第10話 馬鹿!

「どういうことですか……!」


 手を腰につけ、冷ややかな目で彼らを見下しながらナギは問い詰めていた。

 そんな彼の目の前に正座して並ぶのは、アームルートの調査員、シーファ、バーモント、オイカワの三人である。


「えっと、その……ね? ふふふ……」

「なんというか、言いづらいことなんだが……」

「極秘の話なんだけどね……」

「ゴニョゴニョしてないでちゃんと答えてください。なんで鷹の鉤爪と皆さんが仲良さそうなんですか!?」


 行方不明となったジャミアを探している最中、うっかりオイカワが露呈させた鷹の鉤爪との関係を匂わせる一言。

 気になったステラとナギが事情を追求してみると、なんと調査員全員が鷹の鉤爪と裏で繋がっている事実が発覚したのである。


「予想通りというかなんというか……うすうすそんな気はしてたけどさぁ」

「僕はがっかりですよ。基地のメンバー総出でずっとジャミアさんを騙していたってことじゃないですか! 盗賊の襲撃も、ジャミアさんの苦悩も、何もかも全部分かってて傍観してたんでしょう!?」

「ステラさん、ナギちゃん……その、決して悪意があってやっていることじゃないんです……これも先輩のことを思ってのことで……だから、あまり怒らないで? ね?」


 シーファはひきつりながらも柔らかな笑みで場を和ませようとする。しかしそれで止まるナギではなかった。

 基地の全員が彼女のことを支え、良き仲間として過ごしていると信じていたからこそ、ナギ自身までもが裏切られたような心持ちだったのだ。

 未だ怒り心頭の彼に根負けすると、シーファはオイカワ、バーモントの顔を一度伺った。そして意を決したようにして固唾を飲んだ。


「……分かったわ。本当のことを話します。言っちゃ駄目だって釘を刺されてたんだけど……もう仕方ないわよね」

「待て、シーファ!」

「駄目ですよ、ジャミアさんに知られないように隠し通すはずだったじゃないですか!」

「へぇ~? まあどんな事情でも僕達はカンケーないですけどね! ちゃんとジャミアさんに伝えますから。ね~? ステラ」

「ん~……そうだね」

「何してるんですか、こんな大事な時に!」


 ナギが振り返ると、そこではステラが窓から大きく乗り出して何かを見据えていた。彼が目を細めて睨んだその先を見ると、夕焼け色に染まりかかった砂漠だけが広がっている。しかし、ステラの目にはもっと別のものが見えていたようだった。


「……居た」

「え!? ジャミアさんですか!」


 研究員含め全員がその窓に顔を押し込むようにして、ステラの見ていた方向を確認する。しかしその景色から人を見つけるのは極小の点を探すようで、ジャミアらしき存在は認められない。


「どこに……?」

「かなり遠いから君らには見えないかもね。今なら走って間に合う。ナギ、強化効果バフをお願いできるかな」

「――は、はい!」


 空気は一層張り詰めて、ステラが出動の準備を始めた。ナギは慌てて手をかざすと『これがトルーサーの流儀ですスピード・アジャストメント』を発動する。


「ステラ、ファーストでも音速に到達できるようにしました。僕は後で行きますので、ひとまず先に向かっててください。——あ! 無茶はしないでくださいよ!」

「ああ、ありがとう。行ってくるよ」


 ステラはナギに向かって優しく微笑んだ。それに対しさっきまでの怒りはどこへやら、ナギはつい顔が綻んだような照れ笑いを浮かべた。


 ボォンッ


 ――かと思うと、今度はステラの無遠慮な走り出しにより、それまで彼が足をかけていた窓が轟音を立てて破壊。土埃を起こしながらその場から消えてしまった。吹き飛ばされたナギは尻もちをついて、舞った埃に小さく咳き込む。


