第7話 試合開始。

 翌日、学校に行っても、俺には、まだ親父の言ったことも、アルフォンヌの言ったこともわからなかった。

放課後になって、いつものように道場に行って、練習をする。

 今日は、アルフォンヌと春美に双子の兄弟も練習に来てくれた。

警察署の道場は、広くて稽古するには、充分な環境だ。

毎日、思う存分練習が出来る。

「ハイ、今日は、ここまでなのだ。みんな着替えて、気をつけて帰るのだ」

 アルフォンヌの号令で、全員整列して挨拶をする。

「あの、アルフォンヌ先生、ちょっと、やってみたいことがあるんだけど」

「ナギくん、なんなのだ?」

「正宗くんと、試合をしてみたいんだけど……」

「正宗くんと?」

「ダメですか?」

 アルフォンヌは、少し考えていた。普通なら、今の俺の立場は女子だから、試合をするなら龍子だろう。

男子の主将の正宗と試合なんて、許可してくれるわけがない。

「いいのだ。やってみるのだ」

「えっ! ホントにいいんですか?」

「いいのだ。ナギくんが、したいと言うなら止めないのだ。正宗くんは、どうするのだ?」

 話を向けられた正宗も困った顔をしながら、俺の申し出を受けてくれた。

俺の立場も考えて、後輩たちを先に帰して、俺の正体を知っている、双子の兄弟に春美、龍子と妹だけを残して正宗と試合をさせてくれた。

「ナギくん、今は男子として、正宗くんとやるのだ。正宗くんも、ナギくんを女子と思わず、力一杯やるのだ」

 アルフォンヌは、そう言って、俺たちの試合を認めてくれた。

俺は、帯を締め直して男に戻った。正宗との試合は、久しぶりだった。

あのときのことを思い出す。一年前のあの時は、たまたま俺が勝ったようなもんだ。でも、今は違う。必ず勝てる。正宗は強い。だけど、俺は、もっと強い。

「正宗、手加減するなよ」

「当たり前だ。お前と試合をするのが、俺の夢だ」

 正宗は、そう言って、笑って俺を見下ろした。

見ている龍子たちも黙って俺たちの試合を見ている。

「始め!」

 アルフォンヌの合図で、俺たちは組み合った。

だが、そこで、俺は、自分の間違いに気がついた。正宗は、あのときの正宗ではなかった。

組み合うと、相手の実力がわかるというが、今の正宗は、はるかに強くなっていた。

 袖と襟を持たれて、体重をかけて俺を押しつぶそうとする。

それを避けようとすると、足を掬われそうになる。正宗の顔は、真剣そのものだった。

俺は、戦いながら、自分の悪い癖に気がついた。それは、思い上がりだった。

俺は、自分の知らないうちに、テングになっていた。

相手を見下し、相手にならないと、なめていたのだ。俺の悪い癖と言うのは、それだったのか。

「待て、場外。中央に戻るのだ」

 俺たちは、再び、中央に戻ると、正宗を見詰めて構えた。

正宗のライオンのような雄叫びを聞きながら、俺は、懐に飛び込んだ。

そして、正宗を背中に乗せて、一気に倒す。しかし、正宗は、俺の背中を自分から飛び越えた。

 今ので投げられなかったのは、正直ショックだった。俺の投げ技を始めて交わした。

振り向き様に構えると同時に、今度は、俺が投げられた。

俺は、ギリギリのところで、うつぶせに倒れた。正宗の巨体が、俺を押しつぶし、寝技に持ち込まれた。

 俺は、必死に正宗の脇からすり抜けた。たったそれだけの短い攻防なのに、俺も正宗も汗だくになって息が切れるくらいだった。

「そこまで! それまでなのだ」

 突然、アルフォンヌが間に入って、試合を止めた。まだ、勝敗は決まっていない。

「もう、いいのだ。ナギくん、キミは、自分の悪い癖がわかったのだ。それで、いいのだ」

 訳がわからないのは、正宗のほうだった。俺とアルフォンヌを交互に見ている。

「正宗くん、キミをダシに使って悪かったのだ。でも、おかげで、ナギくんは、また、強くなったのだ」

 アルフォンヌは、すべてを見抜いていたらしい。

「正宗、ありがとう。もう少しで、俺は、自分を見失うところだった。お前のおかげだ」

