6−2「契機」

 …深夜の交差点。

 目的地の中程まで走ったところでマインは「そも」と続ける。


「俺たちは【誰】の指示で動いているのかと、次第に俺は思い始めた」


 車を運転しつつも、何かを考え込むような仕草をするマイン。


「俺が代表として就任し、アミやレッドにも手伝ってもらってはいたが、実質、会社を取り仕切っていたのは人工知能である祖母…それこそ、あまりにも忙しくここ最近まで気にも留めていなかったのは確かだ」


 角を曲がりながら、話を続けるマイン。


「彼女がどこから来たのか。何を目的としているのか。会社を大きくし、多くの企業とネットワークを連携させ、全体の全体が見渡せるようになったところで俺はようやく気がついたんだ」


 いつしか、マインのハンドルを持つ手が少し震えていることに亮は気づく。

 

「もしかして…怖いんですか、【グランマ】のことが?」


 その質問に「…ああ、そうだとも」とマインは答える。


「俺も、レッドも同じ。未だが身内であるようには思えない。他の空間異常と同じ別の次元の異物のようにしか思えないのさ」


「異物…ですか」と亮は思わず繰り返す。


「そう、だから俺たちは最近開発された人格を破棄したタイプの人工知能を使っている。もっとも、グランマのバックアップデータをベースにしたものだから、性能は変わらないがな」


「…だからこそ」と続けるマイン。


「レッドより下の兄妹には、と関わり合いを持たせないようにしたかった。からも空間異常からも、なるべくあの子たちを離したかった」


「それは、アナタの大切な家族だからという理由ですか?」


 亮の質問にマインは首を振ると「それは、イエスでもあるがノーでもある」とマインは答える。


「俺たち…俺とアミとレッドの父親は別の人間。つまり、ポップから下の兄妹は再婚相手の子どもなんだよ」


「え?」


「だからこそ。家族でもあるが、一線も引いている」とマイン。


「それだけに、わからない。距離は離していたはずなのに、いつしか人工知能グランマと接触し、この街に来てしまったポップやマーゴのことがわからない」


 防護服のフィルター越し、そこに映るマインの瞳はどこか悲しげに見えた。


「優秀な科学者の血を引くあの兄妹たちとは違い…母親に逃げられるような凡庸ぼんよう怠惰たいだな父親の血を引いてしまった俺には到底分かり得ない」


「マインさん」


 思わず、声を上げる亮の視線の先には大量に積まれた焦げた死体。

 死体はすべての車線をふさぎ、放電しているように見えた。


「【方舟】の影響か。空襲の犠牲者のようだが…これじゃあ通れないな」


 思わず車を止めるマイン。

 ついでカーナビ機能のスマートフォンから『亮、聞こえる?』と声がした。


「マーゴ?」


 思わず、シートベルトを外してスマホに向かって前のめりになる亮。

 それにマインも気づいたようで「マーゴ、どこにいる!」と声をかけた。


 しかしマーゴはノイズの中で『すぐ…替わって、亮に…』と告げる。


『ここだと…電波が悪くて…短い…話せない』


 それにマインは、ほんの少し考え込む仕草をしたが「貸すのは一時いっときだ。どこにいるか聞き出したら、すぐに返せ」とスマホを車体から外すと、亮に渡す。


「…マーゴ。今どこにいる?俺はいま、図書館に向かっているのだけど」


 そこに『眼帯を外して』とマーゴ。


『それで、わかるから』


(…何が?)と思いつつ、そろそろと眼帯を外す亮。


「おい、何をしている。早く場所を」


 そのマインの声が途中で止まる。


 亮の座る助手席。

 夜間の窓ガラスに反射する亮の姿。


 しかし、その奥には室内の様子と一人の背の高い少女。


「待て、今ドアを開けるな…おい!」


 だが、マインの忠告も聞かず外へと飛び出す亮。


 背後で車のドアの閉まる音はしたが、周囲はすでにガラスケースの並ぶ室内へと変化し、目の前にはスマホを持ったマーゴの姿があった。


「…結構、かかったね」とマーゴ。


「空間のジャミングがヤバくてね。グランマが亮の乗っている車とこの場所とを結びつけるポイントを見つけるのに時間がかかっちゃった」


 ついで、亮の手に持つスマホと背後を見ると「よし」とガッツポーズをする。


「兄貴は付いてきてないみたいね。空間も無事に閉じている」


 今しがた亮が出てきたと思しき引き出しを開けるマーゴ。

 中には蝶の標本が入っており、亮はこの場所が博物館であることに気がつく。


「…いいのかよ。心配させている兄貴を放っておいて」


 亮の言葉に引き出しをしまいながら「いいの」とマーゴ。


「天文学者の肩書きはくれても長いこと会社には関わらせない人間だったから。少しくらい、困らせた方が…」と会話を途中で切り、大きなあくびをする。


「ごめん、ちょっと起きているのが辛いかも」


 それに亮の持つスマホから『アンタも少しは休んだらどうだい』と声がした。

 

