第6話 砂漠前線基地

 キャラバンを離れてはや数日。ステラとナギの一行は東の方角を目指してひたすら砂漠の上を歩いていた。

 行く先はナギの修行のための巡礼場所。全ての地点を巡ることで、魔術師としての修行が終了し、無事一人前になれるのだと彼は語っていた。

 しかしその道のりは未だ遠く、ギラギラ、ギラギラと頭上からは太陽が輝いていて、足元は白い砂が照り返している。熱に囚われた二人の限界はすぐそこまで来ていた。


「ギャーーッ! いい加減気が狂いそうです! いつまで歩けばいいんですかぁ!」

「えっと……俺の計算だと……近くの都まで大体二十分かな」

「二十分!? それはステラが全力で走ったときの話でしょ!」

「あぁ、そっか……あは、あははは」

「あーー、もう駄目だ、休みましょうステラ。水が飲みたいです、水が……」


 そう言ってナギは水筒を取り出したが、その重さに手ごたえは無かった。まさかと思って天地を逆にしてみれば案の定、水滴の一つも落ちてこない。


『ああ、そういやさっき飲み干してしまったんでしたっけ……?』


「……あは、あっはっは! あっは、あひゃっ!」


 思い出したからといって、絶望は深まるばかりだった。どうしようもならないという重いとは裏腹に、砂漠の空は驚くほど青く、そして透き通っている。ナギはそれが面白くて仕方なかった。


「あぁ~? あっちに何か……」

「す、ステラっ、そっちは北ですよ……うあっひゃっひゃっひゃ!」


 きっと熱さにやられて方向感覚が狂ったのだと、ナギは間抜けによろよろと動くステラを見て腹の底から笑った。しかし、すぐ後に『もしかしたら自分もとうに……』と不安がよぎったので、咄嗟に改まってその背中を追いかける。


「あ、ああ……ナギ、これって!」

「み、水ですか、ステラ!?」


 ――その時、漂うように聞こえてきたのは、静かに流れる水のしらべである。ちょろちょろ、という清流の音を聞いた途端。二人は息を飲んでから大声で喜び合った。


「うおお! 僕のだああーーっ!」

「ええ!? いやいや俺のだ! 俺が先に見つけ――」


 しかし、一時は喜び合ったとしても、水の奪い合いになると分かれば話は別だった。顔を押し合ったり肩をぶつけ合うなどして、水音のする方へ二人三脚のようにして突撃した彼らは、やがてその正体を目撃する。


「……ボエェ~~」

「これは……あぁ、『ガラクダ』ですか……」

「ガ? カメじゃん、どう見ても」


 腑抜けた声を上げながら、のそのそと動くそれはどう見てもカメであった。ナギは何も知らないステラに、通常のカメとの違いをあげつらう。

 それは砂漠の熱さに耐えられるよう甲羅の内側に大量の水を蓄えていること。そしてその水の質量の分だけ体重が増える為、脚の筋肉が非常に発達していること。更にガラクダは魔力を有しているモンスターなので、水と風の魔法を用いて体内で水を循環させて身体を冷やしているのだという。乗り物として使うも良し。水源として旅を共にするも良し。砂漠で活動する者ならば一匹は確保しておきたいと言われる程に便利な生き物である。


