良心のスパイス

こぼねサワー

感情のスープ【1話完結・読切】

 "良心がある者は、罪を自覚したときに苦悩する。

  これが、その男にくだされる罰となる。"

  ドストエフスキー「罪と罰」



×- - - - - - - - - - - - - -×


なんですか、おまわりさん?

ああ、はいはい。そうですよ。

私が、この建設中の工場の責任者であり、この工場で生産されることになる缶詰の発明者です。


いかにも。スープの缶詰です。

いや、だって、世界中に無料で供給することになるスープの缶詰を、さしづめ、この工場ひとつで生産しようってんですもの。

これだけの巨大な施設になるのは、やむを得ないでしょ?


は? 建築法違反?

ええ、ええ。どうぞお好きに。

逮捕状? かまいませんが。紙のムダですよ。


私のスポンサーってね、世界を牛耳るほどの超ビッグな資産家ビリオネアなんです。

だからね、州の法律ごとき、すぐに変えられちまいますよ。スポンサーの都合のいいようにね。

訴えようなんてほうが、ナンセンスってもんです。


それにね、この缶詰。

おまわりさんたちの強い味方なんですよ、実は。


なにを隠そう、これ、その名も「感情のスープ」って言いまして。

これを飲ませれば、どんなに冷血で無慈悲なサイコパスの殺人鬼にだって、人間らしい感情を植え付けられるんです。


そう、そうなんですよ。

サイコパスって呼ばれるくらい、連中には、人並みの喜怒哀楽や、それに恐怖心も大きく欠落してる。

そんなヤツらを死刑にしたって、ぶっちゃけ、連中にとっちゃ蚊にさされたほどのダメージも与えられないんです。

そんなの、くやしいでしょ?


おまわりさんたちが、けんめいに捜査して捕まえても。

牢獄にとらえられようが処刑室に送られようが、たいした罰になりゃしないんですよ、ヤツらにとっちゃ。


だからね、このスープ。

これで、連中に「感情」をたっぷり補給してやるんですよ。


秘伝のレシピ、聞きたいですか?


では。孔子にナイチンゲール、マハトマ・ガンジーにキアヌ・リーブス、エトセトラ・エトセトラ……世界各国の聖人君子の肖像をもとに、それぞれの脳ミソを詳細に解析して、そこから喜怒哀楽さまざまな感情を司る分野を3Dプリンタで再現したものから生み出す電気的なパルスを、ウィーン少年合唱団が歌った666曲の讃美歌から抽出したF分の1ユラギの波動にあわせて、幻の聖杯にくんだバチカン由来の聖水に加え続けてから、その聖水を飲ませた生後3か月の仔山羊が成長したあと、しぼったミルクを肥料として育てたハーブと野菜とを主原料として、スープの素にするんです。ええ、これが重要なキモです。

水? 水は、そのへんの工業用水でかまわないんです、はい。


風味と口当たりには、特にこだわりましたよ。

誰だって絶対に夢中になります。

なんてったって、世界中の全員に口にしてもらわなきゃならないんですから。


はあ? ヤギの肉かミルクを、そのまま加工すりゃいいじゃないか、って?

いやいや。近頃は、殺人鬼にも、ベジタリアンだのビーガンだのが多いんですよ、意外と。

カニバリズムも、イマドキのステイタスじゃないんでしょ、きっと?

缶詰のラベルにも「オーガニック」ってちゃんと明記するつもりですよ。


そりゃあ、もう。効果はバツグンです。


実際に、死刑直前の囚人数人に飲ませてテストしたんですがね。

みんな自分の犯した罪の残虐非道さを、生まれて初めて気付くことができたんでしょうな。

泣き狂って、悲鳴をあげながら床をのたうちまわり、アタマを壁にガンガン打ちつけ、廃人と化しながら処刑室に運ばれていきましたよ。


とはいえ、スープを飲む以前の彼らの人格は、感情に目覚めたあとの人格とは、まるっきり別の人間ですからねぇ。

他人の悪行の記憶を、いきなり善人に背負わせるようなもので。

実際、ちょっと気の毒な気もしますよ。

彼らのおかした罪の重さには似つかわしいが、これほど残酷で無慈悲な罰もない。


私のスポンサーですか?

そうです。世界の黒幕とも呼ぶべき、かの一族ファミリーの御曹司です。


その彼の家族……末娘がね、数年前に、殺されたんです。

理不尽な連続通り魔の被害者の1人としてね。


権力と財力のかぎりを尽くして捜しましたが、いまだに見つからないんですよ、犯人。

ならば、もういっそ世界中のサイコ・キラーを地上から一掃してしまおうってわけです。


え……っ? な、なんですって?

今朝がた、私のスポンサーが、拳銃を使って、自分で命を絶ったって?


はあ、……ああ、なるほど。

世界の貧困と飢餓問題についてのリポート番組をテレビで見ていた最中に、ですか。


いやあ、しまったなぁ。

昨日、彼がスープを試食したいとおっしゃったもので。ほんのヒトクチ味見してもらっただけなんですが。

スパイスは、もっと控えめにすべきだった。



×- - - オワリ - - -×



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

良心のスパイス こぼねサワー @kobone_sonar

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