『まったく。上の孫たちはどいつもこいつもせっかちな上に睡眠時間さえまともにとらないときたものだ。これじゃあ体を壊しても文句は言えないね』


 見れば、マインのスマホにも関わらず、画面の中には老婆の姿。


『ここは市の施設だからね。一階にある診療所の毛布を借りれば良いさね』


 それに「ベッドはソファを借りれば良いし、何かあったらグランマが起こしてくれるわ」とマーゴは花火のマークがついた診療所の方へと歩き出す。


『嬉しいね』


 気づけば、スマホの中の老婆が目を細めていた。


『こんな姿になっても私を【人】として扱ってくれる…本当にできた孫だよ』


 …そして、亮は夢を見た。


 それは焼け焦げた臭いのする、瓦礫がれきの街。

 空から降り注いだ無数の焼夷弾により破壊された街。


 かつては近代的な建物が並んでいたこの街も、兵器による破壊によって跡形もなくなり、かろうじて残った家々が遠くにいくつか見えるのみとなっていた。


(これは、戦後の光景か?)


 とまどう亮の前で、数台のジープと外国の軍人がやってきて配給が始まる。


 物資に群がる大人や子供。

 彼らの多くは家を失い、焼け残った橋の下や家の軒先で寝る人間もいた。


 日は沈み、日は上る。


 周囲にバラック小屋が立ち並び、物売りや帰還兵が徐々に戻ってくる。


(…ねえ、おじさんは外国に住んでいるの?)


 一人のジープから降りた外国人の兵士。

 彼から菓子を受け取った少女は顔をあげるとそうたずねた。


(そうだよ、遠い海を渡った先から来たのさ)


 日本にいるあいだにそれなりの言葉を話せるようになっていた兵士に、少女は顔をほころばせる。


(そこって、色んなことを教えてくれる人っている?)


 汚れた顔で、あどけない笑みを浮かべる少女の顔。

 その質問に兵士は首をかしげ(…色々なこと、とは?)とたずねた。


(たとえば、そう…あの空とか)


 そう言って、少女は空を指さす。


(あの向こうには何があるのかとか、どうして夜になると、暗いのに細かい光がたくさん見えるのか…そう言うことを教えてくれる人はいるのかなって)


 それに兵士も空を見上げると(それは、難しい質問だね)と答えてみせた。


(どうして?)と少女。


 兵士はそれに(…なぜならね、今見えているものとそれに合った答えをきちんと出せる人が、この世にはいないからだよ)と肩をすくめてみせる。


(例えばね、空の向こうにあるものを宇宙と呼び、そこにある光を星と呼ぶ人はいる。でも、最近の研究ではそこに星を吸い込む穴や、もっと細かい物質もあったりして。刻一刻と今まで知っていた知識は置き換わりを見せているんだ)


(だから、ちゃんとした答えはそこにない)と答える兵士。


 それに少女は息を呑み(それって…)と続ける。


(それって?)


 思わず兵士は少女を見る。


(すっごいことだね)と少女。


(だって、どこまでも見つけられるものがあるって素敵なことじゃない?生きている限り、私はそれを知れるし、みんなも知れる。すごいことだよ!)


 きゃあきゃあ声をあげる少女に対し、兵士は周囲を見渡す。


(そういえば…お父さんや、お母さんは?)


 兵士のその質問に少女は少し困ったように顔を伏せると(…もう、いないの)と答える。


(焼夷弾で家がまるごと燃えちゃって、お父さんもお母さんも兄弟も燃えちゃって。このあいだまで、一箇所に積まれていたけど。今日、埋められるところを見てきたの)


 それを聞き、黙り込む兵士。

 遠くの方で読経が聞こえ、すすりなく声があちこちから漏れていた。


(…だったら)


(だったら?)と首を傾げる少女。


(一緒に空を見に行こう)と兵士は顔をあげて少女を見る。


(え?)


(私と一緒に海を渡って、空の勉強をしよう。たくさん勉強をして、空の向こうを知れるところに行って、新しい発見をしよう)


 それを聞いた少女の瞳が大きくなる。


(本当に?おじさんが連れてってくれるの?)


 それに兵士は(ああ、もちろん)と答えるも、少女の顔はすぐにかげる。


(でも、良いのかな。私だけ、この街から出ても…本当に良いのかな?)


 見渡せば、街は少しずつ復興の兆しは見えていたが、未だ瓦礫の撤去も済んではおらず、橋の下で眠る人々も多くいた。


(…キミは、この街が好きなのかな?)

 

 兵士の質問に少女はしばらく考えた後(うん、今もそう)と答える。


(でも、空も見たいし、勉強もしたい。これって…ワガママかな?)


 困った顔をする少女に(じゃあ、しばらく居たら帰ろう)と兵士は答える。


(キミが帰りたいと思った時に、いつでもこの街に帰れるようにしよう。年月が経てば、街も人も変わるだろう。でも、キミの帰りたいという気持ちが変わらない限り、街はキミを受け入れてくれるはずだ)


 それに少女は(そうかな?そうかもしれない)と顔をあげる。


(だったら、私が大きくなったら帰ってくる。いっぱい勉強して、空の向こうについて詳しくなって、胸を張って帰って来れるようにする)


 そして、少女は兵士の手を取ると共に歩き出し…

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