最終話 手紙


「これで、満足?」


 それから、一週間ほどが経ち、ルノアール家の四兄弟は、舞踏会会場の前にいた。

 

 先程、美しく着飾ったサラが、ロバートと再会するのを見届けた。


 身分違いでありながら、しっかりと結ばれた二人の表情はとても華やかで、その姿を見て、妹のソフィアが嬉しそうに微笑む。


「うん、大満足!」


「そう。じゃぁ、最後に聞くけど、なんでジュエリーボックスを隠したの?」


 すると、星空の下、浮遊するソフィアに、アルムが問いかける。


 サラのジュエリーボックスを隠したのは、ソフィアだった。


 ソフィアは、申し訳なさそうに苦笑すると


「だって、ロバートさんに、お姉ちゃんを取られなくなかったんだもの。だから、婚約指輪がなくなれば、結婚までの期間を、少しだけ延ばせると思ったの」


 それは、姉が離れていく寂しさと、伯爵家の人間になるという不安があったからかもしれない。


 貧しくも幸せな、今の生活を手放すのが惜しくなって、ソフィアは、姉が大切にしている指輪を、ジュエリーボックスごと、教会の裏に隠した。

 

 しかし、それからサラは、毎日のように泣くようになってしまった。


 ソフィアは、後悔する。


 お姉ちゃんを、取られるのは嫌。


 だけど、お姉ちゃんが泣くのは、もっと嫌だと気づいたから。


「だから、早く返さなきゃと思って、ジュエリーボックスを取りにいったの。だけど、その帰りに、私は馬車に跳ねられて」


 初めは、何が起きたか分からなかった。


 気づいたら、身体が宙に浮いていて、地面には、血だらけの自分が横たわっていた。


 死んだと確信した時は、目の前が真っ暗になった。


 だけど、ジュエリーボックスだけは、絶対に返さなきゃいけなかった。


 でも、ソフィアが気付いた時には、ジュエリーボックスは、もうなくなったあとだった。


「きっと、跳ねられた時に川に落ちたのね。でも、そんなことわからなかったし、私は町中を探し回ったの。だけど、全然見つからなくて、そんな時、ふと思い出した。昔、迷子になった時に、助けてくれたのこと」


「探偵?」


「うん。その探偵さんはね、坂の上にある家で、探偵事務所やってるって言ってて、困ったことがあれば、いつでもおいでっていってたの。もう、その人に頼るしかなくて、私は、あなた達の家の前まで行った。でも、私もう死んじゃってるし、どうしようって困っていたら、アルムたちが声をかけてくれたの。びっくりしちゃった。まさか、える人がいるなんて、思わなかったから。でも、本当のことをいったら助けて貰えない気がして、ジュエリーボックスは自分のものだと嘘をついた。家族とはいえ、姉のものを盗んだのは事実だし、泥棒の依頼なんて受けたくないでしょ、普通は」


「まぁ、そうだね。庶民に変装してるって話も、ロバートさんの振る舞いをマネしてたんだ」


「そうよ。でも、庶民の私が、貴族に成りすますなんて、やっぱり無理だったわ。アルムには、バレバレだったみたいだし。まぁ、字もまともに書けないし、勉強だって嫌いだしね。だけど、今は、お姉ちゃんに勉強を教わってて良かったと思ってるの。文字を書けたおかげで、手紙を書くことができたんだもの。ありがとう、アルム。私に、


 ジュエリーボックスをジェイムズが見つけ後、ソフィアは、姉に手紙を書いた。

 

