いざすすめアンダーグラウンド

 荒涼とした大地、ひねくれてまばらに生える緑、揺らぎ霞んで見えない地平線の中に建っているのは、歪な菱形をした緑青色の石造りの神殿だった。

 寒々しい景色の中に降り立った私は辺りを見渡す。生き物の気配はないけれど、油断は禁物。ここは人々の世界をむしばむ邪神の領域、何があるかわからないわ。

 神殿は本殿らしきそれを囲むように小さな塚が並び、さらにその外側を低い累堡が囲むように出来ているらしい。

 私が立っているのは、本殿を囲む塚の一つの前だ。この塚も汚らわしい、人獣の骨と石を巧みに組み合わせた造作で、いかにも邪神を称揚する知性の作りそうなものね。

 さて、おそらくルオキーノ師とアンリ殿下は本殿にいるはず。しかし見える本殿には、中へ入り込むような入り口が見えない。たぶん、位置的にここは本殿の真裏のようで、回り込まねばならないわ。

 右手に本殿を眺めながら、私は塚を辿るように歩み出した。塚の影から影に、身を隠しながら進んでいると、次第に物音が聞こえてくる。生き物の上げる鳴き声に、胡乱な臭いも漂ってくるわ。

「うっ」

 本殿の正面に回った私の目に映る光景に私は声を漏らしてしまった。

 本殿正面はすり鉢状の広場になっている。その中央では痩せ細った全裸の男女が鎖に繋がれ、土壇場に寝かされていた。

「ゔぁぁぁいっ」

 そんな光景を作り出している主犯格が獣の喉を鳴らしている。ひょろりと高い上背に盛り上がった筋肉が胸や背中に見られる一方で、異様に細くながい手足を備えたこいつは、鹿の頭を持っている。

 異形。そうとしか言えないこいつはまさしく、地の邪神イェホ・ウンディに属する魔人オヤシに違いないわ。

 鹿面の魔人が手に持っているのは、自分の頭に生えている角を模している二股の剣だった。その刃先は血がこびりつき、赤黒く汚れている。

 土壇場に横たえられた人は身動きもせず、今まさに自分の上に振り下ろされようとしている刃の前に無防備を晒していた。

 私の鉄心に鎧われた心身が震える。すかさずリボンを解き、渾身を込めて撃ち放つ。

「キエェイ!」

 リボンのエッジが二股の剣を掴む魔人の手首を貫き、ヘドロのような黒い血がドロッと溢れる。「ゔぁっ」

「キエェイ!」

 すかさず私はリボンを引きながら飛び込み、手刀を魔人の脇腹にたたき込み、さらに上段蹴りで無様に涎を垂らしている鹿頭を刈り取る。

「ゔぁぁぁぁっ!」

 魔人の絶叫が神殿の壁を振るわせる。並の人なら今の二撃で絶死させられるほどの威力があるというのに、魔人の体はまるで水の入った袋をたたいているような頼りなさで、まるで効いていないようだった。

 ただ、リボンのエッジが切断した手首からは絶えず黒い血が流れ出ている。異形の生物とて不死身ではないわ。

「はっ!」

 引き戻したリボンをしごき、手元でピンと張りつめて構える。指先で織り目を数えて摘めば、リボンは聖霊銀のエッジも鋭い見事な刃物に変身する。

「キエェイ!」

 魔人の体に向かって跳躍した私は、一気呵成にリボンを振り下ろす。二足で立ち上がった鹿めいた魔人の体が縦断され、黒い血を溢れさせながら倒れた。

「ゔぁぁぁ・・・・・・」

 倒れた魔人は自分から出た黒い血の中で溺れながらも、まだ息があったわ。驚くべき邪悪な生命力だわ。

 私は土壇場に寝かされた男女を振り返ろうとした、その時。

「ゔぁぁぁぁ」

 神殿の正面に開いた出入り口から、別の魔人の声が聞こえた。それも一人や二人じゃない。

「ゔぁぁぁぁ」

「ゔぁぁぁぁ」

「ゔっゔぁぁぁぁ」

 足下に沢山の人が走る振動が伝わってくる。これはやってしまったわね。ニンジャであるならば、冷徹に目の前の惨劇を見逃して身を隠すべきだったもの。

 あるいは私の鉄心の術は限界に近づいているのかもしれないわ。さっきから心臓がドクドクと高鳴っているもの。

「でも、しかたないわ。私はニンジャで、英雄の娘ですもの」

 目の前に殺されかけている人がいて、黙って見過ごすなんてあり得ないわ。

 私は土壇場に倒れたままの男女を見た。酷いこと。きっと邪神の信徒に捕らえられて気ままになぶられ続けていたのでしょう、生気の失われた淀んだ眼で、ぼんやりと私を見ている。

