二十八日目 自覚する変化

 リュイ王国の外れにある広大な大地、そこにはリュイ王国が誇る兵士達や騎士達の姿があった。

しかし、その誰もが傷ついたり既に息を引き取ったりしており、そんな彼らを大きな翼を生やしていた光真と真言達が静かに見ていた。


「来た時は俺達を絶対に倒すなんて息巻いていたのに、結局はこの程度なんだな」

「そうですね。わざわざ接触隷属で支配するまでもなかったようなので、少し拍子抜けです」

「いや、普通に私達が強化され過ぎただけでしょ」

「その可能性が高いだろうな」


 兵士や騎士達を見ながら平然と会話をする光真達の姿に彼らは信じられない物を見るような視線を向ける。


「こ、コイツら……ばけもんだ!」

「間違いない……こんなの魔王と戦ってるようなも──」

「ああ、魔王なら二週間前に倒したぞ」

「……は?」


 兵士や騎士達の表情が恐怖に染まる中、光真は少し悔しそうな顔をする。


「正確には追い詰めたけど自害されたんだけどな。だから、俺達で倒せたというよりは勝ち逃げされたってところだよな」

「まあそうね。けど、魔王も四天王もいないし、なんだったら勇者だっていないわ」

「みんな、二週間前にいなくなってしまいましたからね」

「そして、その力は光真と強佳が受け継いでいる。つまり、お前達は魔王四天王と魔王、更には勇者達と同時に戦っている事になるぞ」


 敦史の発言に兵士と騎士の中の数名は恐怖が限界に達したのか装備や仲間達を置いてそのまま逃げ出そうとした。

しかし、地面から突如生えだした白い茨に囚われると、どうにか逃げ出そうと踠きながら悲鳴を上げ始めた。


「は、離してくれえぇーっ!! まだ死にたくないんだあぁー!!」

「いやだあぁ……逃がしてくれえぇーっ!!」

「こんな事になるくらいなら兵士なんてなるんじゃなかったあぁー!!」

「あんなふんぞり返ってるだけの王族やガキ共に偉そうにされるだけで死ぬなんて嫌なんだあぁー!!」

「お、お前達……!!」

「お前達に兵士や騎士としての誇りはないのか!?」


 兵士長や騎士団長達が怒りを露にするが、そんな彼らを他の兵士や騎士達は後ろから力を込めて殴り付けた。


「ぐあっ!」

「お、お前達……ど、どうして……!」

「うるさい……!」

「誇りがなんだよ……そんなくだらない物のために命なんか賭けられるかよ……!」

「そんなに死にたければお前達だけ死んでいれば良いだろ!?」

「命よりも重い誇りのためにさっさと死ねよ!」


 俯せで倒れる兵士長や騎士団長に対して兵士や騎士達は怒りと憎しみをこめて足で押さえ付けながら次々と暴言を吐き始めると、その声は少しずつ大きくなった。

そして、白い茨に巻き付かれた兵士や騎士達もそれに加わり、兵士長や騎士団長の表情が暗くなると、その光景に光真達は呆れたような表情を浮かべた。


「……結局、誰だってそうなるんだよな。いつもは絆だの誇りだの言ってるくせに、いざとなったらそれもこんな風に簡単に裏切る事が出来て、仲間だの友達だの言っていた奴に対して暴言を吐いたり死ぬ事を強要出来たりする。

アイツらだってそうだったよ。自分に死の恐怖が迫った途端に他の奴を簡単に差し出したり話を聞かずに相手を疑ったりして、それはそれは醜い争いをしていたよ」

「それが人間の本性なのだとは思いますが、本当に醜かったですよね。そして自分が生きるために相手を傷つけて殺していって……」

「私達だって復讐のために色々な奴の心も壊したし、とても酷いやり方をして殺していったわ。でも、アンタ達は私達がただ能力がなかっただけで命を奪おうとしたり自由を奪おうとしたりしたのよ。そんなアンタ達を私達が生かすわけはないでしょ?」

「よって、お前達は全員ここで死んでもらうぞ。命乞いをしたところで聞く気はないからな」


 その後、光真達はこれまでに得た能力や力を使いながら各々の武器の力を活かして兵士や騎士達を次々と殺していった。

多くの兵士や騎士達が集まっていた広大な大地は彼らが血を吹き出しながら悲鳴を上げたり物言わぬ肉片に姿を変えたりするといった地獄のような場所へと変わり、屍が焼け焦げた臭いや流れ出た血の臭いなどが漂い続けた。

そして最後の一人が命の灯を消した時、目を覆いたくなるようなその赤黒い大地を見ながら光真は小さくため息をついた。


「……なんだろうな、この虚無感は」

「別に心を満たすためにやってるわけじゃないし、満たされるわけはないじゃない。それに、ここまでやってきた以上、私達はまともな最後だって迎えられないんだし、堕ちるところまで堕ちていくしかないわよ」

「……そうだな。でも、あの中で一人だけでも兵士長や騎士団長に味方する奴がいたら何か変わったのかな?」

「……俺達は感心するが、結局他の奴らになぶり殺されただろうな。アイツらの死にたくないという強い思いと生にしがみつこうとする血走った目を見ればその結末も容易に想像はつく」

「光真君はそういった人が出れば良かったのですか?」

「……そうかもな」


 翼をしまって地上に静かに降りた光真はかつて生き物だったもの達の血肉を踏みしめる。その度に水っぽい物を踏み潰す聞くに耐えない音が鳴るが、光真はそのまましばらく歩いた後、真言達の元へと戻った。


「……帰ろう。さっき強佳が言ったように後は他の奴らも殺して、堕ちるところまで堕ちていくしかないからな」

「そうですが……光真君、もしかして今の私達の状態に対して後悔をしているのではありませんか?」

「後悔……いや、それはしてない。ただ……」

「ただ……?」


 強佳が聞くと、光真は複雑そうな表情で答えた。


「人を殺す事に躊躇いがなくなった上に死体を見ても何も感じなくなってきた自分が少し哀しくなっただけだよ」

「……そうだな。復讐のためだったとはいえ、殺す事を何も考えずに出来るようになった俺達は既に人間ではなくなっている。お前達を殺すつもりも予定もないが、もしかすればその時が来てもなにも感じないかもしれないな」

「……ない、とは言えないわね。少し前までは夢の中にも殺した奴らが恨めしそうに出てきたのに今では出てこなくなったもの」

「センセイに拾われて、こうして力を得た事を私も後悔しません。けれど、少しずつセンセイに近づいているような気がしていて、それが無性に怖いです……」

「……人じゃない何か、にな。さあ、帰ろうぜ。明日だって同じように復讐のために殺していかないといけないからな」


 三人が頷いた後、四人はそのまま姿を消した。しかし、四人の後ろ姿はどこか寂しげであり、その表情には陰りが見えていた。

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