エピローグ
黒井翼様
翼くん。色々ありがとうございました。
これを読んでるということは、私はもういないのだと思います。
まず、翼くんに謝らせてください。私は君に、1つ隠していたことがあります。
私は雪の舞う河川敷で、君に会う前から実は、君のこと知っていました。
火事ですべてを失くした私は、日本でおじいちゃんに引き取られたって、言ったよね?
両親も失い、左足も失った私は、自分の命が残り少ないのも知りました。
日本に来ても、おじいちゃん以外誰も知らない。私は孤独でした。
何かをしようとしても、足がない。誰かと仲良くなりたくても、命がない。
それならここで、孤独に死んだほうがいいって思っていました。
希望を持てませんでした。だから、おじいちゃんに勧められた学校にも、行きませんでした。
そんなある日、偶然橋の上で翼くん、君の演奏を聞いたのです。
お兄ちゃんがサックスをやってたからなのか、自然と聞き入りました。
よく見ると君も1人で、孤独に音を出していました。
私と同じ、悲しい音を聞きました。
それから毎日気付くと、体が勝手に君の音楽を聴きに向かっていました。
翼くん、君の演奏は友達を作らないように、悲しい別れをしたくないからと、ずっと我慢してた私の心を、見事に壊してくれました。
君の音が、私を躍らせたのです。私の体も心も、君の音を聴くと、踊らずにはいられませんでした。
それから私は、おじいちゃんに「学校に行きたい」と頼みました。おじいちゃん、すごくびっくりしてたよ。
学校でも、翼くん以外に友達を作らないよう、気を付けていたつもりだったけど、気が付くと私の周りは、素敵な友達に恵まれました。
それから私の考えは変わりました。
今まで悲しい別れをしないように、できないことを悲観しないように、ずっと孤独でいようとしてきたけど、翼くんや真理ちゃん、春人くんにあかりちゃん。ほかにも、私が日本で出会うことのできたみんなのおかげで、私は前を向いたのです。
出来ないと諦めていたダンスに挑戦しました。
別れが悲しいからと、ためらっていた友達もいっぱい作れました。
生きてるうちに、私が生きた証を作ろうと思いました。
私が経験したことのないこと、いっぱいさせてくれてありがとう。
2月のダンスパーティは、私のせいで台無しにしてごめんなさい。
5月のアンサンブルコンクールは、みんなで演奏できた思い出の大会になったね。
7月は初めての七夕とお祭り、とても楽しかった。カチューシャ、ほんとにありがとう。
8月は初めての遠足。帰りは心配かけちゃったね。
9月の焼き芋も、10月の文化祭も、どれも私の宝物です。
11月は喧嘩しちゃったね。でも仲直りできた。翼くんのファーストキス、奪っちゃったね。
私が喧嘩までしてバイトをしたのは、ちゃんと目的があったんだよ。あのときは言えなくてごめんなさい。サプライズにしたかったの。翼くんへの最初で最後の、私からの誕生日プレゼントを買うために。
サックスケース、気に入ってくれたかな?
おじいちゃんのお店は古いものしかないから、私頑張って、かっこいいの探したんだよ。
そして12月。私は全日本で、きちんと踊れたかな? 失敗しなかったかな?
翼くんの演奏じゃないから、ちゃんと踊れなかったかもね。
私はあなたに、すごく大事なものをたくさんもらいました。
生きる勇気、たくさんの友達、素敵な思い出。そして、私のダンスを彩る演奏。
君の演奏は、飛べない私に翼をくれました。折れて飛べなかった私は、その翼で自由に飛べるようになりました。
私は君にもらった翼で、何も思い残すことなく空を飛べます。
ありがとう。ほんとにありがとう。いっぱいいっぱいありがとう。
でも、君からもらう翼は1枚にします。いつか、もう1枚を渡す相手のために。
私はもう、その相手が分かるけどね。あはは、私ちょっとおかしなこと言ってるね。
翼くんは、いつも私の中にいます。だから私は、天国でも寂しくないよ。
私は君の中に入れたかな? 君の心に、私というしおりを挟むことはできたかな?
私の気持ちは、全部言いました。
そして最後に1つ、翼くんに文句を言います。
君のせいで、私は恋をしてしまいました。
黒井翼くん。
私は翼くん、君が好きです。大好きです。
言葉にできなかったけど、ずっとずっと好きでした。そして、ありがとう。
天川しおり
『当機は間もなく、シャルル・ド・ゴール空港に着陸いたします――――』
手紙を思い出していた。
涙でにじむ目で窓の外を見ると、そこには大きな翼で羽ばたく、白鳥がいた。
それをじっと見つめると、しおりは俺に笑顔で手を振った。
俺は笑顔で答えた。
「さよなら、俺の初恋の人。行ってきます」
君がくれた翼 ~君と過ごした1年間の物語~ たなかし @tanakashi
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