 アルムの身体に憑依し、拙いながらも自分の字で──


「でも、男の子なら、体に入る前に言って欲しかったわ! 私、完全に女の子だと思ってたのに」


「あぁ。それは、ごめん。でも、別に隠してはいなかったよ。町の人たちの前では、って言ってるけど、ソフィアの前では、ずっとって言ってたでしょ」


「そ、そうだけど! でも、スカート穿いてるし、髪長いし、分かるわけないじゃない!」


 ソフィアが、恥じらいつつ怒る。

 すると、ルークが


「まぁ、アルムは、男の子の姿でも可愛いしね~」


 などといいながら、アルムの頭をポンポンと撫でると、四人は、改めてソフィアを見つめる。


「もう、思い残すことはない?」


 その言葉に、ソフィアは、再び、姉がいる舞踏会会場の方に目を向けた。


 もう、大丈夫。きっとロバートさんが一緒なら、お姉ちゃんは、幸せだ。


「うん、ありがとう。あなた達は、最高の探偵だわ」


 これまでにないくらい満面の笑みを浮かべて、四人に別れを告げると、ソフィアは、静かに空へと消えていった。

 

 そして、その姿を見送り、ルークが、しみじみと呟く。

 

「行っちゃったね。寂しい?」


「別に。依頼人が一人、天に昇っただけ」


「本当、アルムは素直じゃないなー。ジェイムズもお疲れ。ジュエリーボックス見つかってよかったね」


「ホントだよ! つーか、あの川の悪霊たち、マジで何とかしないとヤバいぞ! 俺、何度、死にかけたか!?」


「でも、ジョルジェが助けてくれたんでしょ。なにより、悪霊退治は専門外だよ。僕達は、探偵なんだから」


「ふふっ」


 すると、弟たちの話を聞き、エヴァンがクスクスと笑い出す。


「まぁ、今回は、皆よく頑張った。特に、ジェイムズとアルムは。それに、伯爵様からも、たんまり報酬をもらったし、帰ったらお祝いでもするか」


「「ホント!!」」


 すると、弟たちの表情が、パッと華やぐ。


「俺、肉食いたい、肉!」


「あぁ、たらふく食え」


「でも、まさか初仕事で、伯爵家からの、お墨付きまで頂くとは思わなかったね」


「そうだな。身に余るほど光栄なことだ」


「でも、大丈夫なの? 僕たち、探偵としては未熟すぎるのに」


 アルムの言葉に、エヴァンは苦笑する。


 確かに、自分たちは未熟すぎる。


 きっと、四人の力を合わせたとしても、父には遠く及ばない。それでも──


「大丈夫だよ。頭脳明晰じゃないと探偵になれないなんて、一体、誰が決めたんだ。俺たちは、俺たちのやり方で、探偵をやっていけばいい」


 例え、優秀な探偵にはなれなくても、家族がいて、霊従なかまがいる。


 この絆の力があれば、きっと、どんな難事件だって、解決できるような気がした。


「それに、未熟だと思うなら、たくさん学んでいかなきゃな、俺たちも」


「……学ぶ?」


 エヴァンが、アルムの頭を撫でれば、その言葉を聞いて、アルムは


「……そっか。じゃぁ、明日から、またジェイムズに、勉強を教えてもう」


「な!? どうしたんだよ、いきなり!?」


「別に。ただ、文字くらいは覚えてもいいかなって思っただけ。それよりさ、父さんは、僕たちに手紙を残してはいなかったのかな?」


 ふと思う。もし、手紙が残されていたら、この寂しいと嘆く心を、少しは埋めることが出来たのだろうか?

 

 あの日、ソフィアの手紙を受け取った、サラさんのように──


「どうかな? 父さんの机の中を見たけど、手紙らしいものはなかったよ」


「そう……じゃぁ、やっぱり事件の謎を解いて、見つけ出すしかないね」


 すると、兄弟たちは、一斉に空を見上げた。


 このまま、迷宮入りにはさせない。

 いつか必ず、父の死の謎を解いて、犯人を見つけだす。


 そして、願わくば。

 いつかまた、あの優しい父に会えると信じて――



 ‪✝︎



 だが、彼らは、まだ知らない。


 ルノアール探偵社。その事務所の奥に飾られた絵画の中に、父が残したがあることに。


 そして、その手紙の宛名には、こう記してあった。


 『玲瓏なる、ルノアール家の君たちへ』――と。


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玲瓏なる、ルノアール家の君たちへ 雪桜 @yukizakuraxxx

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