37 自分を見つめる

今まで抑え込めていた感情を自覚するという事は思った以上に影響の大きな事だった。


盲目になり見えなくなっていたことが急に見えてくるようになる。


課長のへの気持ちを自覚してから考えたのは、どうしてあんなにも頑なに自分の気持ちに鈍感――否、自分の気持ちから目を逸らしていたのだろうかということ。


考えてみれば単純なことだった。


怖かったのだ。


そんなつもりはなかったけれど、私は恋だの愛だのを信用できなかったのだ。


人生最初の失恋は仕事の忙しさで考えなくて済んでいたし、今となっては全く未練なんてないつもりだ。


けれど、人を好きになった結果それが一瞬で壊れてしまった衝撃と悲しみはずっと私の中にあったのだ。


おまけに今度の恋の相手は我らが営業一課の鬼課長様。


尊敬を通り越して畏怖の対象のように見ていた人物。


そんな人に幾ら言い寄られても現実味が湧かなかったし、信じられなかった。


信用して、素直に好意を受け入れて、好きになってしまってから、また同じ思いをするのが嫌だったとも言える。


気がついてみれば、良也が私につけた爪痕は思いのほか大きく深かったということだ。


ムカつくけれど。


ただ、今となってはもうこんな自己分析には意味がない。


だって好きになってしまった。


馬鹿みたいに課長のことばかりを考えている私の日常。


こんな予定ではなかったのだけれど、人間なんてわからないものだ。


だから辛い。


現実が辛い。


何故もっと前に気がついて素直にならなかったのか。


素直になれない理由があったとわかっていてもそう思ってしまう。


今の私はやっと恋心を自覚することが出来たというのに、以前と比べて課長との心の距離を自ら広げてしまった後だった。なんと言っても自分から避けに避けまくっていたのだから。


そして、さらに最悪な事に、課長の顔を思い浮かべる度に浮かぶ他者の面影。


木野さん。


時間が経つに連れ、彼女と課長が共にいる時間ら増えていった。


それに比例して増えていくのは、ふとした時に私と木野さんと目が会う回数。


それは互いが気にしあっていた証拠だ。


目の前でふらついて差し伸べてくれた課長の手を拒絶したあの日以来、私と木野さんの目が合う回数は顕著に増えた。


はっきり言って、私は木野さんが怖い。




そうして自覚から数日。自分から課長を未だに避けているのに、前みたいに少し強引にドキリと心臓が跳ねるような言動をとってはくれないかと、馬鹿みたいな期待を密かにしている自分が心底嫌だ。


更には、自分の方が悪いのに、前みたいに強引に接触してこない課長に対して、もう私になんか興味がなくなってしまったのかだとか、木野さんの方が良いのだろうかなどと、ぐるぐる考えて勝手に傷ついている自分がウザ過ぎる。


そして、現実というものはとても厳しい。


実際に課長の心は木野さんに奪われてしまっているかもしれないのだ。


証拠だってある。


二人が一緒にいるところを無意識に目で追ってしまうとき、偶に課長はクスリと笑う。


他の人はそんな課長の笑顔に気がつかないみたいだけれど、私にはわかってしまう。


仕事の時の顔じゃない、と。


あれはオフモードの課長が私に何度か見せてれた表情だから。


私と違って女らしく可愛い彼女。好きな人の側にいるためならどんなことでも一生懸命やり、結果も出す。そして、彼女は今想い人と誰よりも距離が近い。


男という生き物は総じてああいうタイプが好きなのだろう。


私とは“正反対の女の子”。

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