 まずは目の前の危機を解決しましょう。

 ぞろぞろと神殿から出た、六体の魔人が淀んだ地底世界の光の中に姿を見せる。その手には、先ほど倒した魔人と同様の二股の剣や、同じ刃に長い柄をつけた矛を持っている。

「ゔぁぁぁぁ」

「ゔぁゔぁぁぁ」

「ごめんなさいまし。私はウラーラ・スプリングガルド。つかぬ事を聞くようだけど、ここにルオキーノという男はいるかしら。それと、アンリ・トゥールーズという貴人に心当たりはない?」

 魔人たちの怒りの声が響きわたる中で、私は貴族らしく構えつつ、リボンを構えた。どうやら聞いて答えてくれる訳ではないようね。

「ならば申し訳ないけれど、押し入らせてもらうわ」

「ゔぁゔぁぁぁぁぁっ!」

 汚らわしい叫びと共に魔人の剣が迫る。私はこれを跳躍で避けた。

「キエェイ!」

 宙で反転しながらリボンを振り出して投げる。エッジが魔人の黒い眼に突き刺さった。

「キエェイ!」

 動揺する魔人の頭を踏みつけ、さらにリボンのエッジを矢継ぎ早にたたきつける。

「キエェイ!」

 全身から黒い血を吹き出した仲間を見た魔人たちの、無表情な眼が、心なしか震えているように見えるわ。

 私は父から、魔人という邪悪な種族が人を食べるということを聞いている。

 貴方たちにとって、裸の人間はただの食料でしかないでしょう。

「でも残念ね。私はニンジャだから」

 私は手刀を構える。

「来なさい、邪悪なる者。スプリングガルドの娘ウラーラが相手になるわ」

「「ゔぁぁぁぁぁっ!」」




 黒い血が広場に飛び散り、その中に魔人たちがそれぞれの格好で沈んでいるのを見ながら、私は先の男女へ振り返った。

「ごめんなさい、脅かせたわね。怪我はない?」 震えながら身を起こした二人は怯えた眼で私を見ている。淀んだ眼だ。いったいどんな時間を過ごせばこんな眼になるのか、想像も付かないわ。「・・・・・・ぁ・・・・・・の」

「無理に喋らなくてもいいわ。でも一つだけ教えて。貴方たち以外に、最近ここに捕らわれている人はいない?」

 男女は起こした身が倒れないように、互いの体に寄りかかるようにして立ち上がり、頷いた。

「ゴホッ・・・・・・この前、身なりの、良い、ゴホッ、青年が・・・・・・連れてこられ、た・・・・・・私らは、ゴホッ、ゴホッ、用済みだ、と・・・・・・魔人たちの、餌に、され・・・・・・ゴホッ!」

