第11話 巣立ち

「はぁっ、はぁっ……! どこまで行ったんですか」


 日暮れの砂漠の中、ナギはステラの走り抜けた方向へ向けて駆けていた。

 砂上に残された巨大なわだちのような足跡を辿っている内に、渇いた汗が額から落ちる。


「……待てッ!」

「あれは、ステラ……!?」


 そこは砂漠の真ん中。伸びた影を必死の形相で追うステラの姿が在った。その影の主は、ジャミアを抱えた盗賊である。


『やっぱり鷹の鉤爪がジャミアさんを攫って……でも、ステラの様子が変……?』


 ナギはその時、自身がステラに与えた強化効果バフはとっくに消失していることに気が付いた。

 よく見れば彼の頭部からは多量の血が流れており、それなのに歯を食いしばるような表情でその身を強張らせている。

 眼の焦点はおぼろげで、息遣いも荒い。――やがて、ステラがその身を思い切り屈めて走り出した。速さに眼が慣れていたナギには、その速度が今すぐにでもことを予見する。


「スピーディ・ダン……」

「待って、ステラ!」


 ナギはその光景と、キャラバンで戦闘を繰り広げた時の彼の姿を重ねた。

 あの時のステラは初めて無事に音速を越えられたことに興奮する余り、どんな怪我も意に介さず、ただひたすら走り続けていた。そのスピード狂の一面は、ひとたび見れば脳内にこびりつくほど強烈だ。

 しかし今は違う。走り狂う中で負傷していたあの時と、負傷してから走り出そうとしている現在とでは、後者の方で不安が勝った。


「ファースト、セカンド、サード……!」


 積み上がるその出力は、彼の焦りを表している。ジャミアを抱えていた男が銃を取り出したので、ステラもいち早く走り出そうと急いでいたのだろう。

 しかしそれは悪手だ。彼は自ら言ったのだから。


 ――『スピードを出し過ぎれば記憶を失う』と。


 彼が前脚を踏み込んでから僅かの時間。ナギは彼の判断に危機感を覚えると、即座に手をかざして声高に唱えた。


「スピーディ・ダン・フォー……」

「『これがトルーサーの流儀ですスピード・アジャストメント』ッ!!」


 唱えられたその時。静寂がどこまでも砂漠を渡っていった。

 ナギは咄嗟にスキル『調速』を発動。ソレを向けられたステラは、ものの見事にその場で石のように固まっていた。


「こ、これは……っ!」


 ステラは、はっとしたようにして辺りを見渡す。赤髪は乱れてだらしなかったが、表情だけは脅威を忘れていなかった。

 首から下が動かないのに気づいて確かめると、体中のあらゆる部位が何か強大な力で抑えつけられているようにびくともしない。厳密にはのだが、それは牛歩の如く果てしないものだった。

 ナギの『調速』は対象の速さを操る能力。これまでばかりを付与したが、初めの晩にシーファの前で突発的にやってみせたようにも能力の範疇だったのだ。


「ばっ……馬鹿ぁ! ステラの大馬鹿!」

「ナギ……! これ、君のスキルか……」


 瞳を潤わせ、声を荒げながらずんずんと歩み寄る小さな魔術師の姿を、ステラはようやく認めた。

 自分が犯そうとした過ちを振り返り、次第に心の内から情けないという思いが溢れてくると、ステラの顔は悲し気なものに変わっていった。


「ごめん……」

「音速を越えようとしましたね! そんなことしたら、また僕のことを忘れてしまうじゃないですか!」

「ああ……ごめんよ、本当に……」

「もうっ……! 二度と、こんな無茶はしないでくださいよ……」


 致し方ないことだとはナギ自身もよく理解している。しかし、信頼を築き上げる度にそれが賽の河原が如く崩されてしまうのは、キャラバンでの孤独をよく知る彼にとって酷く辛いものだった。

