第6話

 あれから一週間。町の結婚式は、盛大に執り行われた。

 結婚式までの間、ディルークはロマンスグレーな駐在さんの家にお泊り。その駐在さんの家が、今度から私の暮らす家になるので、三人で沢山買い物をした。

 ディルークには、私が実はちょっと面白がってたことも話した。それでも私のオーラは優しいとかなんとか……。とても恥ずかしいのだけれど、ディルークは所謂…私にぞっこんという状態らしい。かくいう私も、落ち着きを取り戻したディルークに、とても惹かれていて、どうやら周りから見るととても幸せそうらしい。

 まぁ、影で『似たもの夫婦』とか言われているらしいけど、そんなことはもう気にならない。だって、私を好きだって言ってくれる私の好きな人が、私のことを美しいと言ってくれるんだから。

 私は醜い人の子だけど、彼からしたら美しいのだから!


 結婚式翌日。


 「のぉ?自分を卑下する必要などなかったじゃろ?」


 ディルークが駐在になるに当たっての諸々の手続きをしている間、私はロマンスグレーの駐在さん、もとい、ロマーナさんと小さな庭でのんびりお茶をしていた。


 「びっくりしましたよ?私って、竜人さんから見たら美人なんですねぇ……」

 「じゃから、ワシがもう五十若ければなぁ……」

 「そんなこと言って。実年齢は八十過ぎてますけど、肉体年齢は人間に換算すると四十代じゃないですか。ワザとお爺ちゃんじみた喋り方してるんでしょ?」

 「お?ばれたか?」


 私が指摘した途端に、口調が変わる。


 「そりゃバレますよ。マジで?とか良く使うし」

 「あ~、どうしてもなぁ……アレの口癖だったもんだからなぁ」


 ロマーナさんが亡くなった奥さんを懐かしむように空を仰ぐ。

 私は、どうしても気になっていたことを勇気を出して聞くことにした。


 「ねぇ、駐在さん……寂しく、ないですか?」


 私の問いかけに、ロマーナさんはにっこりと笑った。


 「寂しくないと言えば、嘘になるなぁ。しかし、ワシには町にも里にも子と孫、ひ孫までいるからな。アレの面影を強く残した子たちがいるから、寂しさも紛れるさ」


 竜人の寿命は、私たち人間の二倍。私は、確実にディルークを置いて逝ってしまう。


 「だから、あの若造も大丈夫さ」


 たとえ竜人としては四十代の肉体でも、生きた時間はその倍。老成した笑みで、私の頭を優しく撫でてくれた。


 「ロマーナ、我が妻の頭を撫でるのはやめて貰いたい」

 「おおう、若造が帰ってきおった」

 「十しか違わぬと言うに……、いい加減名で呼んでは貰えぬのか?」


 なんて良いながら、帰ってきた私の旦那さまが、椅子を引いて私の隣に座る。そして、私の頬に優しくキスをした。


 「お主が、怖れず自分を曝せるようになったらのぉ~」


 またお爺ちゃん口調に戻ったロマーナさんは、「じゃあの」との言葉を残して早々に二階へ上がってしまった。

 曰く、のぼせた空気が耐えられないとか。そんなに…のぼせているとは思わないんだけれど……


 「明日は、ロマーナが里へ戻る日だな」

 「そうね」


 敬語はやめるように言われ、なんとかこの口調で接することが出来るようになった。

 私は、立ち上がるとディルークの為のお茶を用意する。


 「そうしたら……」


 爬虫類顔を赤らめて俯くディルークの言いたいことがわかって、私も自分の爬虫類な顔が赤く染まる。互いに黙っていると、ディルークが勢いよく立ち上がった。


 「さ、さて、我はやらねばならぬことがあるから、少し外に出る」

 「え、え?今戻ってきたばっかりなのに?」


 入れたお茶を、あの沈黙のせいでディルークに渡せてもいない。


 「すまぬ、折角入れてくれたと言うのに」

 「あ、いいの」


 私が応えると、ディルークはもう一度小さな声で「すまぬな」と言って、私の頬を撫でた。


 「それでは、行ってくる」

 「……はい」


 頬に添えられている手に、私の手を重ねて返事を返すと、ディルークの顔が近づいてきて、軽く唇にキスをされた。


 「……行ってらっしゃいませ」


 赤く染まったであろう頬を両手で押さえながら、くすりと笑う旦那さまを見送った。



 ロマーナさんの見送りはもしかすると、私たちの結婚式より盛大だった。

 人間として生まれた娘マリナさんは四十代後半で、お孫さんがいる。つまり、ロマーナさんから見ればひ孫。そんな、人として生まれたマリナさんの一族が、竜人の里に居た息子さん、こちらは竜人的にはまだまだ若々しい五十代(肉体年齢的には二十代)でマリナさんのお兄さんなんだとか。その、お兄さんであるマイナさんに泣きながら抱きついたり、ひ孫の誰それが消えたとか、家族だけでもおお賑わいなのに、沢山の町の人が見送りに来ていたので大混乱だった。


 「そろそろ、行こう」


 マイナさんの声に、マリナさんが涙を拭きながら離れる。


 「ワシの見送りのはずだろうに、なんか納得いかん」


 そんな風にぶーたれるロマーナさん。


 「そんなに別れが惜しいならお前は残ったらどうじゃ?ワシ一人で里へは行けるしの」

 「父よ、そんな風に不貞腐れるものではない。ほんに、町に感化されておるな」

 「お前はこっちで育ったくせに随分と里に馴染んでおるようではないか」

 「こちらにいるより長い年月をあちらで過ごしたのだ。そうなっても仕方あるまい」


 そんな会話をしている二人を微笑ましく見ていると、マイナさんと目が合った。少し遠めだったので頭を下げて挨拶すると、わざわざこちらに来てくれた。


 「やはりお美しい……、あの試合で負けたのがほんに悔やまれる」


 手を取られ、私はあたふたしてしまう。マイナさんもあの武道大会に出てたなんて全然気付いていなかった。

 それに、だって、マイナさんは町に下りて来ているから変身しているわけで!結構なかっこよさな訳で!周りの子たちの視線が痛いっ……


 「マイナ、未練がましいぞ。我が妻に触れるでない」


 ディルークがマイナさんに握られた手を取り返す。


 「ディルークこそ、嫉妬は醜いぞ。それでは奥方さま、またいずれお会いしましょうぞ」

 「……はい」


 私がそう返すと、マイナさんはにこやかに微笑んで、マリナさんの元へ戻る。

 十分に別れを惜しんだのか、ロマーナさんは「じゃあの~」といつも、別れ際に見せてくれていた笑顔のまま、マイナさんと共に、町を去っていった。


 「なんだか、ちょっとだけ寂しい……」

 「ふっ、里と交流が無いわけではない。そう寂しがるな」


 ディルークに優しく手を握られ、私は「そうね」と微笑を返した。

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