第2話 スピーディ・ダン

第2話 スピーディ・ダン


「さ~て、どうしたもんかなぁ」


 膝を地面につき、両手を後頭部に回して、脳天に突き付けられた銃口に冷や汗をかきながら、ステラは次の策を考えていた。

 あの時、カウンターから飛び出したまでは良かったものの……迂闊に少し前へ踏み出した途端。脇から現れた男に銃口を突きつけられてしまい、その男に脅され、連れ去られ、されるがまま……今に至ったという訳である。

 人気は元より、廃墟の一軒も見えないほど町から離れたその場所では助けを呼ぶ術はない。ただじぃっとこめかみに当てられた銃口の感触を味わい続けていた。


「……テメエ、あんなことしてタダで済むと思うなよ」

「何のことかな」


 ドスの効いた声で言い放ったのは、先程からショットガンを片手にこちらを睨み続ける、金色の髪と髭を生やした壮年の男。その銃は魔術による何の強化も施されていないようで、彼の恰好と同じく古めかしいモデルだ。

 その男は見たところ、昔ながらのガンマンだった。昼間に出会ったならず者共と同様に、賞金稼ぎから一転して人攫いに成り下がった連中か、とステラは推測した。


「とぼけんじゃねえ、と言いてえ所だが、ここで詳しい事情を知られる訳にもいかねえからな。とりあえずお前は『殺す』か『砂漠に捨てるか』のどっちかにしてやる」


 口封じをされるということだろう。しかしステラ自身には何をやらかしてしまったのか、その心当たりは一つも無かった。「記憶に無い事だったら厄介だ」と心中で呟く。


「そもそもお前何者だ、赤髪の。なんであの女と一緒に居た」

「クレメラのこと? あの子とは一緒に探し物をしているだけだ。あんたたちこそ何者だよ。あの子と、もしくはあの子の父親と関係があるように見えるけど」

「あんただと?」

「え? そこの物陰に潜んでる――」


 ドォン、ドォン、ドォン、ドォン! ステラが言い切るより先に、男は左の手――恐らく利き手とは逆の方でリボルバー拳銃を抜き出し、ステラが顎で指そうとした地点に四発の弾丸を撃ち込んだ。


『なんて速さだ……!』


「って、仲間じゃないのかよ!」

「知るか、俺はソロだぞ!? クソ、ハイエナ共に尾けられていたか……!」


 すると、弾丸を撃った地点のみならず、その他二箇所から人影が飛び出してきた。


「あぶねえ、お前バレてんじゃねえぞ!」

「うるせぇ、お前こそさっきから体出てんのバレバレなんだよ!」

「ぐへへっ!」


 その三人の特徴は間違いなく、昼間のならず者共だった。


「銃を持った三人組……仕方ねえ、逃げるぞ小僧!」

「あら、ちょっとちょっと、どこに逃げるのさ」

「良いからついてこい! あんまりすっとろいと置いていくぞ!」




 ――そうして逃げ込んだ廃墟の一角、複雑に入り組んだ路地の中に男の仮拠点は在った。


「ふぅ、治安もへったくれもねえな。昔と大違いだ」

「なんだよ、ハイエナって! あー、怖かった!」


 逃げている途中、銃弾が何度もステラの頬を掠めそうになっていた。いつ当たってしまうのか、後頭部が終始ヒヤヒヤしていた中でなんとか逃げおおせる。


「賞金首になり下がっちまった賞金稼ぎのことさ。自分一人で餌を取れなくなっちまった愚かモンの成れの果てだよ。まぁ主に俺の餌だな」

「あんたもそうじゃないのか? カウボーイ」

「……俺は、ずっと一匹狼だ。ハナから牛飼いなんかじゃねえ。俺は……」


 しかし、それでは男の服装に説明がつかなかった。カウボーイ然とした佇まいや服装に意味がないとなれば、乾燥地帯特有の標準服とでも言うのだろうか。ステラが悩む中、男は言い淀むようにして話を終えようとしたので追求を諦めた。


