1−2「辞令」

「…で、兄ちゃんはこの前みたく仕事辞めさせられて他の部署に回されちゃったってわけ?」


 午前中から雨が降り続く中、ちゃぶ台で夕食の親子丼を食べる亮の双子の片割れはテレビのCMへと目を移す。


『ライフ・ポイントアプリであなたの人生を豊かに!ライフ・ポイントはあなたの人生の一秒を一ポイントとして換算していくことで買い物から公共料金まで、国内外問わず幅広く使えるアプリ制度です』


 左右に結んだ髪を床に垂らし、半ズボンにつけられたサスペンダーを直す双子の片割れに「え、違うでしょ?」と、もう片割れはCMから目を離した。


「きっと前みたいに上司に頭下げてもダメだったんだよ。任期満了ですからとか言われて、それでもさらに頭を下げてもダメで遠くに飛ばされて」


 ロングヘアーにワンピース姿。オクラのお浸しを食べつつ大きなため息をつくもう片割れに「いや、それは違うから」と、思わずツッコミを入れてしまう亮。


「どちらかと言えばムリやりその企業に引き抜かれたと言うか。まあ、その企業も三ヶ月前から行政と連携して融通が効きやすくなったとか何とか…」


「「ほんとー?」」


 そう問いかけてくる二人は顔も背格好もほぼ同じで、正直、十四年ともに暮らしている亮でさえ性別も見分けもつかないのが現状であった。


(何しろ、同じタンスに入れた服を頻繁に交換するような連中だからな。いまだにどっちが瑠衣るいでどっちが流羽るうだか分かりゃあしない)


 そんな亮の脳裏をよぎるのは市役所に向かった先でかけられた課長の言葉。


(では、キミは今日付けでマーゴ氏の助手という話で上から連絡をもらっているし、荷物は最低限引き上げてくれればこちらで始末しておくよ)


 その日、たまたま亮は有休消化のための平日休み。


 職場に向かえば嫌味の一つも出るかと思っていたのだが、実際土木課に行ってみれば他の職員も静かなもので引き継ぎもあっという間に終わってしまい、亮は半ば途方に暮れつつ、メール越しに渡された書類を手に市役所を後にしていた。


「引き抜かれたって、ねえ…三ヶ月前に政府と提携してって言ったら、いまCMでやっているアプリの企業ぐらいだけど。まさかねえ?」


 そう言って、流羽だか瑠衣だかツインテールの片割れは公共放送でいまだ宣伝を続けているテレビのCMを指さす。そこには、政府配布の無料スマートフォンに即した手順で簡単にアプリが登録ができる旨が放送されていた。


『公共機関や企業とも連携しているため、買い物をしても購入額に10%の上乗せされたポイントがたまっていくため、さらにお得!』


 亮はそれに「…いや、その」とスマートフォンとテレビを見比べると「どうも、その会社らしくてさ」と契約書と同時に送られてきた名刺を双子に見せる。


 その端にはQRコードが添付され、これを読み込めば会社のインターネットから社員名簿に繋がり、自分の名前もそこに追加されていると聞いていた。


『さあ、あなたに応じた生活を始めるために今すぐお手元のスマホからライフ・ポイントアプリをダウンロード!』


(…といっても、このアプリはそもそもスマホがないと使用できないからねえ。政府の無料配布の呼びかけと一緒に始めたのも三ヶ月前のことだし、今の時点でまだ認知度も発展途上ぎみ、君が知らないのも無理はないわね)


 数時間前にタクシーの車内でマーゴはそう言うと、大きくため息をつく。


「元々、グランマが世界に広がる格差を憂いてNASAに考案した制度なんだけど、こうしてキミがアプリを入れていないところを見るに本当に必要な人間に届くには、まだまだ時間がかかるってことがよくわかったわ」


 そんなマーゴに『これこれ、それはおごりというものだよ』とたしなめてみせるのは彼女がグランマと呼ぶアプリ内の老婆。


『この世に特別な人などいない。世界に平等は無いが、人は生きているだけで価値がある。そんな生きている時間を効率良く使うために視覚化し、利用できるツールを考案したのも私だが、それら全てを管理しようとする行為は傲慢ごうまん以外の何ものでもないんだよ?』


「…でも」


『必要なのは、そのツールを使ってどう生きるかを自分たちで考えること。今年で十四歳になるお前さんはまだまだ世界を知る必要がある、それに…亮くん?』


 不意に呼びかけられ、亮はマーゴの年齢が自分よりもうんと若いことに驚くも、さらに声をかけられたことに面くらい「え?」と思わず声を上げる。


『今回でマーゴの助手という立場にはなったけれど、それは何もお前さんが特別だからという理由で選んだわけではないよ』と、続ける老婆。


『お前さんのように空間の重なりの予兆を見る人間は世界で何人も確認されている。それゆえに私たちはすでに会社ぐるみで何人も接触し、協力を求めていることも確かさ。ただね』


「…仕事内容としては、アタシにくっついて歩くだけ」


 老婆の声を引き継ぐ形で言葉を続けるマーゴ。


「ただ、もしこの仕事が危ないと感じたら、いつでも辞めて構わないから。そうしたらキミに見合う次の就職先なり手続きもするし、それなりのお金も支払う」


「いや、そんな早々に」と戸惑う亮に対し(…ただし)とマーゴは続ける。


「…うわ、マジだ」


 そう双子が声を上げるのは、マーゴが渡してきた就業内容の書かれたメール。


「給与の月額が臨時職員のときの四倍以上じゃん、すげえ」


「良かった、これで婆ちゃんの家で母さんの貯金を食いつぶさなくても済むね」


「兄ちゃんもこれで非正規雇用からおさらば。胸を張って社会人だって言える」


 食べ終わった食器を手にし、嬉しそうにハイタッチする双子。


(…ハハ)


 それを見て、亮は内心複雑な気持ちになる。


(この世界の残り時間は、案外短いかもしれないわ)


 同時にタクシーの前方に落ちてきたのは道路を横断するほどの巨大なシャワーヘッド。空から落ちてきたは瞬く間に前方の車両と接触すると車体は壊れずなぜか車内の人間だけが潰れていく。


「スパコンで叩いた結果、この世界の境界線はかなりあやふやとなってしまっている。つまり、この先何が起きてもおかしくないし何が起きたかも分からないうちに終わってしまっている可能性もあるわ」


 タクシーがブレーキを踏んだ先には人だかりとパトカー…しかし、すでに巨大なシャワーヘッドは影も形もなく、前方の車には飛び散った血しぶきだけが残っていた。


『この先の時間をどう過ごすかは、お前さんの判断と行動次第…では、亮くん。通報はすでに済ませたし、年寄りは早寝早起きだからね。今日のところはここでお暇させてもらうよ』


 呆然とする亮。その手の中でスマートフォン内の老婆は微笑むと、三ヶ月前に市役所からもらったスマホは画面ごとプツリと切れてしまった。

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