 俺は、素直に頭を下げた。呆気にとられたのは、正宗だけじゃなかった。

見ている龍子たちも、俺が頭を下げたのを信じられないという目で見ていた。

「悪かったな。でも、正宗のおかげで、俺は、自分を取り戻せた。もう、大丈夫だ。今度の大会は、絶対勝つぞ」

「なんだかよくわからんが、渚がそれでいいなら、俺は、何も言わん」

 正宗は、そう言って、更衣室に入って行った。

「アルフォンヌ先生、ありがとよ」

「いいのだ。気にすることはないのだ。ナギくん、明日からも、しっかり練習するのだ」

「おぅ!」

 俺は、なぜだか気分が晴れやかだった。

そして、翌日からは、俺は、いっそう稽古に集中した。

もちろん、後輩たちの稽古にも付き合った。進んで練習台になって、投げられてやった。

後輩たちが俺に勝つことで、自信を持ってくれれば、俺たちは無敵だ。

 俺の練習態度を見て、龍子や春美も影響されたのか、一層稽古に身が入った。

双子の兄弟も、正宗や後輩たちと汗を流してくれた。

確実に雰囲気が変わった。今まで以上に、真面目に真剣に練習するようになった。気がつくと、後輩たちも、どんどん強くなっていった。


 警察署での練習の日々が続いた。

いよいよ本番の大会まで、一週間を切った。

その日の練習後、アルフォンヌが俺たちを集めて、作戦会議を開いた。

「いよいよ、あと一週間なのだ。そこで、勝つための作戦を言うのだ」

 俺たちは、正座して一列に並んで、その作戦とやらを聞くことにした。

「まず、男子なのだ。個人戦に、正宗くんが出るので、団体戦では、なるべく力を温存させるのだ。しかし、キミたちは、学生連合と言う立場だから、予選から出ないと決勝にはいけないのだ。雪くん、決勝まで、何回試合をするのだ?」

 道場の隅にいた妹は、ノートパソコンを開いて言った。

「あたしたちは、シード校じゃないので、五回勝たないと優勝できません」

 それを聞いた俺たちは、ガックリと肩を落とす。

「五回もやるのか……」

「決勝まで、四回も試合するのね」

 誰もが決勝に行くまでの遠い道のりに肩を落とした。

「キミたちは、無名の学校の寄せ集めなのだ。だから、たくさん試合をして、全部勝たないといけないのだ」

 アルフォンヌの言葉を聞くと、つらい現実を思い知る。

「そこで、試合順だが、先鋒は金次くん。次鋒は銀次くんでいくのだ。キミたち二人は、必ず勝って、相手にプレッシャーをかけるのだ」

「ハイ、任せてください、必ず勝ちます」

「兄ちゃん、やろうぜ」

 こんなときは、頼もしく感じる双子の兄弟だ。

「中堅と副将は、二年生の二人で行くのだ」

「ハイ」

「キミたちも強くなったのだ。自信を持つのだ。団体戦は、三勝すれば勝てる。だから、キミたち二人のうち、

一人が勝てばいいのだ。二人で一勝するつもりでやるのだ」

「ハイ」

「正宗くんは、体力を温存して、団体戦では、休ませる方がいいのだ」

 アルフォンヌの考えそうなことだ。

「いや、俺も試合をします。俺だけ休んでるわけにはいきません。俺は、主将だから、試合に出ます」

 正宗の気持ちもわかる。あいつは、責任感が強い。双子の兄弟は助っ人だし、二年生の二人だけに試合をさせるわけにはいかないのだろう。

「心配ないのだ。たとえ、三勝して勝ったとしても、五人全員が勝たないと意味がないのだ。正宗くんは、ウォーミングアップのつもりでやればいいのだ。キミの本番は、個人戦なのを忘れてはいけないのだ」

「ハイ、わかりました」

「だから、二年生の二人は、楽にやればいいのだ。例え負けても、後ろに正宗くんがいると思えば、肩の力も抜けるのだ」

 男子チームが、一致団結する感じだ。いいチームワークが生まれた。

これなら、もしかしたら、五人全員勝てるかもしれない。

「次は、女子なのだ。先鋒はナギくん。次鋒は春美くん。キミたちも男子同様、二人で二勝するのだ。ただし、ナギくんは、個人戦にも出るから、疲れないように力の配分を考えながらやるのだ」