「わかったわ。ありがとう。貴方たちはここで休んでいてちょうだい。私は用があるから」

 私は神殿に向かって歩きだした。踏みしめる地面に広がる血溜まりを飛び越えて、魔人たちの躯を蹴倒しながら、黒々と口を開いている神殿の戸口の前に立った。その時。

「ようこそ、ウラーラ・スプリングガルド」

 先の見通せない通路の暗がりから声が聞こえた。

「ルオキーノ、ね」

「いかにも、私はルオキーノ。邪神騎士位階七十六位、伝道師ルオキーノさ」

「邪な者たちの序列など知ったことではないわ。アンリ殿下を誘拐したのは、貴方ね」

「ほう、もう知っていたのかね。ただの狂女ではないらしい」

 闇の中から聞こえる声がくっ、くっ、と独特な引っ込めるような笑い声を上げていた。

「地上の尊き血は我が主上の最も欲する滋養である。貴様の父親が主上の閨を襲って以来、主上の飢えはこの上ない。アンリ・トゥールーズは最上のご馳走というわけよ」

「させないわ!」

 私は闇深い神殿に飛び込む。闇に響くルオキーノの笑い声を追いかけた。




 緑色の炎を灯す蝋燭が怪しく照らし出す神殿の奥部を、私は走った。

「ルオキーノはどこにいるの」

「ゔぁぁぁぁぁっ」

 角を曲がると緑色に燃える松明を持った魔人が鉈を構えて現れる。

「キエェイ!」

 ダッシュから私は跳躍、リボンを打突する足脛に巻き付けて魔人の喉輪を刈り取るように蹴る。

 魔人のゴムめいた皮膚を突き破って足が食い込み、魔人の口から黒い血が溢れる。

「ゔぉっ」

 絶命した魔人の倒れる音を後に残して私は走り去る。どうやら聖霊銀のリボンには、魔人たちの肉体に対して特別な攻撃性能を持っているみたいだわ。

 それにしても、いったい何人の魔人がこの神殿に潜んでいるのかしら。そしてこの魔人たちを養う為にどれほどの人々が犠牲になったのかを思うと、それはとてもとても恐ろしいことだわ。

 ルオキーノが魔人たちを飼い慣らすために行ってきたであろう数々の行為を思うと、アンリ殿下を一刻も早く見つけだし、こんな場所から救い出さなければという気持ちが膨らんでいく。でもこれは、冷徹に状況を判断して肉体を鋼鉄に変化させる鉄心の術と相反するものだ。

 恐怖、怒り、焦りはニンジャには禁物なのよ。

「ゔぉあぁぁっ!」

 内心を整理しながら走っているとまた魔人が現れる。今度の魔人は両手に剣を持っている上に、鹿面に生えた角もそれまでの種類より複雑に枝分かれしているわ。

 激情に任せた剣の振り下ろしも素早く、鋭く、重い。私はとっさに体を反転させて跳躍、壁を蹴って勢いを殺し、手刀を構える。目の前で下ろされた剣が床に敷き詰められた緑色の石畳に深く突き刺さっていたわ。あんなものを受けたら鉄心の身体でも只ではすまないかも。

「あら?」

 壁に掛かる緑炎吹き上げる松明に照らされた恐るべき魔人の腰に、ごつごつとした造作の鍵束が括られているのを私は見つける。その造形にはどことなく見覚えがある。

 そう、それはこの地下世界に通じる円陣が刻まれていた小屋の戸口に使われていた鍵のそれとよく似ているのだ。ルオキーノの作品と推定するそれを持っているという事は、対峙するこの魔人、どうやら見た目が違うだけではないらしいわね。

「失礼、ミス。そのお腰に提げた鍵の束、いったいどこでお使いになるのかしら?」

 目の前の魔人は牝だ。それは体つきがこれまで屠ってきたそれよりもしなやかで、特徴的なくびれや乳房を持っていることで分かる。さしずめこの神殿に巣食っている魔人たちのクイーン、といったところでしょうね。

 私と彼女は互いに構え、間合いを測った。身長、体重共に私の倍はある魔人のクイーンは諸手の剣を天井スレスレまで掲げている。間合いに飛び込めばすぐさまに、剛速の振り下ろしが防御する間もなくお前を両断できるぞと、赤黒く煌めく瞳が豊かな睫の奥から私を射竦めようと睨む。

 私はリボンを腕に巻き取り、手刀を構える。単にリボンのエッジを当てるだけでは切り傷を与えるだけで致命打にはなりそうにないし、隙を突いて急所を打つような真似も難しそうね。

 じり、と二人の間合いが近づく。ふと、魔人のクイーンは無意識のうちに、背後に気を払った。 立ち位置の都合上、私には彼女の背後を見ることが出来ない。それでも、その先に彼女が「守っている」ものがあることは一目瞭然だ。

