第5話

 いき遅れと罵られる生活から一転、まさかの「私のために争わないで!」状態だったけれど、結局もとのまま、私はディルークと婚儀を挙げた。

 竜人と人間では体のつくりが違うため、子供をもうける事が出来ない。そのため、私は人の身で、竜人の子を孕めるよう、術をかけられた。

 正確には、異なる遺伝子情報をうまく分別し、どちらかになるように固定する術なんだとか。つまり、私たちの子供は竜人と人間のハーフになることは無く、竜人なら竜人、人間なら人間になるらしい。

 竜人の里で婚儀を挙げる理由は、この術をかける為らしいことを、式が終わってから言われ、私はなんだか恥ずかしくなった。

 今日、結婚が決まって、今日私を巡って竜人たちが争って、今日お前は竜人の子供を孕めるようになったと言われた。展開が早いの!早すぎると思うの!もうちょっとゆっくり出来ないの!?そう思う心と、でもディルークは人として好きかも、彼とならいいかな?とたった一日で思ってしまう自分の心に挟まれて、身動きが取れない。取れないでいるからこそ、周りにサクサク事を進められてしまったのかもしれない。


 そんな訳で私は今、ディルークに担がれて町へと戻っている。

 あれだけ激しい戦いがあったのに、恙無つつがなく式を終えたディルークが、意気揚々と「次は町で結婚式だ!」なんて言うから……

 一日ぐらい泊まっていけと言う義父になったラディシャさんと、剣を交えそうな勢いに、アーシャさんがため息をついて、二人に拳骨をかましていた。

 それでもディルークが折れないので、ラディシャさんも諦めたらしく、里を辞することになった。もう帰るのかと、里の竜人さんたちが慌てて、それでも祝いの品をどっさりくださった。でも、車もないし、まずは二人だけで戻って、お祝いの品は後日運び入れることになった。


 「あの、私歩けます……」


 この年で、人(と言っても竜人だけど)の肩の上に座ることになるとは思いも寄らなかった。


 「我がしたくてしていることだ、お前は気にしなくていい」

 とても嬉しそうだから、断ることが出来ない。

 「お前は、本当に美しいな」


 頭にしがみ付きつつ、こっそりとため息を付くと、突然またそんな事を言われる。


 「確かに、竜人さんたちからすると美しいのかもしれませんが……」


 言いよどむ。あそこまで持て囃されたから、さすがに美人じゃない、と否定は出来ないけれど、外見の美しさなんていずれは消えてしまう。

 きっと、ブスでもエンジのような心の持ち主だったら、私だって嫁にと望んでくれる人が居たはず。だけど、私はあの人形劇のお姫さまほどでは無いにしても、褒められた性格じゃない。

 長年培われた、穿った考えとか、人と対面するのが怖くてオドオドしてしまうところとか……この人はそんな私を知らないから、外見の美しさだけで……


 (私、何が言いたいんだろう……)


 「……お前は美しい。姿形ばかりではなく、心根が美しい」


 まさに、その逆を考えていたと言うのに、ディルークは優しい声でそんなことを言ってくれる。


 「お前の魔力はまるで夜を照らす星のように淡く優しく輝いている」

 「魔力?」

 「そうだ。人間は魔力を見ることが出来ないそうだな?」

 「えぇ、魔力って見えるものなのですか?」

 「見える。お前の魔力は揺るがない。魔力とはオーラのようなもの。考え如何によって、形を変える。我はな……婚儀を済ませてからこんなことを言うのは卑怯だとわかっているが……、弱いのだ」

 「弱い?あんなにお強かったのに?」


 ほんの少しの静寂。もう夜も更けて、梟の侘しい鳴き声だけが響いた。


 「……如何に力が強く、知に長けていようとも、我は心が弱い。我は……お前と違いとても醜い容姿なのだ。族長の息子であり、力も強かったお陰で、我を蔑む者はいなかった。故に我は一時期、増長していたのだな……我が望めば全て手に入ると、そう思っていた」