「……あ、水」

「え? どこ!?」

「そのガラクダ! あるじゃあないですか、水が、そこに!」


 二人の目つきが変わったのを察したのか。ガラクダはその巨体を持ち上げると、一目散に駆けていった。




「……うん? なんだあの砂煙は」


 とある砂漠前線基地、高台にて。そこで一人の女が地平を見つめていた。


「ジャミア、どうかしたか」

「あぁ。何かが迫ってきている」

「またですかね? ジャミアさんならすぐ追い払えるでしょうけど」

「わ、私達も加勢した方がいいかな。魔術は扱えないけど、銃くらいなら……」

「いいや、大丈夫だ。というかアレはヤツらではなく……」


 ジャミアと呼ばれる女が覗く望遠鏡は、砂塵を巻き上げて急接近する幾つかの影を捉えた。その影とは――




「うおおおお! 水ぅぅーッ! ナギ、魔法でなんかこう、バ~ッとやってよ!」

「速すぎて捉えられませんよ! それよりもステラがスキル使ってください! 貴方、脚が速いんでしょ!?」

「確かに! それがあった!」


 手のひらを叩いたステラは、そのポンッという音を皮切りに猛加速した。しかしあまりのスピードにガラクダとナギを追い抜いて置き去りにしてしまう。


「ステラ、速過ぎますってば~~!」


 しかし、ステラが猛スピードで走り抜けたその直後、何かに気付いたようにして立ち止まった。ナギがその背中にようやく追いつくと、彼の見ている方向を凝視する。


「ステラ? 何を急に立ち止まって――」

「あれ、あれあれあれ! 砂漠に、この砂漠のど真ん中に建物が……!」

「はっ! ああ~~っ!」


 視線の先にあったのは、確かに建物である。それは一見してさびれてもいなければ、荒らされてもいないようだった。

 二人はガラクダから水を搾り取るという残酷な選択肢を捨てて、少し先にある建物を見据えると、鬼気迫る形相で助けを求める。


「誰かぁーっ! 助けてください、遭難してるんです、死にそうなんですぅーっ!」

「誰か、だ、ゲホッ! だでがぁーーっ!」


 よく見ると堅牢な砂岩の塔に、同じく砂岩で出来た幾つかのドーム状の家々。窓から人影がまばらに見えることから、それらが廃墟でないことを確信させてくれた。

 ここには人が居る。そう思うと二人の助けを求める声は一層激しくなった。もはやモンスターの鳴き声とも聞き分けのつかないその懇願に、やがて痺れを切らしたようにして一人の女が現れる。


「はぁ、随分元気な遭難者だな」

「――だで、ゴホッ、ひ、人だ!」


 うんざりしたような表情で二人の前に現れたのは、深い紺色の長髪に、汚れの見当たらない綺麗な白衣を纏った、いかにも研究者らしい恰好の女。眼鏡をかけており、日照りの反射のおかげでその奥の瞳ははっきりと見えない。


「君がここの住人かい。良かったら水と食料を分けて貰いたいんだけど——」

「お前たち、そこから決して動くなよ」

「えっ?」


 明らかに歓迎とは程遠い雰囲気を漂わせて、女は仁王立ちで二人を睨んでいた。


「この基地周辺にはがいくつもしかけられている。数にして百は超えるかな。踏みぬけば即爆発、どうあがいても下半身が吹き飛ぶことは必至だろう」

「なんで!? 俺達遭難者なんだけど!」

「遭難者『じゃない』かもしれないからだ。逆に言えば、遭難者の可能性もあるからこうして優しく説明してあげているんだぞ」

「は、はぁ……?」

「なんか、面倒な事件の予感です……」


 女は一歩も譲らないと言わんばかりに二人を睨みつけた。瞳は見えないが、睨んでいることだけはよく分かる。


「理由を聞かせてくれよ! 意味もなく疑っている訳じゃないだろー!」

「勿論。近頃この辺りで我々を脅かす盗賊団『鷹の鉤爪』が現れた……奴らはを擁する珍しい盗賊だ」

「まさか、僕たちが盗賊だとでも!? 確かに魔術師ではありますけど、そんな訳ないじゃないですかぁ! あはは!」


 水と食料に困り果てている盗賊など聞いたことがない、とナギは首を横に振りながら冗談めかして言ってのけたが、女の方は依然真剣な目で二人を見つめる。それに対し思わずナギは身を小さくして萎縮した。


