第6節 言葉の使い方を変える

言霊ことだま? ってやつ?」


しょうが尋ねると、柑那かんなはまぁね、と言って話し出した。


言霊ことだまって言っちゃうとなんかスピリチュアルな感じになっちゃうんだけどさ。ちゃんと根拠こんきょのある話。聞きたい?」


わざとらしくのぞき込むようにして、柑那が尋ねる。


「うん、聞きたい」


「へぇ。素直じゃん」と柑那は笑う。


隼高はやこうの学園祭は春先に行われる。準備が始まってみんな疲れているのか、今日の練習は集中を欠いていた。

「ミスすんなー! あわてるな!」

翔はみんなに声をかけていたのだが、その言い方がまずいと、柑那は言うのだ。


翔と柑那は大階段の下に2人並んで座っていた。いつもの駐輪場には、学園祭のダンスを練習しているクラスがいて、落ち着かなかったためだ。


「じゃあさ、翔くん、ピンクのぞう、を思い浮かべないで」


「は?」


突拍子もないことを言い出した柑那に、翔が驚いてそちらを見ると、柑那はニッと笑い、


「今、ピンクの象、想像した? しなかった?」


「し……した……」


「しないでって言ったのに」

柑那はちょっと口をとがらせてみせる。


「つまりね、○○しないで、って聞くとまずそれを思い浮かべて、それをしないようにしよう、って思考になるわけ。

今の話でいえば、まずピンクの象を思い受かべて、それにバツ印をつけたような感じね。

だから、翔くんがさっきやってたような言い方、ミスするな、とか慌てるな、って言われると、まずミスすることを思い浮かべたり、慌ててることを意識しちゃう。

そしたら、ミスしやすくなるし、余計慌てちゃうよね。

それって逆効果でしょ? もっと行動に直結するような指示を出した方がいいじゃない?

ミスするな、じゃなくて例えば……マーク確認するぞ! とか。慌てるな、は落ち着いてやろう! とかでいいし、失点するな、じゃなくて、ここ1本守るぜ! とかね」


「すげぇ!」翔は素直に感嘆かんたんした。


「他には? 他にもなんかないの?」


「そうねぇ……例えば今朝、起きた時、一番最初に何を考えたか覚えてる?」


「えっ? そんなの覚えてないよ。学校行かなきゃ―とか、はらったーとか? そんなことだったかな?」


「なんで覚えてないと思う?」


「毎日のことだし。別に特別意識してないからだよ」


「それってさ、口に出して言った?」


「まさか! 頭の中で思っただけだよ」


「だよね。つまり、一日の間に、口に出してる言葉の他に、頭の中で考える言葉や、無意識で考えてる言葉があるってことだよね。じゃあ、口に出す言葉と、頭の中だけで考えてる言葉、どっちが多いと思う?」


「頭の中で考える言葉の方が多いだろうね」


翔が答えると、でしょうね、と言いながら柑那は近くに落ちていた木の葉を拾い、その柄を使って土の上に水平線と、水面に少しだけ顔を出した、大きな岩を描いた。


「実際に口に出している言葉はほんの少しで、後はこんな風に水面の下、つまり頭の中だけで考えてることになるわけ。じゃあ、口にしてる言葉、頭の中で考えてる言葉、全部合わせると、翔くん、一日何語くらいになると思う?」


「えっ? わからないよ、そんなの。結構あるよな。千? いや、一万?」


翔は質問よりも突然、翔くん、と呼ばれたことに戸惑とまどい、全く頭が働かなかった。


「もっと、もっとよ。一説には5万とも、6万とも言われているの。

そのたくさんの言葉たちが、プラスの言葉の人と、マイナスの言葉の人、さて、どちらが良いパフォーマンスできるでしょうか?」


「そりゃ……プラスに働く人だよな」


「例えばシュート外した時にさ。クソッ、また外した! って思う人と、次は決まる! と思う人とでは……」


「次は決まる! って思える人の方がいいってことだね」


「うん。ねえ、シュートの決定率って何パーセントくらいだっけ?」


「まぁ10から20ってとこだよな。プロのトップ選手では30パーセントくらい決める人もいるけど」


「そう! 10本シュート打って、1、2本決まればグッジョブなのよ。つまり、残りの8本、9本は外れたり、相手にふせがれたりするわけでしょう?」


「確かに、改めて考えてみると決まらない方が多いんだなぁ」


「そうよね。もちろん、数打てばいいってものじゃないけれどね。さっきも言ったでしょ、要は考え方だって。また外しちゃった、って気にむ選手と、よし次だ次! ってますます闘志とうしやしちゃう選手、どちらがいいか? ってことだと思うんだ。次に決めてくれそうなのはどっちの選手かって。

もちろん、そう思えるだけの練習をしていることが前提ぜんていだけどね!」


柑那はニコリとした。翔もつられてニヤッと笑う。


「確かに。全然練習してない奴が次、次! なんて言ってたら、お前が言うな! ってなるかも」


「だよねっ。

ま、そうは言っても本人は責任感じてなかなかそう思えないかもしれないから、最初は周りがそう言ってあげて、そう思える空気を部内に作ることが大切かもしれないけどね」


柑那は楽しげだった。


「そう思える空気?」


「そう、例えば、界登カイくん」

柑那は杉山界登かいとのことを、親しげに界登カイくんと呼んだ。


界登カイくんがシュートしたけど相手に止められたとするでしょ。そういう時に周りが、ダメだったかーって雰囲気になるか、なに外してんだよ! ってなるか、ドンマイ! ってなるか、ナイスチャレンジ! って感じになるのかでは、明らかに雰囲気って違うと思う。よかったよ! もう1本行こう! みたいな雰囲気にできたら、界登カイくんの気持ち的には楽になるよね。

それにさ、部内でそういう雰囲気が当たり前になっていけば、他の2年生とか1年生とかも、やりやすくなると思うよ。ふふふっ、もっとも、界登カイくんは元からそんなこと気にしないタイプかもね?」


確かにそうだ。翔はつられて笑いながら、目からうろことはこういうことを言うのか、と思った。


「望月、ありがとう!!

明日から言い方変えてみるよ!」


「うん。頑張って!!

明日も練習、見てるね!」


そんな些細ささいな一言が、嬉しい翔だった。

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