「ふふっ。年頃ですね、ナギちゃん」

「そ、そんなんじゃありません……! さっきの話はまだ終わっていませんからね! ジャミアさんを助けたらちゃんと全て話してくださいよ!」


 ナギは大急ぎで手荷物をまとめてアームルートを飛び出すと、ステラのものと思われる、砂上に出来た巨大な一本筋の痕を追いかけて行った。



「離せ! このっ、盗賊共め!」

「うるせえ女だなぁ。ずっとこの調子だぜ」

「砂漠の中を女一人でほっつき歩いてるのが悪いんだろ。盗賊なんぞに攫われても文句言われねえよなあ、ガハハ!」


 砂漠の中でぽつんと夕日に照らされて、その陰を歪に伸ばすのは砂漠前線基地『アームルート』。

 ――そこから遠く離れた岩陰で、一人の縛られた女が男達に向かって叫んでいた。


「ハッ! 今まで穏便に済ませていたつもりか。いきなりこんな強硬手段に出るとはな……!」

「はあ?」

「お前たちがその気なら、今すぐにその体の半身を吹き飛ばしてやっても良いんだぞ、『鷹の鉤爪』!」

「……何言ってるんだ? 鷹の鉤爪なんて盗賊聞いた事もねえ。俺達はシマトンビ盗賊団。たまたまこの辺りに寄ったら女が居たから攫っただけだよ。お前のことは何も知らねえなぁ」

「な、なんだと……!?」


 ジャミアは自分を囲む盗賊たちを一瞥する。確かに、彼らの中に魔術の心得がありそうな者は一人も居ない。中級以上の術を扱う為に必要な戒杖さえ見当たらない。――彼らは『鷹の鉤爪』ではなかった。


「わ、私をどうする気だ」


 後ろ手に縛られ、足首同士はくるぶしを突き合わせるほど頑丈に縄で結ばれている。身体は地面に伏せられて、すぐに起き上がることもできない。挙句、周囲には武装した男が数人。同情から見逃してくれるような様子など微塵もない。

 冷や汗が頬をつたって地面の砂に吸われていく。どれだけ観察を繰り返しても、およそ自力で逃げおおせられるような状況ではなかった。


「俺たちゃアンタみたいな気の強い女でも結構イケるんでね。売り払う前に多少可愛がってやろうか」


 シマトンビの盗賊達の下卑た笑いが周りで起こると、とうとう観念したのか。ジャミアは力を抜いてぐったりと地面に顔をつける。

 盗賊達は当然その姿を見て好都合だとほくそ笑んだ。一人の男が武器を捨てて彼女に歩み寄る。しかし、地面に伏して隠れた為に見えないが、彼女の目だけは依然強く燃えていた。

 ジャミアはこのまま無惨に弄ばれるのならば、安易に近づく男の様子を伺った。そうして男が目と鼻の先ほどの距離まで近付いた時、手先に力を込める。


『さらば、アームルート……』


 ——しかし、彼女が心中で只ならぬ覚悟を決めようとしたその時。調子の軽い声が空気を裂いた。


「なになに? これってどういう状況?」

「ヒエッ!?」

「な、なんだこの男っ!?」


 盗賊達がどよめいて、即座に鞘から刃を抜き、すかさず銃のハンマーを下ろし、恫喝まじりのがなり声をあげる。

 ジャミアは力を抜いたばかりの頭をもたげて初めの声の主を探した。それは赤い髪に茶色いコートをなびかせて、丸いサングラスを怪しく光らせた長身の誰かだが、一目見て彼女にはそれが何者か理解できた。


「お前は……ステラ!」

「ハハ、俺だよ~」


 聞き慣れた声は相変わらず鼻についたが、今この時ばかりは心底彼女を安心させた。最速の魔術師ステラ・テオドーシスは音もなく窮地に現れたのだ。


「切羽詰まっているって感じだね」

「フン、見ての通りだ」

「テメエらもしかして仲間か!? おい、やっちまえ!」

「おお!」


 剣先や銃口がステラに向けられる。易々と敵前に現れてしまった彼だが、その余裕飄々とした顔つきは崩れない。


「今時カウボーイ崩れでも魔術武装の銃を持っているんだよ? 普通の拳銃だなんて、君達時代遅れだねえ」


『つっても、普通の銃で困るのは俺のほうなんだけど』


 ステラはナギのバフがまだ残っていることを感覚で把握すると、盗賊の一人が発した「かかれぇ!」という声と当時に動き出した。


「おっと」

「ステラ! 気を付け——」


 ジャミアが忠告をしている間。その一秒か二秒の間にそれは起こった。

 鉛玉が飛び交い、剣が舞い、盗賊が吹き飛ぶ。砂がステラの走る軌道を描いていくつも立ち上がり、そしてさらさらと降り落ちる。岩壁には彼が飛び移る為に蹴ったであろう痕跡が残り、それを辿る間もなく男達の呻き声が聞こえた。

