トリック・オア・トレェド

こぼねサワー

【1話完結・読切】

ハロウィンの夜。

ジャック・オー・ランタンが枕元に来て、こう言った。

「やあ、ぼくのともだち、トリック・オア・トリート!」


ぼくは、笑った。

やつのアタマは真っ赤で、目も鼻も口もなくて、ひしゃげたカボチャそっくりだったから。

だから、ヤツは、ジャック・オー・ランタン。

ぼくが、そう名付けた。ぼくの生まれて初めてのともだち。


顔がないどころか、手も足もなくて、真ん丸のデッカい頭の下に、しなびたニンジンの皮みたいな色したストローみたいなのだけが、先っちょにチョコンと突き出してる。


なんてヘンテコな化け物だい!

ぼくは、大笑いした。

笑い転げた。

ごろんごろんベッドの上を転げまくって、おナカを抱えて……


そのうちに、

「あれ……?」


なんか、ヘンだぞ……


抱えたおナカが、ポコン……と、急に飛び出た。


こないだ結婚したばかりの、タバコ屋のお姉さんみたい。


タバコ屋のお姉さんは、来年の春に赤ちゃんを産むんだって。

だから、タバコ屋のオジサンとオバサンは、大急ぎでお姉さんにドレスを着せて、写真屋さんを呼んだんだって。

大人のやることは奇妙なことが多いけど、このときの理由は、ぼくにも良く分かった。


だって、お姉さんのおナカは、毎日、どんどんどんどん大きくなる。

これ以上おナカが大きくなったら、人魚みたいにキュッと腰のスボまったピカピカの白いドレスは着れないものね。


お姉さんには、おムコさんがいない。

「ジョーハツ」……って大人は言ってたけど、きっと、それが「おムコさんがいない」っていう意味の言葉なんだ。


お姉さんは、コーコーセイになる前は、黒くて真っ直ぐな髪の毛をしてたけど、今では外国のお姫様みたいに金色のクルクルの髪をしてるし、きっと、「マリア様」と同じになったんじゃないかと、ぼくは思ってる。

日曜日の教会で教えてもらったんだ。

「マリア様」にも、おムコさんはいない。

でも、イエス様を生んだんだ。


タバコ屋のお姉さんも、きっと、そう。



ポコン! ……と、ぼくの両手の中で、おナカが、また少しふくらんだ。


「トリック・オア・トリート!」

ジャック・オー・ランタンは、もう一度そう言った。

ぼくの……おナカの中から……?



ホントなんだよ。

ハロウィンの夜……

ジャック・オー・ランタンは、ぼくのおナカの中にもぐり込んでしまったんだ。



ジャック・オー・ランタンは、とにかくやかましい。


ぼくのことを「バカ」とか「ドジ」とか「ノロマ」だとか、四六時中、怒鳴りつける。

おナカの中から響いてくるから、くぐもった気味の悪い声なんだ。


そのたびに、ぼくはヘンにビクビク・オドオドしてしまって、幼稚園のやつらに、ますますイジメられた。


「オマエのせいだ! みんなみんな、オマエのせい! オマエなんてともだちじゃないやい!」

その日も、ぼくは夕暮れの公園で、同じ組のこどもたちにイジメられて、泣きじゃくりながらブランコに取り残されてた。


「女の子にまで弱虫で泣き虫ってカラカワれるのも、みんな、オマエのせいだっ!」


ぼくは、自分のおナカをポカポカたたきながら、ワンワンわめいた。


すると、ジャック・オー・ランタンは、答えた。

「だったらオレが、イジメっ子どもをやっつけてやるよ!」


「……?」


とたんに「ぼく」は、シュウゥゥゥーッッ……とちぢんで、小さくなって……

ひしゃげたカボチャの格好になった。


「なんてことをするんだ、ジャック・オー・ランタン!! ぼくを元に戻してくれ!!」

ぼくは、プンプン怒った……やつの、おナカの中で。


ジャック・オー・ランタンは、言った。

「トリック・オア・トレード! 今日からオマエとトレードだ」


「ぼく」を押し込めたおナカを面白そうにナデながら、「ぼく」の顔をして、やつはケラケラと笑った。



それから20年、ジャック・オー・ランタンは、ぼくの体を乗っ取ったまま。


ぼくは、やつのおナカ(ホントは「ぼく」のおナカだけどね……なんだか、ややこしいや……)の中に、“しなびたニンジン色のストローをブラ下げたひしゃげたカボチャの格好”で、ずっとガマンさせられてた。