「なるほど。その先に・・・・・・ね」

「ゔっ」

 瞬間、魔人のクイーンが素早く踏み込んで、私を自分の間合いに巻き込んだ。と思うや、掲げたまま構えていた剣のうち、右に構えたものを私めがけて打ち込んできた。

「おっと」

 私は打ち込みに応じて素早く引き下がった。肌の上を振り下ろされた剣の風圧が撫でる。

 打ち下ろした剣をクイーンが引き抜く。その動作にあわせて私は動いた。

「キエェイ!」

 相手の引きの動作に併せて飛んだ私は、宙で身体を反転させる。足から相手の鹿めいた鼻面めがけて、矢のように鋭い跳び蹴りを繰り出す。

「ゔぃぃっ!」

 涎まみれの口から怒りの呻きを漏らしたクイーンは、目の前に迫る私を、首をねじってかわした。私の足先はクイーンの顔面に生い茂っている固い獣毛の一部を削り取って、彼女の背後に抜ける。

 これで私は彼女の背後に入った。このまま逃げられればよかったのでしょうけど、そうはいかないわ。この女の持っている鍵を持って、この先へと行かなきゃいけないもの。

 クイーンを掠めただけの私の跳躍と蹴りは勢いそのままに、低い石の天井に達した。私はそこで天井を蹴る。目指すのは、クイーンの頭に生えている角の間。そこをめがけて飛ぶ。

 足の裏にごわごわとした不快な感触を感じるそこに降りると、全くもってこの神殿が、クイーンにとっては窮屈な職場であろうことが伺える。天井は角の先スレスレまで迫っているし、通路の壁までの幅さえ、両腕を広げるには足りないでしょう。

「ゔぁぁぁっ! ゔぉぉぉぉっ!」

 急に頭の上に、何か未知の重量物が加わったこと、さらに目の前にさっきまでいた侵入者を見失ったことで、クイーンが困惑と不安に満ちた鳴き声をあげていた。

 よっぽどあわてたのか、両手に持っていた剣の一方を取り落とし、頭の上へ大きな手を伸ばしてきた。

 しなやかだけど、細い指が迫る。私は聖霊銀のリボンを、エッジを立てて構えた。

「貴女一人を相手にするのは骨だけど、腕一本、指一本相手なら造作もないわ。キエェイ!」

 鋭利なエッジを迫る指に向かって叩きつける。白木のような指が付け根から断ち切られて散らばった。

「ゔぉあぁぁっ!」

「まだよっ!」

 クイーンの悲鳴を遮るように私は言い返す。聖霊銀を引き延ばして、角の間に結びつけた私は、リボンの真ん中を掴んでクイーンの背中側へと飛び降りる。

 首が後ろに引っ張られる格好になって、クイーンはぐらぐらとたたらを踏んでいた。そこで彼女は大事に掴んでいたもう片方の剣も手放して腕を振り回し始める。でも自分の背中にくっついている私を捕まえるには、彼女の身体は固すぎるみたいね。

「ほうら、重たいでしょう。そろそろ角が、床に、届きそうよ」

 クイーンの首の筋肉がミチミチと断裂する音が聞こえる。巨大な角を支えている首が、尋常ではあり得ない角度まで曲がることで限界を迎えているのだ。

「ゔぉっ・・・・・・ゔ・・・・・・!」

 ちらりと見えたクイーンの唇の端から泡がこぼれていた。それでも私は彼女の首に負荷をかけ続ける。人肉嗜食の異形に遠慮は無用よ。

 ひたり、とついに私の足裏に床材の冷たい感触が戻った。その瞬間、私は渾身の力を込めてリボンを、彼女の頭を引っ張った。

「キエェイ!」

 筋肉の断裂音と関節の脱臼する音が頭上から聞こえると同時に、抵抗が止む。仰ぎ見ると、魔人のクイーンの首は背中側に向けて完全に折れ曲がり、頭の角の一部が背中に突き刺さっていた。

 脱力した彼女の巨体が膝から崩れ落ちていったわ。

 