 どしんっ。からん。ぼとっ。種々のものが砂上に落ちていく音を聞いて、ジャミアがはっとする。戦闘は既に終わっていた。


「な、何が起きたんだ……?」

「奴らが動いた瞬間に全員を転ばせたんだ。そして武器を没収して気絶させた。これが俺の『最速』とナギの『調速』の合わせ技だよ」

「は……はは! なんだって、速さに更なる速さだと……!? 凄まじいな。流石は最速の魔術師達だ」

「おや? ただの手品師じゃなかったのかい?」

「は! 嫌味な奴め」


 笑みを浮かべながら悪態をつくジャミアを他所に、ステラは彼女の縄を解きにかかった。彼の迷いのない親切に彼女は照れ臭くしていたが、次第に自ら口を重々しく開き始める。


「まぁ……なんだ、その……アレだけのことを言ったが、別に君達を否定したい訳じゃなかったんだ。私自身も思う所があってな……」

「知ってるよ。シーファから話してもらった。両親と揉めてるんだろ?」

「なっ! シーファめ、また客人に余計なことを教えたな……」

「あ、これ言っちゃいけない奴だった! まあ、良い仲間じゃないか。皆、君のことを慕ってる」

「……ふふ、そうだ。親とのしがらみから抜け出せない私を、皆ひっそりと支えてくれている。本当にここは良い場所だ。出来ることなら、ずっとあの場所に居たい……」

「でも、本当にそれで良いのかい? 心残りは――」

「あるさ。しかし、彼らのことだからな。私がここを出た後もきっと……」


 好きな仕事をするだけならば、何もこんな辺境に居る必要もない。大陸の中央へ行けば学問に問わず、学者は誰でもそれなりに優遇されるはずだ。その上魔術も扱えるとなれば尚更である。

 それでも彼女がそうしなかったのは、全て件の両親から逃げ回る為だったのだろう。ステラは心中で静かに察して縄解きを続けた。


『ってか、硬すぎるなこの縄!? 全然解けないんだけど!』


「くっそぉ~、ナイフどこにしまったっけ……」

「……!? ステラ、後ろッ!」




 その時。ジャミアの叫び声の後にステラが感じたのは、ぐおん、とねじれた視界の歪みと、同時に襲ってきた後頭部の鈍痛。

 続いてじんわりとした倦怠感が体中に広がって、水面に石を投げる様な想像が頭の中を過った。次に分かったのは、頬で感じる砂の粒の感触――。


『頬に砂……これって、地面……!?』


「ぐあぁ……! くそ、油断した……ッ!」


 不安定な視界に神経を集中させた。周りを見渡すと、さっきまでそこにいたジャミアは居らず、代わりに少し離れた所で彼女を担ぐ男の姿を見た。

 どうやら盗賊の一人が、縄を解くのに苦労していたステラの背後に忍び寄って、棍棒か何かで殴打したようだ。たった今、彼が倒れている隙を突いてジャミアが人質として連れ去られようとしている。


「ま、待てッ!」


 ようやく身体に力が入ると、ステラはその場から即座に起き上がって男の背中を追いかけた。

 倦怠感は未だ全身を包み、思うように走れない。どうすればいいかと考える余裕も無く、頭の中は彼女を助けることで精一杯だった。


「はぁ、はぁ……スキルだ、スキルを使うんだ……!」


 自分に言い聞かせるようにして、その脳内でスピードをイメージする。今まで感覚で行ってきた速度調整も、今この時だけは後頭部の衝撃が尾を引いて、もやが掛かったように不確かだった。


「追い付かなきゃ……! 『祈る暇も無いスピーディ・ダン』・ファースト……いや、もっと――」


 頭部の出血は著しく、首筋を伝って地面に落ちていく。これでいいのか。このままでいいのか。もっと、もっと速く走らなくては!

 危険信号のような迷いが何度も過ったが、それに答えを出す前にステラの身体は動き出してしまった。

 ボォッ、と砂が弾け飛び、後方に散っていく。頭部の出血は風に撫でられて、ステラの走った軌道に沿ってぽつぽつと砂上に滴り落ちていった。


「待て!」

「ひぃっ!?」


 あと少し。手を伸ばすようにしてその盗賊の男に近づく。男のほうもステラの形相に怯えて振り返った。

 その手にはナイフを。腰には拳銃を収めるホルスターもあった。銃を使われる可能性がある。


『もっと、速く、速く、速く……』


 一瞬。ふと頭の中で電流のような、びりびりと痺れる感覚が迸る。ステラ自身はその痺れに覚えがあった。


『何か、嫌な予感が——』




 その痺れが引き裂くような痛みに変わった時。ステラの脳裡にナギの存在が過った。

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