ジャック・オー・ランタンは、とんでもない乱暴者だった。

幼稚園のイジメっ子をかたっぱしから殴りつけて、怒ってウチに怒鳴りこんできたオバサンや先生たちも、かたっぱしから殴りつけた。


ジャック・オー・ランタンは、年上の男の子ばかりがいる「シセツ」というところに入れられて、そこでも、まわりの男の子たちをビビらせまくってた。


何年かたつと、ジャック・オー・ランタンは、ぼくの体を使って、シセツの男の子にも魔法をかけようとした。


きっと、ぼくの体を抜け出して、今度は、その男の子の中に乗り移ろうとしたんだろう。

でも、ジャック・オー・ランタンのカラダ(ホントは、ぼくのだけど)のストローからは、真っ白いドロドロのジュースが飛び出しただけで、それすらも、ギュウギュウにソレを押し込まれた男の子のお尻の穴から、タラタラとこぼれ出してしまった。


男の子は、ギャーギャー泣きわめいてた。

色白で、まつ毛の長い、人形みたいな顔をした男の子だった。


スベスベの細い体を、ジャック・オー・ランタンのシタジキにされて、めちゃくちゃにもがいてたけど、真夜中の食堂には、誰も助けにこなかった。

ジャック・オー・ランタンは、一緒に食べ物を盗みに行こうと言って、男の子を連れだしたんだ。


うすい骨がやんわりと浮きだして見える首にじっとりと冷たい汗がにじんでるのを、ジャック・オー・ランタンがペロリとなめた。

そのまま柔らかそうなヒフに吸いつくと、男の子はヒーヒーあえいでた。


それから、お互いのヒフやらストローやらをグチャグチャにコスリ合わされてるうちに、男の子はトロンとした目つきになって、開きっぱなしの可愛い口のはしから、よだれを垂らした。


「やめてやめてやめて……はなしてったら……やめてよっ」


ずっと叫び続ける声も、なんだか、どんどんネバっこくなって、もうイヤがってるようには聞こえなかった。


ぼくは、それを、ジャック・オー・ランタンのおナカの中から見てた。


ずっと見てるうちに、こっちのニンジン色のしなびたストローまでムクムクふくれて、ジャック・オー・ランタンと一緒に、男の子の中に入り込もうとしてる気分になってきた。


もっと……もっと……ぼくは、男の子のカラダの奥に、しなびたストローを突っ込みたくて仕方がなかった。


「バカ! オレの中で暴れるな!!」

急にジャック・オー・ランタンは怒り狂って、おナカごしに「ぼく」をポカポカたたいた。


――「オレの中」……だって?

なんてやつだ! 「コレ」は、ぼくの体なんだぞ!!


ぼくは、もっと暴れてやった。

しなびたストローを振り回して、おナカの中で暴れてやった。


やつは、ひどくアワテふためいた。

ざまあみろ! すごく、気分が爽快だった。


ジャック・オー・ランタンの下にいた男の子は、真っ青になった。

やつのおナカが急にフクラんで、勝手にボコボコ動き出したからだ。

それで、ボコボコ動いてる「ぼく」をめがけて、ニギリコブシをガンガン振り回した。


ぼくは、ちょうどアタマの真ん中あたりに男の子のコブシがぶつかって、クタッとヘタリこんでしまった。


ジャック・オー・ランタンは、キッチンテーブルの上に手を伸ばして、包丁を握りしめると、次の瞬間には、男の子の細い首を真横に切り裂いた。


ヒュウッ……と、パックリ開いたノドの奥から空気のもれる音がした。


真っ赤な血が辺り一面に噴き出して、ジャック・オー・ランタンの頭も血をかぶって、初めてぼくと会ったときみたいに、目も鼻も口も一面に真っ赤なカタマリになった。


そのまま、ジャック・オー・ランタンは、シセツから逃げ出した。


それからも、ジャック・オー・ランタンは、あちこちで男の子や女の子に魔法をかけまくった。

「トリック・オア・トリート」なんてアイサツもなしに、いきなりストローをつきさす。


真っ白い魔法のジュースを体の奥にまき散らされると、男の子も女の子も、みんなフワフワと気持ちよさそうに腰を揺らして、そのたびに、ぼくも興奮して暴れた。


ボーッとして、夢見心地になるんだもの。

しなびたニンジン色のストローが、プックリとふくらんで……


そして、気がつくと……いつも、血まみれの赤い顔をしたジャック・オー・ランタンがいた。


ぼくは、もう、イヤだ。

こんなのは、イヤなんだよ。


ジャック・オー・ランタンから、自分のカラダを取り返したい……

もう、耐えられないよ。

――誰か……助けて……!