 慣れない我儘な感情をぶつけると、ナギはそれからただ涙を流すだけで、あとは何も言えなくなった。

 そのいじらしさに心動かされたステラは、なだめようと優しくその小さな頭を撫でる。子ども扱いを嫌いそうな彼だが、ここでもやはり何も言わなかった。


「おいテメエら! いきなり妙な空気作りやがって! 人質取られてんのに何してんだよ!」

「うげっ」

「ああっ! そうだ、僕が止めちゃったからジャミアさんがまだ捕まったままでした……」


 盗賊は抱えていたジャミアを乱暴に地面へ置くと、両の手に銃とナイフを携えて怒鳴り散らした。

 人質を得ながらも余裕の無さそうなその盗賊の振る舞いに、ナギは肝を冷やす。しかし、ステラの方は興奮が引いたのか、冷静に辺りを見渡してから小さく鼻で笑いだした。


「な、なに笑ってやがる!?」

「ステラ、あんまり刺激しちゃ――」

「いやいや、あんまりにも大袈裟なもんだから笑っちゃってさ」

「大袈裟……?」


 ナギが呟いたと同時に、元より静かだった一帯が更に静まり返る。盗賊もその空気の変化に気づいたのか、きょろきょろと周囲を見渡して怯えていた。


「ナギ、君のおかげでやっと冷静になれた。どうやら、もう俺達の出る幕じゃないみたいだ」

「えっ?」

「さ。動いちゃ駄目だよ」


 ナギの細い肩をステラが抱き寄せる。優しく導いた彼の言葉に従って、ナギの方もぴたりと動きを止めた。

 二人の様子に、盗賊も疑問を抱いて口を噤んでしまう。再び訪れた一切の静寂。一体これから何が起こるのかとナギが目を見張ったその時、それは唐突に起こったのである。


「――撃てェッ!!」


 号令と共に、ナギの視界を無数の弾丸が過った。それはジャミアを人質に取った盗賊の男を取り囲むように、一斉に放たれたものであった。

 弾丸はもれなく男に当たっていく。着弾したのは一発や二発どころではなく、両手では足りない程だ。


「こ、これは――」

「いやはや、いやはやいやはや! 麻酔銃とはいえたった一人を相手に何もそこまでしなくても。まったく過保護な親が居たもんだよ。ねえ! 鷹の鉤爪の皆さん?」


 砂漠の丘や岩の物陰、草陰など、あらゆる場所に向かってステラが声を掛けた。

 すると、ほどなくしてそこから姿を現したのは、一週間前に出会った盗賊団『鷹の鉤爪』の面々である。


「ふんっ、我々の依頼主を悪く言ってくれるな、旅の者よ」

「えっ!? 鷹の鉤爪、どうして!? この盗賊は違うんですか……!?」

「そいつらはたまたまそこらを通りがかった、本物の盗賊だ。私達は雇われの似非えせ盗賊さ」


 現れた彼らはその手に銃を持っている。それが麻酔銃であるとステラが推察した通り、撃たれた盗賊の男はピクピクと身体を痙攣けいれんさせて地面に伸びていた。

 『鷹の鉤爪』の中から、それまで紛れるようにしていた調査員の三人——シーファ、バーモント、オイカワが現れる。三人がジャミアの下に駆け寄って彼女の拘束を解いたが、彼女から最初に出た言葉はありがとうではなく、疑問の一言だった。


「どういうことだ、お前達。何故あの鷹の鉤爪とお前達が一緒に……!」

「全て話しますね。ジャミア先輩……」


 シーファが一人、一歩前へと出る。そうして、神妙な面持ちで事のすべてを告白し始めた。





 ――銃と剣と魔法の世界。そこでは科学技術と競い合うようにして魔術が進歩しており、個人差が著しい『魔力』という特別なエネルギーと、それを扱う選ばれた術師達という存在が、魔術一強の時代を築いていた。魔術師に成れなければ魔術師以外に成るしかない。しかし、挫折すれば同門からは蔑まれ、成れたとしても弱小であれば大した立場を得られない。極めてシビアな世界だった。

 そんな中、魔術師としてうだつの上がらなかったジャミアの父は、せめて娘だけでも……と我が子に徹底的な英才教育を施した。それは親の愛というには余りに歪んでいたが、幸いにもジャミアは魔術の才能に恵まれ、自身でもそれを楽しんでいたので、始めのうちは問題など無かった。

