第27話 忌み星が煌めく時

 後日、クレルモンの大病院にて。


「市長殿、何から何まで手配して頂き、本当にありがとうございます……」

「一市長として当然のことをしたまで……などと偉そうなことは言えません。あの英雄たちの手引きあってこその善行、全てはあの三人のおかげですよ」

「何せ、この街で二番目の『英雄』ですからね。初代英雄の西の魔女も、世界のどこかで微笑ましく思っていることでしょう。――そういえば、カルティアナ君の容態は」

「走り回れるほどには元気ですぞ。そういえば、息子には先日のことで多少叱りはしたが、しかしその時の記憶がないと来ましてな。もしやアルルカンの連中に何かされたのではないかと、この後医者に話を聞きに行くところで」

「なんと! 大事ないと良いのですが……」

「戻ってきただけでも嬉しいものだ。父としての最大の願いですからな。それでは、私はこの辺りで……」


 父親同士が言葉を交わし、互いの子の安寧を願って別れた。市長ベネディクト・エルディンは仕事を抱える傍らで、これまで息子の安否に胃を痛めていた。それがこうして無事に救出された今、肩の荷が下りて、気の晴れやかなことこの上ない心地であった。


「先生、いらっしゃるかな」


『カルティアナの記憶喪失について話がある』医者からそう告げられたベネディクトは、予定時刻きっちりになって部屋を訪れた。


「誰もいないのかね?」


 ベネディクトが部屋を見渡すが、人気は一切なかった。しかし、どこかでぽつり、ぽつりと水滴の音が聞こえてくるのに気付く。ただ待つのも忍びなかったので、時間つぶしにその音の在り処を探していると、それは間もなく見つかった。


「こ、これは……!?」


 そこにはあったのは、血を滴らせて倒れている老年の医者だった。呼吸もしておらず、ぐったりとその瞳を虚空に向けているだけである。ベネディクトの脳裡に過ったのは『死んでいる』という言葉だった。


「だ、誰か――むごっ!?」

「しぃーー……」


 咄嗟に叫ぼうとしたその口は、何者かによって背後から塞がれた。冷たいゴム手袋から伝わるのは、ゴツゴツとした手の感触。その位置、感覚から、相手が背の高い男であることをベネディクトは想像した。


「病院ではお静かに。市長殿」

「その声は……!」

「電話で一度話しただけだが、あんたがいきなり病室にやって来た時は思わず黙っちまったぜ。正直あれはビビったね」

、貴様医者に扮していたのか……!」

「ご名答。大声を出さないという選択も非常に良い」


 ゆっくりと振り返ると、そこにいたのは白衣をまとう黒髪に長身の男ジオラ・グレイ。生気の感じられない目からは代わりとして殺気のような心地を覚え、ベネディクトは思わず一歩、二歩と後ずさりをした。


「息子さんの容態は問題ありません。記憶については俺の仕業なのでお気になさらず。後遺症とか、そういったもんは無いので。多分」

「お前、生きて帰れると思うなよ……! 必ず捕まえて裁いてやるからな……!」

「ご自慢の真意の針でか?」

「あんなものを使うまでもない! お前は即刻死刑だ!」

「威勢がいいのは結構。でも時間がないんでね。そろそろ死体が匂ってくるころだ。ああ、今日があの医者の出勤日だって分かってれば殺す必要もなかったんだけどなぁ……」

「一体私に何をするつもりだ」

「設計図を頂く。市長殿の脳から、直接」


 ジオラはそう言うと右手をベネディクトの額に近付けた。のけぞって逃げたくなったが、しかしヘタに動けば何をされるか分からない為、恐怖に従ってベネディクトはただただ堪えていた。


「『谷間の草原狼トリック・スター』……今、記憶を頂いた。ありがとよオッサン」

「な、なんだと……」


 その言葉を疑い、何かを必死で思い出そうとしたベネディクトだったが、そこに奇妙な喪失感があるだけで、自分が何を忘れたのかさえもさっぱり思い出せなかった。


「流石は開発責任者。隅から隅までよく覚えてるんだねぇ。あとでじっくりこの記憶を見させていただくよ」


 ジオラは言いながら自身の頭を指で叩いた。それからは何もせずに病室を出てしまったので、ベネディクトはすかさずその背を追って外の廊下を見渡す。しかし、その廊下のどこにも、彼の存在はなかった。


「か、彼……? 私は一体誰を……」


 いつの間にか、自分が誰を探そうとしていたのかさえも忘れてしまったベネディクトは、その部屋に残る死体に再び驚いて、病院中をどよめかせたのだった。



「ボス、そろそろ行こうぜ」

「おう、待たせちまったな」

「…………」

「クオリ、どうしたよ。あの街が名残惜しいのか?」

「違う。あの小さい魔術師と決着をつけられなかったのが……悔しかった」

「ハッハ。確かに、お前の魔法防壁はトッコの斧を防げないもんなぁ」

「……そ、それだけだ。他では勝ってたから」

「でも悔しいんだろ?」

「……うん」

「またいつか戦うときが来るさ。ステラの奴も俺に喧嘩で負けて悔しがってるだろうなぁ。次はいつ戦おうか、ククッ」

「仕事中に勝手に動くのだけは勘弁してほしい」

「アタシはいつでもいいぜ。ただあのお嬢ちゃんは手ごたえが無かったから、別の強え奴と戦いたいなぁ」

「相変わらずだなトッコは……ともあれ、ここでの仕事は終わりだ。奪った記憶を現物化しねえと」


 ジオラはきびすを返して朝陽の登る方角を見た。


「コンデラルタに知り合いがいる。次はそこに行くぞぉ」

「あいあい!」

「……了解」


 黒のスーツを纏った三人が、コンデラルタ中央国家へと歩みを進める。その心中は企み事に満ちており、目に映る全てを冷たく見定めていた。




 戦争屋アルルカン編 完

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