第41話、エピローグ

 ――それから数日後。

 姫奈は言っていた代案を実行に移し、それを見事に成功させた。


 まさか対立候補であった相手を自分の陣営に引きずり込んでしまうとは思ってもいなかったが、それも彼女の手腕ならば納得出来るものだった。


 早乙女の代わりを務められる人材となれば美谷川高校でもその相手は限られてくる、だから初めから姫奈は対立候補である優秀な生徒を引き入れるプランを前々から進めていたのだ。


 それにより姫奈の布陣は盤石なものとなり、来期の生徒会長選の勝利もほぼ確実となった。俺は去年と変わらず生徒会に入らずとも陰ながらに姫奈をサポートしていく事となり、コーラとポテチを片手に生徒会室を訪れる日々はこれからもまだまだ続いていくだろう。


 そしてその一方でソフィアは、というと――。


 彼女は俺を自室に招き入れパソコンの前に並んで座り、二人で一緒に動画を視聴していた。


 パソコンのモニターに映っているのは海外トップ大人気Vtuberアリスのゲーム実況動画。


 日本の有名なRPGをプレイしながら繰り広げられる軽快なトークに、可愛らしいリアクション、そして時折見せるお茶目な姿は視聴者の誰もが魅了される程のもの。


 そしてそんなアリスの話す英語の内容が日本語の字幕に翻訳され、日本に住む人々に向けて発信されているのだ。


 その動画は投稿して一日で100万再生を突破しており、同時にチャンネル登録者も一気に増えている。SNSのトレンドの上位にも上がっていて、アリスの活躍は留まる所を知らない。日本のVtuber界隈は今や彼女の話題で持ちきりだ。


 俺とソフィアはその様子を満足気な表情で眺めていた。


 二人で初めて協力して作り上げたその動画は、俺達の想像を遥かに超える大成功を収めた。


 その事に喜びを感じながら、俺は隣に座るソフィアの方へ視線を向ける。すると彼女もまた俺に目を向けていて、目が合うなり俺達は微笑み合った。


『ソフィー、凄いな。何処を見たってアリスの話題ばっかりだよ』

『ふふっ、そうね。まさかここまで上手くいくとは思わなかったわ。これもレンのおかげね』


『ソフィーが頑張ったからさ。俺はソフィーの話した内容を翻訳しただけで他には何も』

『レンの翻訳がわたしの言っている事を、言いたい事を全部汲み取ってくれたからよ。レンの翻訳だから視聴者のみんなに「わたしの想い」を届けられたんだと思う』


 笑顔でそう言いながらソフィアは俺の手を繋ぐ。


 指を絡めるようにしっかりと繋いだ手は温かくて、その手から伝わる柔らかな感触が心地良い。


 その手を俺も優しく握り返すと、ソフィアは嬉しそうに頬を綻ばせた。彼女が喜んでいる姿を見ていると俺も自然と口元が緩む。


 俺達は力を合わせて、今こうして一つの目標を達成する事が出来た。日本のVtuber界隈にアリスという最高の存在を知らしめる為の第一歩を刻んだ。


 それは俺にとって大きな自信になった。


 これからもこうして二人で進んでいけばきっと俺達の夢は叶う。海外トップのVtuberである彼女を、この日本でももっと輝かせる事が出来る。


 その確信を得た俺が心の底から溢れ出る喜びを噛み締めているとソフィアが俺の肩に頭を乗せてきた。


 その温もりを肩で感じながら俺は彼女の髪をそっと撫でる。彼女はふにゃりと柔らかい笑みを見せて、それから俺に囁くように言った。


『ありがとう、レン。あなたのおかげでわたしの夢は一つ叶えられた。これからも一緒に頑張りましょうね』

『もちろんさ。ちなみに次の企画はどうするつもりなんだ? これからも日本の人向けに字幕動画の作成を続ける感じ?』


『それもあるけど、一つお願いがあって。いいかしら?』

『ん? どんなお願い?』


 俺が首を傾げながらそう尋ねるとソフィアは少しだけ恥ずかしそうな様子で答えてくれた。上目遣いで澄んだ碧い瞳を煌めかせながら彼女は俺に告げる。


『わたし、日本語を喋れるようになりたいの。レンみたいに英語も日本語も話せるようになって、もっともっと日本の人にアリスの事を知ってほしい。字幕動画だけじゃなくて生配信で日本語で日本の人と触れ合って、もっとたくさんアリスの魅力を伝えたいの!』


『なるほどな。今の字幕動画のスタイルだと一方通行になりがちだ。アリスの魅力は視聴者との交流をしながら出来る生配信にこそあると思う。うん、ソフィーの言う通りだ。その為にはソフィーが日本語をマスターする必要があるってわけか』


 俺がそう言うとソフィアは力強く首肯する。それから俺の手を握ると真っ直ぐな眼差しで見つめてきた。


『レンが好きの力を原動力にして言葉の壁を乗り越えたみたいに、わたしも自分の好きを力に変えて乗り越えたいの。夢に向かって突き進む為にも、そして何よりレンと二人で一緒に歩んでいく為にも。だから、どうか教えて。レン、あなたの言葉で、わたしに日本語を教えてください』


 その表情は何処までも真剣で、そして何処までも楽しげだった。


 夢を叶えて輝く自分の姿と、それを支えてくれる俺の姿を想像して、きっとソフィアはその胸を躍らせているに違いない。


 そんなソフィアの様子を見て俺は思わず頬を緩ませる。ソフィアの言葉からは確かな熱意と覚悟が伝わってきた。


 彼女なら出来る、俺はそれを信じたい。そしてそんな彼女を支えてあげたい、これからも二人で一緒に歩み続けていきたい。


 その想いを胸に抱いたまま、俺はソフィアの手を握り返しながらはっきりとした口調で答える。


 俺達の夢の先へと続く道を照らし出すような眩しい笑顔を浮かべているソフィアに向けて。


『――ああ、任せろ。ソフィー。一緒にまた一つ大きな壁を乗り越えよう』

『ありがとう、レン。あなたは誰よりも信頼できる最高のパートナーよ』


 俺が力強く答えると、彼女はそっと俺の頬に顔を寄せる。甘くて熱っぽい吐息が触れて、同時に柔らかな何かが触れた。


 ちゅっ――。

 耳に届いた可愛らしいリップ音と共に、頬に触れた優しい感触はすぐに離れていく。


 突然の出来事に俺は呆然としながら固まってしまう。心臓がどくんっと跳ね上がり顔がどんどん赤くなっていくのを感じる。ソフィアの顔もまた真っ赤に染まっていて、それでも彼女は視線を逸らす事無く俺を見つめる。


 その表情は何処までも愛おしく、美しく、魅力的で、俺は彼女から目を離す事が出来なかった。


 悪戯っぽく微笑む彼女の姿が瞳に映る。何処までもうっとりするような甘ったるい声で、蕩けるように甘い笑顔を見せながら、まるで大切な宝物のように言葉を紡ぐ。


「レン、だいすきっ」


 頬に触れた唇から告げられた愛の言葉――。


 迷子になっていた美少女留学生を助けたら、そんな彼女が海外トップのVtuberで俺の推しだった。


 そんな奇跡から始まった彼女との日々は幸せに満ち足りて、それは今日も明日もその先の未来もずっと続いていく。


 この幸せな時間がいつまでも続きますように、そう願いを込めて彼女の肩をそっと抱き寄せた。

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【完結】助けた迷子の美少女留学生は海外トップのVtuberで俺の推し そらちあき@一撃の勇者、第二巻発売中! @sorachiaki

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