 しかし、ジャミアが十三歳のある時。事態は一変する。


「お父様、モンスターを飼ってくれる約束は……?」

「今日はそんな話をしに呼んだのではない。お前がこっそり集めている本のことについてだ」


 父親が自らの戒杖を振り回すと、ジャミアの本棚からいくつもの『生物学』の本が出てくる。表紙が別のものにげ替えられており、びりびりと引き裂かれてようやく、その全貌が露わになった。


「やめて、お父様!」

「ジャミア! 私は魔術を極めろとお前に言ったはずだ。それなのにこんな俗的な書物ばかり集めおって……」

「俗なんかじゃない! モンスターみたいに、生物学と魔術学が一緒になった研究だってあるの! 大事な本なのよ、だから――」

「ほう。だからモンスターをあれだけ欲しがっていたのか? 我が娘ながら小賢しい真似を覚えたな……」


 父親は再び戒杖を振るった。今度は火の魔術を発動し、杖の先端から仄かな光を作り出すと、それらを散らばった本に向かって放った。

 火はいきり立つように大きくうねり、本は蝕まれるようにして焼き焦げていく。言葉を失ったジャミアは、その火を消さんとするほどの涙を流した。


「なんで、なんでこんなことを……お父様、本が燃えちゃうよぉ……!」


 それまで自身のことを幾度にも渡って応援してきたのが父だった。魔術ばかりを教えようとするので『他の学問に興味がある』などと打ち明けるのに尻込みしていたが、父ならば必ず今度も応援してくれるだろうと心のどこかで期待をしていたのだ。

 だからこそ、その日父が取った行動は彼女にとっての『裏切り』だった。街のの市でひっそりと買い集めた大切な書物達が、涙を流しきってもなお煌々と燃え盛る様を見て、少女はただただ絶望するしかなかった。


「魔術だ、魔術だけがお前の全てなんだ! お前には才能がある。いずれ、魔術師の間で囁かれているスキルとやらも身に付けることだろう! 生物学など捨て置け、灰のままにして放り投げろ! この世界はただ魔術だけが全てなのだから!」

「…………」


 狂気的に語る父の様子に、少女諦めて小さく頷いた。その苦しそうな表情に気付けないまま、父親は高度な魔術書をかき集めては毎日それらをジャミアに押し付けた。


「お父様……私、魔術はもう嫌なの……」


 夜の自室で、ジャミアはすすり泣きながら本をめくる。どれだけ嫌悪しても、彼女にとってその内容の理解は容易かった。彼女はその実、魔術の天才だったのだ。

 日毎にページをめくる間隔が速くなった。父親が理解できないことも理解できるようになった。二十歳を迎えるまでに、魔術の知識や技術、魔力量さえも父親を上回った。


 ある日の夜。ジャミアがふと窓を開けると、そこでは星が騒々しいほどに煌めいて、夜空を席巻せっけんしていた。この空を有難がる者は居ても、鬱陶しいと感じる者など自分以外には居ないだろう。彼女は心中で恨めしそうに考えていた。

 流れ星が流れる。ジャミアはふいに願い事を尋ねられたような気がした。それは昔からある迷信の一つだ。


「『星に願いを』、か……」


 ジャミアは星に願いを込めた。その次の日から、彼女は家を離れ自らの道を歩み始めた。





「でもロックス家は諦めていなかった。大学を卒業した後、父親の目の届かない所を目指して砂漠の環境調査の仕事に就いたジャミア先輩だったけど、その彼女を引き戻そうと偽の盗賊団が雇われたの」

「――で、その偽盗賊はこの基地に嫌がらせをし、更に君達を買収してジャミアをここから追い出そうとしたと……直接話せばいいのに、回りくどいなぁ」

「魔術師とはそういう人種なのだよ。傲慢で、偉そうで、自分本位だ。二十年前に突如現れたスキルとやら。あんなものが無ければ、もしかすれば父上もあそこまで狂わなかったのかもしれんが……」