 私と同じ境遇の人、そう思っていたけど、やはり色々違うらしい。


 「しかし、適齢期を向かえ、好いた女に結婚を申し込んだが素気無く断られた。同じ女に、同じ事を三度繰り返し、ついに言われたのだ。如何に強くあろうとも、お前ほどに醜い男は御免だと」


 驚いた。竜人はもっと思慮深いかと思っていたから。


 「そんな事を、言う方がいらっしゃるなんて……」

 「いや、全ての竜人がそう辛辣しんらつなのではない。あの女は特別だな。あいつの魔力は燃え盛る炎のようだ。従来大らかな我ら竜人にあって、あれほどまでに苛烈な性格をしたものはあるまい」


 苦笑を漏らし、ディルークは続ける。


 「美醜など変化すればいくらでも変えられよう。しかし、我らはそれを良しとしない。己を受け入れてこそなのだと。それもあって、我はあまり己の容姿に頓着したことが無かったのだ。受けれいているつもりだったからな。けれど、あの女にそう言われ、心の弱い我は、内に引きこもるようになった。皆、我の容姿をあざ笑っていたのではないか?あの顔で、のぼせ上がるなんて滑稽な。そう、言われているのではないかと……」


 あぁ、心が苦しい。私にも、好きだった人がいたから。友達に言われて、告白まがいのことをして……裏でどころが表で思いっきり笑われていたから……


 「だから、お前の前で本当の姿をさらすことが出来ぬ。ほんに弱い。我の魔力は其れを体現するかのように、不安定に揺らめいている」


 私には見えないから、何も言えなくて……


 「しかも我は中々夢見がちでな!」


 急に、おどけた様な声を上げる。


 「人ならば、我を気に入ってくれるのではないかと、変化の術を磨きに磨いたのだ!しかし、万全を期してお見合いに望んだと言うのに、娘たちのオーラは嫌悪に歪んでいた。全く、知に長けた竜人と言うのに、何が原因なのかさっぱりわからなかったぞ?」


 たった半日前のことを思い出す。確かに、最初はウキウキしていた様子だった。それが不思議そうな顔になって、仕舞いには必死な様子に……

 あれ?私、本当に酷くない?その様子を半笑いで見てたわよね??


 「人にまで拒絶されれば、我は人生を一人生きなければならなくなる。必死な思いだった。そんな時に、お前が手を上げてくれたのだ……」


 うっとりとした声に、私は申し訳ない心境になった。


 「最初は、姿が見えなかった。星の光のような魔力に包まれ、その優しいオーラに陶然とうぜんとした。その光の中に、お前の姿が浮かび上がり……我は、死ぬるかと思ったぞ?」


 愉快そうに肩を揺らして笑うものだから、私は焦って、強くディルークの頭に掴まった。


 「おぉ、すまぬ……。お前ほどに美しい心の持ち主が、その心の美しさを体現したような見た目まで持っているのだから、あの時の我の動揺は致し方あるまい」


 言葉を続けながら、私をしっかりと支える。


 「いや、しかし、我はほんに可笑しな興奮状態であったな……。いや、今もまだ冷めてはおらぬが……普段はここまで口数多い訳ではないのだ!」


 必死に言い募るのが、可愛らしい。くすりと笑えた。


 「そうなのですね?」

 「そうだ!我はもう少し…思慮深いはず…なのだが……今の状況で言っても説得力は無いな。すまぬ、性急に事を進めすぎているのはわかっておるのだが……」

 「いいえ、あなたがこんなに急いでくれたから、私は今の状況を受け入れられるのだと思います」


 時間を掛けられたら、私はこの幸運に臆して逃げてしまったかもしれない。


 「今度は…私の話を聞いてくださいますか?」


 私のお願いに、ディルークは嬉しそうに笑った。


 「是非、聞かせてくれ」

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