「ハイ、わかりました」

「ナギちゃん、がんばろうね」

 春美がさり気なく俺の手を握ってきた。こんな時でも、抜け目がないの春美だ。

「中堅と副将は、二年生の二人なのだ」

「ハイ」

「キミたちも強くなったのだ。自信を持って試合に望めば、きっと勝てるのだ。私が今まで教えてきたことを思い出せばいいのだ。キミたちの後ろには、龍子くんがいることを忘れてはいけないのだ」」

 女子の二人も強くなった。最初の頃から見れば、別人だ。俺たちの練習についてきたんだ。絶対に勝てる。俺もそう思った。

「そして、大将は、龍子くん。キミも、正宗くんとナギくんと同じく、個人戦に出るから、力を温存するのだ」

「ハイ、でも、私も試合は出ます」

「わかってるのだ。キミたちは、強くなったのだ。私が言うんだから、間違いないのだ」

 アルフォンヌの言葉は、俺たちに自信という、もうひとつの力をくれた。

「それと、個人戦に出場する三人は、力一杯戦うのだ。高校生活に悔いを残さないように、全力で戦うのだ。そして、男子の優勝は、正宗くん。女子の決勝は、ナギくんと龍子くんでやるのだ」

 フランス人のくせに、アルフォンヌは、日本人の気持ちをよくわかってる。

今の俺たちに、負ける気など一ミリもない。俺たちは、それぞれの思いで、肩を組んで優勝を誓い合った。

「ハイハイ、静かにするのだ。話は、まだ終わってないのだ」

 アルフォンヌは、そう言うと、俺たちは、また静かに話しに聞き入った。

「団体戦で優勝。個人戦でも優勝するのだ。つまり、キミたちは、完全優勝するのだ」

 そんなことは、言わなくてもわかる。これ以上なにを言うつもりなんだ?

「だが、キミたちは、寄せ集めの学生連合という、無名の立場を忘れてはいけないのだ。

つまり、優勝しても、表彰式には出ないのだ」

「えーっ!」

「出ないって、どういうことなんですか?」

 俺にもその意味がわからない。

「キミたちは、学校を無視して出るのだ。表彰式に出たら、ばれるのだ。キミたちの目的は、優勝して、学校を見返すことではないのだ。無名の寄せ集め集団が、完全優勝して柔道を通してやれば出来るということを見せるのだ。きっと大騒ぎになるのだ。優勝校が、表彰式をボイコットするんだから前代未聞なのだ。おもしろくなるのだ」

 確かに俺たちは、学校の言うことを無視して、ルールの抜け穴を使って出場する。

立場が立場だけに、勝っても表彰式には出られない。

それじゃ、優勝校の名前は、どうするんだ?

まさか、学生連合なんて書くわけにいかない。

 そもそも、学生連合なんて、優勝するわけがない。前例もないんだから、俺たちが優勝したら大会組織は困るだろう。アルフォンヌの狙いは、そこなのか。

前代未聞の前例を作るつもりか。

その前に、アルフォンヌは、おもしろがっている。

「団体戦が終わったら、個人戦に出る三人以外は、さっさと着替えて逃げるのだ」

「えーーーっ!」

 またしても、声が上がる。

「応援するなら、着替えて応援席でするのだ。表彰式は、私が代表で出るのだ」

 また、わけがわからない事を言い出した。表彰式は、主将が出るもんで、監督やコーチ、顧問の先生は出ない。

「キミたちの素性がばれたら、それこそ出場停止になるのだ。だから、勝ったら、さっさと逃げるのだ」

 その通りだ。俺たちの素性がばれたら一大事だ。双子の兄弟や春美は、勝手に学校名を使って出る。俺にいたっては、性別を偽っているのだ。そんなことがばれたら、勝負の前に大会には出られない。

正宗や龍子、二年生たちも、ホントの学校の名前で出るわけではない。

 それがばれる前に、勝ったら逃げるというは、一番いい方法なのかもしれない。どっちにしても、優勝したらニュースにはなる。名前も出る。

いずればれる。

しかし、完全優勝した俺たちから、優勝を剥奪することが出来るのか?