 ジャミアは愚痴を零すと、今度はシーファ含む調査員たちを悲しそうに見つめた。


「それで君達もグルという訳か。はぁ……ずっと仕事を共にしてきたというのに、気付かなかった私は間抜けだな。一体いくらで雇われたんだ?」

「あの、それなんだけど……実はお金は貰っていないんです。勿論協力も一切してません」

「なに?」


 シーファが言った後、バーモントとオイカワも頷く。


「ロックス家の代理として鷹の鉤爪達が僕らに接触した時、全てを聞かされたんです。勿論協力はしないって断ったけど、でも知ってしまった以上は気まずいでしょ? だから、ジャミア先輩が基地を離れるまでは何も知らない体で居ようって三人で決めてたの」

「だ、騙していた訳じゃないんですか……?」

「騙していたも同然ですよ、こんなことになっちゃったんだし……」

「で、でも! 僕あんなに怒鳴っちゃって……うわあどうしようステラ! 僕、滅茶苦茶恥ずかしいです!」

「凄い気迫だったもんね~、あの時のナギ」

「うぅ……!」


 ナギがしゃがみ込んでいると、女の微かな笑い声が聞こえた。思わず顔を上げたナギが見たのは、肩を震わせたジャミアの姿だ。


「くくっ……ふふ、あっはっはっは!」

「じゃ、ジャミアさん!? そこまで笑わなくても――」

「いやなに。なんだかんだ私は愛されているのだと思ってな。こそばゆい心地だよ、全く」


 そう言って、ジャミアは砂漠を眺めながら思案する。彼女の視線の先では、砂漠の鷹が夕日に追われるようにして羽ばたいて、巣を目指している。その下ではガラクダがのそのそと歩いているが、それもまた棲み処へと戻る最中だった。


「あの、ジャミア先輩! 答えを急がなくてもいいんですよ。今日はたまたまアクシデントが重なっただけで、私達は今までの生活を続けても良いと思っています」

「いや、良いんだよシーファ。確かにこれは私の人生だ。親の差し金で決断を迫られて親の言う通りにするなど、これ以上ない屈辱だから、焦って答えを出したりはしない。それに、これはかねてよりの考えだよ……」


 ジャミアは言いながら指をさした。その指先は、未だ砂漠の中を闊歩するガラクダに向いている。


「私は『魔術』に向き合う。――例えばあのガラクダ、生物として興味深い仕組みを持つことは、君達二人もよく知っている事だろう?」

「は、はい。あれはモンスターだから魔力を有していて、体内で水を循環させて身体を冷やしている……あ!」

という訳だ。ガラクダのような弱っちいものから、ドラゴンのような恐ろしくも美しいものまで。モンスター研究をすればそれだけで、生物学も魔術学も全て、手の内に楽しむことができる」

「でも、そこまでして魔術をしなくても……」

「そんなつもりじゃないさ。全ては愚かな親との決着をつける為、というのは半分建前で……実際、幼少の頃からその神秘に魅入られていた私にとって、簡単に魔術を否定することは出来ない。両方を得ることは、私自身の望みでもあるのだよ」


 ナギは「あれだけ僕達を罵倒してきたのに」と文句を言いそうになったが、彼女の冷ややかな目を恐れてこの時ばかりは慎んだ。


は良かった。実に面白い生き物に溢れていた。だが同時に寂しくもあった。持て余した知識がこの砂漠の砂のように、少しずつ吹きさらされていく危機感。一度は認められた魔術の才能を腐らせることへの罪悪感。いつまでも胸に残る親との因縁。このままここに居るだけでは、きっと何も解決しないだろう。だから――」