そう祈り続けてたら……

「ジャック・オー・ランタンを、君の体から追い出してあげよう」

ある日、真っ白い長い服を着た男の人が、低い声で、そう言った。


ギン色のメガネのフチをキラキラ光らせながら、

「さあ、さっそく手術だ」

って。そう言ったんだ。



ジャック・オー・ランタンは、「拘束服コウソクフク」というベルトだらけの硬い服でグルグル巻きにされて、そのまま、注射を打たれて眠ってしまった。


それから、ツルツルした冷たいベッドに寝かされて、マルハダカにされて。緑色の服とマスクで全身を隠した大人の人たちに囲まれた。

緑の人たちは、ナイフや針や、なんだかギザギザして尖った道具をいっぱい持っていて、すごく恐ろしかった。


天井から、ものすごくまぶしいライトが降り注いだ。


「では、オペをはじめようか?」

ギン色のメガネの男の人の、低い声が聞こえた。


眠っているジャック・オー・ランタンのおナカに、ナイフがせまる。


「ニジュウタイジが、こんなに大きく育つショウレイは珍しい……」

緑の人たちのうちの誰かが、ビックリしたような声で言ってた。

「気をつけて、テキシュツしないと」


ぼくは、ギョッとなった。

――これって、もしかして……「ぼく」をこの体から引きずりだそうとしてるんじゃ……?


やめて!

やめて!


――違うんだ! この体は、ぼくのモノで……

――ぼくが閉じ込められてる、このカボチャのカタマリみたいなオカシな姿が、やつの本当のカラダで……


『「“二重胎児”って……母親の胎内にいる間に、双生児のカタワレが、もう一方の胎児の体に入り込んでしまうっていう症例だろ?」』

『「……正常に生まれ出た方の双子の体内で、いつの間にか成長して肥大化してしまったなんて……なんだか気味が悪い」』


ヒソヒソと話す声が聞こえる。

むずかしい言葉ばかりで、チンプンカンプンだけど……


とにかく、「ぼくの体」から、カボチャの化け物を追い出そうとしてるのは間違いないみたいなんだ。


――どうしよう! どうにかして、今すぐ自分の体に戻らなきゃ……!


このままじゃ、自分のカラダからシメ出されちゃうよ!

どうなっちゃうんだろう、ぼく……?


「大丈夫……心配しないで」

ギン色のメガネの人の声だけが、なぜだか急に、耳のそばに聞こえた。


「もっと麻酔を」

そう聞こえたのが最後で……ぼくは、そのまま……眠って……



「目が覚めたかい?」

おだやかな低い声にハッとしたら、あのメガネの男の人が、ぼくの顔をのぞきこんでいて、

「手術は無事に成功したよ。もう大丈夫。君のカラダの中のビョウソウは、テキシュツしたからね」


ぼくは、オズオズと左右を見渡した。


ああ……! 白いベッドに横たえられたぼくの体……

スラリとしたカッコウのいい手も足も、全部、ぼくの意志で動かすことができる!


「ぼくは……元に戻れたんだ……」

ほら、ちゃんと、声を出すこともできる。


もう、目も鼻も口もないカボチャのお化けじゃない。

自分の姿に戻れたんだ!


意地悪で乱暴者のジャック・オー・ランタンは、20年目のハロウィンの夜に、真っ白い服を着たギン色メガネの魔法使いに退治された。


「やった! 今日から、やっと、本当の自分のジンセイを送れるんだ!」

ぼくは、うれしくてうれしくて、大声で叫んだ。


すると、

「連続強姦殺人容疑で、逮捕する」

と、ベッドのそばに待ちかまえてた黒いスーツの男の人が、高く振り上げたぼくの両手首に、ガチャリ……と、冷たい金属の輪っかをかけた。



あれから何年目かのハロウィンの夜。

ぼくは今、カンシュに引きずられるように、13段の階段をのぼりながら、もう一度ジャック・オー・ランタンが来てくれることを、必死に祈ってる。


ああ、お願いだ……

もう一度ぼくと取り引きして、今すぐに体を交換してよ。


「ぼくのともだち、トリック・オア・トレード!」

って。血だらけの真っ赤なカボチャ頭で、ケラケラと笑いながら……




 END


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トリック・オア・トレェド こぼねサワー @kobone_sonar

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