優勝したことは、事実だ。それをなかったことには出来ないだろう。

だから、絶対に優勝しないといけない。なんだか、胸の内が、熱くなって来た。

「よし、やろう。みんな、アルフォンヌ先生の言うとおりにしよう。ただし、完全優勝するのが条件だ」

「みんな、優勝するわよ」

 正宗と龍子の掛け声で、全員が声を上げる。

「正宗親分、あっしらも命をかけます」

 まだ、試合もしてないうちから、双子の兄弟は、優勝したつもりで、正宗に熱く語っている。

「ナギちゃん、あたしもがんばるから、いっしょに優勝しようね」

 俺にくっついてきた春美もやる気満々だ。

「いくら学校がなにを言おうが、優勝には違いないんだ。俺たちは、胸を張って、大会に出て優勝するぞ」

「おおぉ!」

 正宗の言葉は、俺たちの胸をついた。言われるまでもない。俺には、三連覇がかかっているんだ。もっとも、今年は、女子だけど…… 

正宗と龍子にとっては、将来もかかっている。

「それと、当日は、みんなの親御さんたちはもちろんだが、ここの刑事さんたちも応援に来るのだ」

「マジか!」

 思わず俺は、口にした。学校を無視して出るわけだから、学校関係者や生徒は来ない。てっきり応援団は誰もこないと思っていた。親たちが来るということは、ひょっとしたら親父も来るのか?

世話になった、警察署の刑事たちも来るということは、きっと来るに違いない。

親父はともかく、母さんまできたら、違う意味で騒ぎになりそうだ。

 俺は、妹に応援に来ないように連絡させようと見たら、すでにスマホで連絡していた。こりゃ、当日は、えらいことになりそうだ。


 そんなこんなで、俺たちの一週間は、あっという間に過ぎた。

いよいよ今日は、大会本番だ。日曜日の朝、俺と妹は、駅前に向かった。

ここで、他の部員たちと待ち合わせして、電車でいくのだ。

学校を代表して行くわけじゃないので、バスなどはない。自分たちで行くしかない。

「おはよう」

「おはようございます」

 集まってきた部員たちと挨拶を交わす。

アルフォンヌが少し遅れてやってきた。

「みんな集まったのだ?」

「ハイ、全員集まってます」

 龍子が言った。

「それじゃ、行くのだ」

 俺たちは、駅の改札口に向かって歩き出した。

「違うのだ、違うのだ。そっちじゃないのだ。こっちなのだ。私について来るのだ」

 俺たちは、改札に行こうとした足を止めた。

「どこに行くんですか?」

 俺が聞くと、アルフォンヌは、時計を見ながら言った。

「もうすぐ来るのだ。こっちなのだ」

 俺たちは、ぞろぞろとアルフォンヌの後についていく。

駅から少し離れた国道沿いまで来た。すると、バスがクラクションを鳴らしながらやってきて、俺たちの前に止まった。

「ごめんなさい。ちょっと遅れちゃったわね」

 そう言って、バスのドアを開けて出てきたのは、俺の母さんだった。

「か、か、母さん」

「渚ちゃん、その言葉遣いはなに? お母さんでしょ」

 母さんは、俺に引きつった笑みを向けながら、トゲを刺すように言った。

「今日は、無理を言って、すまないのだ」

「いいえ、気にしないでください。子供たちのためですからね。ほら、なにやってんの、大会に遅れるわよ。みんな早く乗りなさい。会場まで送ってあげるから」

 そんなの全然聞いてないぞ。いったい、どういうことだ。

母さんは、今頃、どっかの外国にいるんじゃないのか?

俺たちは、呆気に取られながら、バスに乗り込んだ。

俺と妹が最後に乗ると、運転席でハンドルを握りながら、母さんが言った。

「ちょっと、さっき帰国したばかりで、疲れてるんだからね。今日は、絶対勝つのよ。負けたら、承知しないからね」

 母さんが本気で言ってる。優勝することの一番のプレッシャーは、母さんの一言だ。

「アルフォンヌ先生、これは、どういうことなの? ドッキリにしては、やりすぎじゃないかしら」

 バスが走り出して、しばらくして、俺はアルフォンヌに聞いてみた。

「ホントは、ナギくんのお父さんにお願いしたんだけど、丁度、お母さんが帰ってくるって言うから応援にも来てもらいたいし、お母さんにお願いしたのだ」

「それじゃ、親父は?」

「警察の皆さんを引き連れて、大応援団で来るのだ」

 マジか…… どんな応援団を連れてくるんだろう。想像もできない。

イヤ、したくない。

そして、もう一つ、不安ことがあった。妹に聞いてみる。

「ねぇ、前に約束させた、新聞部の取材のことは、どうなったの?」

「それがさ、ウチの学校は、出ないってことになったから、新聞部から断ってきたわ」

「残念ね」

「いいんじゃない。それが、あたしたちは、都合がいいしね」

 妹は、我関せずと言う顔で言った。

「みんな、終わったら、祝勝会するから、そっちも楽しみにしてるのだ」

 アルフォンヌが俺たちに言った。それも、かなり不安だ。

祝勝会って、どこでやるんだ?

