第25話、お出かけ

 ソフィアがこの学校にやってきてから俺の生活は大きく変わった。

 

 今までずっと友達も少なくてずっと教室の隅にいるような人間だった俺が、ソフィアの通訳を続ける事で自然と他のクラスメイト達との会話も増えて、気付けば俺は教室の真ん中で多くのクラスメイトに囲まれるようになれていた。

 

 留学してきたばかりでクラスに馴染んでいなかったソフィアも、俺が傍で通訳をしながらクラスメイトと話す機会を作る事で、短い間ですっかり周りと打ち解ける事が出来ている。


 互いの存在が良い影響を及ぼし、それがこの学校生活を更に充実したものにしている。ネットでもリアルでも、推しとの出会いを果たしたあの日から俺は満ち足りた毎日を送っていた。


 そんな幸せな日々を過ごせば一週間はあっという間で、今日は土曜日――。


 ソフィアと二人で映画館へ遊びに行く予定の日。


 あんな美少女と出かけるのだ。

 制服の時と違って俺のファッションセンスが大いに問われる。


 普段から地味めな服しか持っていない俺だが、今日ばかりは気合を入れておしゃれをしないといけない。


 いつもならジーンズにチェック柄のシャツを羽織るだけの適当な格好なのだが、今回はソフィアの隣に立つわけで。少しでも釣り合いの取れる男になりたい俺は時間をかけて服を選んだ。


 ネットを駆使してオシャレな服の組み合わせを探したり、モテ男の秘訣だとかが書いてあるサイトを片っ端から漁ったり、必死になって情報をかき集めてコーディネートを考えて、そしていざ当日を迎える。


 鏡の前には少し緊張した面持ちの自分が映っていた。

 自分の中では悪くない仕上がりになったと思う。しかし自信があるかというとそういうわけではない。


 やっぱり俺みたいな陰キャがソフィアのような可愛い子と出かけるなんて場違いにも程があるのでは? そんな考えが頭をよぎってしまうのは仕方のない事。


 今まではアリスのグッズ購入やCD、スパチャなどの投げ銭にお金をつぎ込んできたからな。精一杯のコーディネートとは言え、外に着ていける服は多くない。これからは自分の身なりにもお金を使わなければな、と改めて思った。


 そうこうしているうちに時間が迫ってきた為、俺は財布とスマホを取って玄関の外へと向かう。

 

 ソフィアとは隣人同士。

 こうして出かける際に何処かで待ち合わせする必要はなく、部屋の外にいればすぐ合流出来る。


 スニーカーの靴紐を結び直して扉を開けて、ちょうど同じタイミングで隣の部屋の扉が開いた。


 その扉の向こうから現れたのは天使だった。


 フリルの付いた純白のワンピースに身を包み、それが雪のように透き通った白い肌と相まって、彼女の清楚可憐な美しさを際立たせている。


 さらりと光沢のある艶やかな金髪には小さな花の髪飾りがあしらわれていて、本当に天使が地上に降り立ったのではないかと錯覚してしまうほど、幻想的で神秘的で美しく可愛らしかった。


 そうして彼女の可憐な姿に目を奪われているとソフィアも俺に気付いたようで、目が合うと同時に彼女は頬を赤く染めながら微笑んだ。


『お、おはよう、レン。今日はその……すごく良い天気ね』

『あ、ああ、おはよう。雲ひとつなくてすごく気持ちの良い日だよな』


 互いの格好を見つめ合った後、二人で息を合わしたように目を逸らす。


 恥ずかしかった。こうしてお互いに私服を着ているというだけで、何だか変に落ち着かない気分になる。これからこんなに可愛いソフィアと二人で出かけるだなんて夢のようで、楽しく色々な所を見て回る姿を想像して急に照れくさくなったのだ。