「と、とにかく水が欲しいんだ。もうこっちはヘトヘトでさあ……頼むよ~!」

「断る! 接触の可能性があるようなことは決してしない。諦めて帰るんだな」


 馴れ馴れしいステラの願いを跳ね除けると、白衣の女はそのまま足早に立ち去ろうとした。例え冷酷だと罵られようとも、その足は決して止まりそうにもない調子だ。


「そんな、こっちは極限状態なんですよ! こ、こうなったら僕の魔術で浮遊してでも地雷を飛び越えて――」

「ナギ! ……ンッ」

「え?」


 手段を思案していると、ステラがふと親指を立ててハンドサインを送った。それが何を意図しているのか。理解するまでに数瞬かけてナギは気付く。


『も、もしかして強化効果バフを付与してほしいんですか……? 確かに、強硬手段で突破しようと思えばできるでしょうけど……』


 ステラはハンドサインを辞めないので、ナギは彼が何をしでかすのか予想のつかないまま仕方なく『調速』を発動、彼に加速を付与する。


「『これがトルーサーの流儀ですスピード・アジャストメント』……どうぞステラ。だいたい上げましたよ。でも地雷があるんでくれぐれも慎重に行ってくだ――」

「――『祈る暇も無いスピーディ・ダン・セカンド』ォ!」


 ドォン! 忠告を言い終える前に、爆音が返事として返ってきた。


「……えっ?」


 ステラの勇ましい叫び声と共に起きたそれらの爆風は、なんと全て地雷によるものだった。ものの数コンマのうちに複数の地雷が踏み抜かれ、一直線の真っ黒な爆発痕がステラからナギの元まで伸びている。


「早い、早すぎます……いや、スピードだけじゃない。その手段を取るのが速すぎるんですよステラ!! 慎重にって言ったじゃないですかぁー!」


 無理矢理に活路を開いて見せたその男は、黒煙の向こうでニコニコと笑って手を振っている。


「よーし、これで道が開いたよ! ほらナギも後に続いて!」

「げほっごほっ! ああもう、そういうことやるなら先に言って……」


 ナギは黒煙が晴れない内に黒い道を渡ると、煙の向こうでガチャリ、という音を耳にした。


「はぁ……お前たち、気でも狂ってるのか」

「うげっ、拳銃持ってたんだ」

「自衛手段だよ。しかし、敵陣に突っ込んで即背中を見せるような間抜けに、まさかこの前線基地の守りを突破されるとはな」

「いやぁ恐縮ッス」

「ごほっ……ステラ、褒められてないんですよそれ」


 煙がようやく晴れると、そこにはナギの想像通り、両の手を上げて笑顔を絶やさないステラの姿があった。女は黒煙でその白衣を汚しながら、物々しい銃を突きつけている。


「避けようなどと思うなよ。さっきの速さ、実に見事だったがこの拳銃に敵いはしないだろう。なにせ特別な魔術武装が施してあるからな」

「へえ~、知らないのかい? 魔術武装の銃は仕様上弾速が遅いんだよ。多分、君が引き金を引いた瞬間でも俺は避けられるけどね。撃たない方が良いと思うな~」


 ナギのスキルがある手前余裕そうに述べたステラだったが、白衣の女もまた余裕そうに笑って返す。


「――私のは特別製でな。発射直後に弾丸が破裂して鉄球を拡散する。有効射程は二十メートル、拡散範囲は銃口から一六〇度だ。避ければ向こうのガキにも当たりかねんぞ?」

「えっと、それってつまり……俺に勝ち目ない?」

「さあ? 賭けてみるか?」

「は、ははは……」

「……」

「す、ステラ……? まさか、大丈夫ですよね? ここから挽回できますよね!?」


 ステラは後頭部で拳銃がぐりぐりと押し付けられると、心配するナギに顔を向けた。そしてその余裕そうな笑顔を苦笑いに変え、首を横に振った。


「ええ~~! ちょっと、ステラぁ~!!」


 ナギは絶望し、膝をつく。女の方はやれやれとため息を吐いて、気だるげに頭を抱えた。


「全く……ようこそ不審者共、我が調査基地へ」

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