り返し、


「壊れた?」


「いや……これでっと。おわっ」


 汚いバンとともに、少年少女の旅が始まる。


 





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