 けれどそう感じたのは俺だけじゃなかったようで、ソフィアも俺と同じように落ち着かなさそうにそわそわしていた。


『なんだか照れちゃうわね……すごくドキドキする』

『俺も……なんかこういうの初めてだから緊張する』


 俺達は顔を合わせて苦笑する。

 それからどちらからともなく歩み寄ると、俺達はもう一度見つめ合った。


『今日のレン、すごくカッコいいわね』

『ありがとう。ソフィーもその、すごく似合ってる』


『えへへ、嬉しい。今日の為にいっぱい悩んで決めた甲斐があったわ』

『ソフィーも悩んでたんだな。俺も今日何を着ていこうかって色々考えて、それでようやく決まったんだ』


『あは、そうだったの。制服姿の時もカッコよかったけど、大人っぽくて落ち着いた雰囲気がレンらしいっていうか。とにかく私服姿でもっとカッコよくなっちゃうなんて反則よ』

『それは俺のセリフだよ。本当にめちゃくちゃ可愛い。いつもの制服姿も似合ってるけど、その白いワンピースを着てるソフィー、凄く綺麗だよ。天使みたいだ』


 俺の言葉を聞いてソフィアは赤く染まった頬をふにゃりと緩ませる。彼女はそのゆるゆるになった頬を両手で押さえて体を左右に揺らした。


『レンに朝からふにゃふにゃにされてる……天使みたいだなんて、ほんと平気な顔で言うんだから……』

『だ、だって本当の事だし。玄関から出てソフィーの姿見た瞬間に、マジで天使が降りてきたのかと思ったんだぞ』

『レ、レンの場合、それ本気で言ってるから困るの! 恥ずかしくて死んじゃう!』


 俺の胸板をぽこすか叩いてくるソフィア。そうして悶えるソフィアがどうしようもないくらい可愛くて、俺は思わず彼女の頭を優しく撫でていた。


 腕の中でソフィアはぴたりと動きを止めて、やがてゆっくりと潤んだ瞳でこちらを見上げてくる。


『な、なでなでは反則なのにぃ……レンはずるいぃ……!』

『ず、ずるいって言われてもな。これはもう、脊髄反射というか、何というかで……』


 だってこんなに愛らしい姿を見せられたら誰だって手が伸びてしまうだろ。むしろこれを我慢出来る奴がいるなら見てみたい。


 それにソフィアだって反則だとかずるいと言いながら身体を離さず、俺の腕の中に収まっている。さっきまでぽこすか叩いていた胸元に、今度は甘えた猫みたいに頭を擦り寄せていた。


 そんな彼女の頭をよしよしと撫で続けていると、ソフィアの顔はふにゃふにゃのデレデレになっていて、俺を見上げる碧眼がとろんと蕩けている。


 ソフィアの頭に乗せたままの手のひらに伝わる温もりが心地良くていつまでもこうしていたくなるが、今日見に行く映画の上映スケジュールを考えると出かけないといけない時間だ。


『ソ、ソフィー。ずっと撫でていてあれなんだが……上映時間もあるし、そろそろ行かないか?』

『う、うん。そうね、行かなきゃ』


 彼女はそう言うと最後に俺の胸に額をぐりぐりと押し付けてから離れる。


 その時のソフィアがあまりに名残惜しそうな表情を浮かべていたので、もう一度だけ頭を軽く撫でようとした時だった。


 彼女は俺の手を取って指を絡めるように握り締める。柔らかで温かい感触が俺の指に絡みついて心臓が大きく跳ね上がった。


『ちょっ……こ、この握り方って……恋人同士でするやつなんじゃ……』

『えへへ、さっきの仕返し。わたしばっかりドキドキさせられっぱなしじゃ不公平でしょ?』


 ソフィアは嬉しそうに頬を緩ませてから俺の隣に並ぶ。


 そんな彼女の様子に俺の頬は赤くなっていて、それを誤魔化すように視線を外す。


 隣から聞こえてくる楽しげな鼻歌を聞きながら、俺達は手を繋いで映画館へと向かった。

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