 リボンを回収し、クイーンの腰紐に結わえられている鍵束をもぎ取り、私は彼女が守ろうとしていた扉の前に立った。

 間違いなく、その様式は薪小屋に使われていた鍵と同様のもの。それはこの先に邪神騎士ルオキーノがいる事を示している。恐らく、アンリ殿下も・・・・・・。

 胸の内が震える。鉄心が揺らぎそうになる。ルオキーノは強敵だ。なにせさっきの魔人クイーンを使役出来る位なのだから、位階云々もあながち誇張でもないのでしょうね。

 それでも、私は鍵を扉の穴に差し込み、中の掛け金を外して開く。

 例え針の穴ほどの好機しかないとしても、必ずや邪神使徒の悪行を懲らしめましょう。

 開いた扉の先は神殿内に灯されている緑色の松明の光さえ届かない、深い闇に沈んでいる。

 その中に私は駆けだす。韋駄天の術の一歩手前、私が一番長く、早く走ることが出来る速度で飛び込む。

 走る私の耳に、自信満々に高笑うルオキーノの声が近づいてくる。声だけが、私に近づいてくるのだ。

「はははは・・・・・・魔人たちの母を、首をへし折って殺すとは。侯爵令嬢とは血も涙もないと見える」

「魔人は人肉を貪る邪なる命よ。慈悲はないわ。邪神使徒も同様の末路を辿ると知りなさい」

「黙れい小娘。素っ裸の貴様一人など何するほどの物でもないわ。ふっ、現に貴様はすでに我が術中にいるのだぞ」

 なるほど。私が疾走しているこの空間そのものが既にルオキーノの邪悪な術による産物のようね。きっとこのまま、いくら走り続けても私はルオキーノの立っている奥の部屋にたどり着くことはできないのでしょう。

 でも私は動揺しない。既に彼の操る術を破る為の方法は掴んでいるわ。

「聖霊銀のリボン、私を奴のところへ、アンリ殿下のいるところへ・・・・・・!」

 リボンを解いて私は虚空に向かって放つ。鋭く延びるリボンのエッジが闇の中に吸い込まれるように伸びて、その先は遠く見えなくなった。

「ぐわっ!」

 途端、彼方からルオキーノの呻きが聞こえ、手に握ったリボンの端にはしっかりと何かの手応えが伝わってきた。

「そこねっ!」

 私は引き延ばしていたリボンを一気に収縮させ、それに合わせるように身を躍らせる。

 跳躍した私の身体はリボンの収縮に乗って闇をくぐり抜けた。一点の光が見え、そうかと思うとそれは瞬く間に視界いっぱいに広がって、私は邪神騎士の仕掛けた闇の中から飛び出ていた。

 目が明かりに慣れる。私は再び神殿内の一室にいた。そこはこれまで通り抜けてきたどの通路や部屋よりも広く、太い柱が何本も立っていて天井も高い。

 きっとここは最奥部にある、邪神イェホ・ウンディに供物を捧げるために作られたであろう祭壇だ。その証拠にリボンの先は、緑色の炎が柱のように燃え立つ篝火の間に構えるルオキーノの握る杖に結ばれていた。

「くそっ! なんだこの布っきれは!」

「ようやく捕まえたわ、邪神騎士ルオキーノ。・・・・・・ああっ!」

 邪神を奉ずる事を示すまがまがしい装飾に彩られたローブと杖を身につけたルオキーノの傍に、寝かされた人の影が見える。

 目を凝らせばそれがアンリ殿下であることはすぐに分かった。金糸の如き御髪の下で伏せられた瞼に生える睫毛の先が、緑色の炎を照り返している。でも、その表情は優れない。血色は思わしくなく、苦しげな眠りに囚われているわ。

「アンリ様! 今お助けします!」

「させるものか。イェホ・ウンディ! 我らの地母! この地の恵む肉と魂を受け取り賜え!」

 ルオキーノが祭壇に向かって手をかざした。すると祭壇の真上の空間に、黒々とした穴が開き、そこからぬるぬると黒褐色の、節くれた巨木の根を思わせる触手が伸びて祭壇の上を浚った。

「キエェイ!」

 私はとっさにリボンを引き戻し、渾身の力で投擲する。リボンのエッジが触手の上をなぎ払い、ぼたぼたと千切れ落ちる。

「させないわ。アンリ様を生け贄になんて」

「おのれウラーラ・スプリングガルド。俺の計画を邪魔しおってからに。ならば、貴様を先に生け贄に捧げることにする。その柔肌を俺の魔術で焼き払ってな!」

 ルオキーノが霊光を帯びた杖先を私に向けて構える。私はリボンを引き戻し、手刀を作って邪神騎士に突きつける。

「かかってきなさい。叩き潰してあげるわ」

「ぬかせい! 素っ裸で何が出来るか!」

 激する邪神騎士の邪な光が、私の鉄心に迫った。

  

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る