俺たちを乗せたバスは、一時間ほどで会場となる、大きな体育館に着いた。

「ハイ、着いたわよ。みんな、がんばってね」

「ありがとうございます」

 部員たちは、それぞれ母さんにお礼を言って、降りていった。

「渚、勝ちなさいね」

「もちろん」

 最後に降りた俺は、母さんにはっきりそういった。

バスを降りた俺たちは、アルフォンヌに付き添われて会場に入った。

一面畳が敷いてあって、それだけでも迫力があった。

 男子と女子に別れて着替えてから、各学校ごとに集まって、準備運動をする。

周りを見ると、強そうなやつらばかりだ。すると、知らない学校の部員たちの声が聞こえてきた。

「おい、二連覇してる、早乙女渚って、今年は出ないらしいぞ」

「マジかよ。何で?」

「さぁ、知らないけど、名前がないぜ」

「でも、こっちには、名前があるんだよ」

「それは、女子のエントリーだろ」

「だって、名前が同じだぜ」

「間違えたんじゃないの?」

「それはないだろ」

「それじゃ、名前が同じで、女子もいるってことか?」

「どっちにしても、あいつがいなけりゃ、男子の優勝は、誰になるかわからないな」

 バカなやつだ。俺は目の前にいるというのに…… もっとも、男子の部には出ないけど。

しかし、俺の名前が、そこまで有名になっているとは思わなかった。

女子で登録しているとはいえ、俺の素性がばれたら、大変なことになる。

優勝するまで、おとなしくしておいた方がいい。俺は、なるべく目立たないようにした。

 一度、会場の外に出る。まずは、入場式だ。学校ごとに入場して整列してから

大会委員長などの挨拶を聞く。それが、面倒臭い。

 開会式が終わると、いよいよ午前中は、団体戦だ。

「みんな、自信を持ってやれば、勝てるのだ。大丈夫なのだ。私は、客席から応援してるのだ」

 ここから先は、俺たちだけだ。アルフォンヌに頼ることはできない。

「正宗くん、龍子くん、あとは、キミたち次第なのだ。がんばるのだ」

「ハイ。よぉし、お前ら、今日は、絶対勝って優勝するぞ」

「おおぉ!」

 双子の兄弟も、春美も、二年の後輩たちも、気合充分だった。

俺も久しぶりの公式試合に力が入る。正宗と龍子も気合満点だ。

 まずは、男子からだ。

「学生連合前に」

 審判に呼ばれて、俺たち五人は整列して挨拶する。そのときだった。

「がんばれぇーっ」

「負けるなぁ!」

 野太い声が聞こえた。見ると、客席の真ん中に垂れ幕を掲げた、体のでかい男たちの集団がいた。その最前列にいたのが、俺の親父だった。

てことは、アレは、全員、俺たちの応援団なのか?

男ばかりじゃないか。てことは、あの人たちは、全員、警察の人たちだ。

「マジかよ」

「アレって、どこの学校の応援だ?」

 他の学校の部員たちも見上げていた。

いくらなんでも、恥ずかしすぎる。そんな親父の前に、必勝と書かれた鉢巻を巻いている女の人がいた。

俺の母さんだ。男たちばかりの中に、一人目立つ。頼むからやめてくれ。

俺は、心の中で祈った。

 妹はというと、恥ずかしいのか、少し離れた席で俯いていた。

今日ばかりは、妹の気持ちがわかる。ウチの親は、揃いも揃って、目立ちたがり屋で、何事も熱い。

それは、俺が、小学生の頃からわかっていることだが、高校生になると、さすがに恥ずかしい。

 しかし、今は、そんなことを考えている場合ではない。試合に集中だ。

まずは、男子からだ。 


 

 

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