 シーファは僅かに涙し、バーモントはふんと眼を逸らし、オイカワは寂しそうに笑った。


「だから、私はアームルートを去るよ」




 ――パァンッ


「な、なんだ!?」


 その時、唐突に砂漠の遠方で銃声が響いた。彼女が爽やかに宣言したことで事件は一件落着かに思えたが、その音は次なる騒ぎを一同に予感させた。

 銃声はまるで自分達の存在を主張するように、何度もひっきりなしに鳴っている。全員が音のする方へ向かうと、砂漠前線基地『アームルート』が見えた。


「さっきはよくもやってくれたな、赤髪の兄ちゃん!」

「女ァ! よくも逃げやがって……容赦しねぇぞ!」


 基地の塔から顔を出したのは、先程ステラが一網打尽にした盗賊たちである。


「確かえっと~……シマトン盗賊団だ!」

「シマトンビだ! さっき会ったばっかだろうが間違えんじゃねえ! テメエら状況分かってんのか!? 基地が乗っ取られたんだぜ、もう少し焦ったらどうなんだ、ああ!?」

「わわわ! ステラどうしましょう!」

「よし、それなら今すぐ俺が駆け込んで――」

「クッ、くふふふっ……」


 ステラが身構え、ナギが強化効果バフの準備を始めようとしたその時、ジャミアが二人の肩を掴んで怪しく笑い出した。


「気苦労続きでどうかしちゃったのかな、ジャミア……?」

「テメエら! 早く俺達の仲間を返してもらおうかぁ! そしてとっとと失せるんだな。この基地は俺達が使ってやるからよぉ!」

「ほら、笑ってる余裕なんか無いですよ、ジャミアさん!」

「アッハッハッハ! うひひっ、うっはっはっは! いやなに、奴らの結末を思うと実に滑稽でね……ククッ。まぁ落ち着き給えよ二人とも。私はこれでも元は天才魔術師のジャミアだ」


 豪語したジャミアは、ステラを横目に見遣りながら彼の胸を叩いた。


「どーん、と任せてくれ給え」

「一体何を……」


 白衣を大袈裟に靡かせると、ジャミアはその場に屈んで両手を地面に付けた。そして二人に問いかける。


「ステラ、ナギ、お前たちのスキルは?」

「え? 『最速』と『調速』だけど……」

「自身を無限に速くできる能力とどんな物体の速さも操れる能力……何度かこの眼で見させてもらったが実に面白かった。自分以外のスキル持ちを見たのはお前たちが初めてだよ」

「自分以外! もしかして、やっぱり君も!」


 シーファの話を聞いた時から、ステラとナギには薄々勘付いていたことだった。父親を越え、更には天才とまで呼ばれた彼女ならば、ソレを持っていてもなんらおかしいことは無い。気になるのはその能力だった。


「鬱屈な少女時代の中で、私は魔術を、特に破壊的な術を幾つも極めた。学ぶのは嫌いじゃなかったが、親のレールを走らされることに日々嫌気が差していたんだ。そんな私が星を眺めていたある日の夜。その時、ふと目にした流れ星に乞い願ったことは……」


『全てを吹き飛ばしたい』


「えっ?」


 ジジジッ、と何かを焦がす音が彼女の触れる地面から聞こえた。


「我が能力は『爆発』! その名も……」


 彼女がその名を告げると同時に、夕日は地平線に逃げ込み、鷹も羽を閉じて巣に籠り、ガラクダもその身を甲羅に収めた。そして基地は――


「『誰が為に鷹は去るヘミングウェイ』!」




 どぉん、と鈍い衝撃音が、空気や地面を震わせる。吹く風が作った大自然のアート——砂漠の紋様達は、爆発の震動に合わせて瞬く間に姿を変えていった。


「アームルートは私が名付けたのだ。その意味は鷹の巣……飛ぶことを恐れて巣に籠っていた私だったが、ようやくここから飛び立つ時が来たのだな」


 しかし、その爆発は盗賊もろともアームルートを木っ端みじんに吹き飛ばしてしまった。爆発が巻き起こした様々な煙は暫く基地の全貌を隠していたが、やがて風に吹かれてその悲惨な姿を露わにする。

 ステラはこの時、基地の倉庫に大量の火薬や銃火器があったのを思い出す。これでは当然、塔の内部も滅茶苦茶だろう。肩を深く落としてため息を吐いた。


「巣立つにはちょっとド派手すぎるよ、ジャミア……」

「基地が、アームルートが、僕たちの水と食料がーーっ! これじゃあと違いますよぉ~!」

「あーーッ! す、すまん、すっかり失念していた……!」


 その後、総出でアームルートの残骸を掻き分けることになった一同。しかし、基地の瓦礫からは運良く助かったシマトンビの面々以外、無事と言えるものは殆ど出てこなかった。


 ナギは世に言うことわざで、『立つ鳥跡を濁さず』という言葉を思い出す。

 よもや、ここまで跡形も無くなるとは。




 鷹の教え編 完

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る