「そういや、さっきは聞きそびれたけど、クレメラとはどういう関係なんだ。宿屋であの子の名前を聞いて驚いてただろ?」

「ふん、お前に答えるようなもんじゃねえよ」

「なんだよー! おーしーえーろーよー!」

「うざってえな! あんまり詮索すると撃ち抜くぞ!」


 男は右手のホルスターに手をかけ、殺気を向ける。何もそこまでしなくても、とステラは不服の表情を見せた。


「それじゃあ名乗るぐらいはしてくれよ。それくらいは答えられるだろ」

「……エルバトール・ブランだ」

「よろしく、俺はステラ・テオドーシス。最速の魔術師だよ」

「何がよろしくだ、お前はこのまま砂漠に放り投げるんだよ、何もよろしくしねえぞ!」

「そ、そりゃないだろ!」

「あぁ、そうだ。砂漠に捨てる前に訊ねなきゃならねえことがある。お前あの宿屋に居たんなら見てるよな?」


 ステラが何を、と答える前に、エルバトールは自身の頭を指さして言った。


「オシナベ革のティンガロンハット。赤褐色の帽子だ」

「あんたも狙ってるのか! ダメだぞ、あれはあの子のだからな!」

「おいおい! アレの持ち主はとうに三年前に死んでいるんだぜ? 誰のもんでもねえだろう!」


 ふと、ステラはその言葉に違和感を覚える。ぴくりと眉間が動くのに任せてその疑問をぶつけた。


「……なぁ、待てよ。なんで持ち主が死んだことを、それも三年前ってことまで知ってるんだ?」

「……!」

「帽子の場所を知っているのも不思議だな。あんた、本当に何者なんだ」

「くっ……!」


 とても間の悪そうな顔をして、エルバトールは俯いていた。その時ステラの頭の中で一つの推測が浮かび上がる。


『もしかして、コイツがクレメラの言っていた父親の仇……』


 そう理解した瞬間、ステラの心は改まり、その身体は制圧の姿勢に入っていた。先程のエルバトールの早撃ちファストドロウを見る限り、かなりのやり手だと見て間違いない。

 間合いに十分注意し、万が一にも速さで負けない為に、ステラはゆっくりと全身に力を込めた。その時――


「——きゃあーー!!」

「なに!?」

「この声は……クレメラ!」


 嫌な予感が走ったと同時にステラの体も駆けだした。その予感が当たらないことを願いながら。

 そうして走り出してまもなく、彼は最悪の光景を目にすることになる。


「す、ステラッ……!」

「クレメラ!」


 視界に真っ先に映ったのは、先程の男三人に捕らえられたクレメラの姿。外傷がない様子から見るに乱暴はされていなさそうだったが、その次に目に入ったものにステラは驚愕するしかなかった。


「おうおうおう、やっぱり来やがったぜ、カウボーイのお出ましだ!」

「ヒヒ! お前たちの探しモンはこれだろ?」

「ぐへへ!」


 見るたび不敵に笑ってばかりの三人目の男が持っていたのは、クレメラが追い求めていたあの赤褐色をしたオシナベ革のティンガロンハットである。軽々しくそれを頭にかぶって、三人目の男は得意げに笑って見せた。


「おい。今すぐそれを外しなよ、下衆なお前たちが持っていいものじゃない」

「ぜぇっ、はぁっ! 全くだ、お前たちにゃその帽子は高すぎるぜ!」


 走ってようやく追い着いてきたのか。背後でエルバトールの咳き込む声が響く。そして囚われた人質を確認して、吠えるように叫んだ。


「クソが、テメエらタダで済むと思うなよ!」

「ねぇ、そのセリフさっきも聞いたけど、マジで何にキレてんの? エルバトール」

「くっ、その事情を言いたくねえからこんな言い方しかできねえんだろうが!」

「なんだよー」


 ステラはもどかしさに口を尖らせながら、しかしその背景にある事情はなんとなく汲み取ることができた。エルバトールは、あの帽子の持ち主も、行方も、価値もよく知っていた。そこから邪推を働かせれば、クレメラの仇という可能性が濃くなってくる。金獅子エルサルバドスを殺した本人ならば、その価値を理解していて当然だからだ。

 慣れ合いつつも、男を警戒しなければいけないのは当然だった。しかし、帽子の為に語気を強めているはずの彼の視線が、先程からクレメラばかりに向いていることに、ステラは気掛かりに感じる。


「ステラ、助けて……!」

「う~ん、どうしたもんかなぁ。銃は怖いし……」

「こ、怖いって……お前アイツを助けにきたんじゃねえのか!? 今更銃が怖いってなんだよ!」


 クレメラの父の仇からそう突っ込まれるとは……と、ステラは苦笑いで返した。


「おいステラ、テメエ魔術師ならなんかそれっぽいことできねえのかよ!」

「いやいやいやいや、魔術が銃に勝てると思うかい!? 無理いっちゃいけないよ!」

「い、言い切りやがった……この馬鹿!」


 しかし彼の苦言に対しても、ステラの余裕飄々とした表情は崩れなかった。それどころか、あえて言い切ってやったのだ、と得意げなままステラは敵を睨みつけた。言い切れば、あの荒くれ者三人はきっとこう出るだろうと。


「おい……おいおいおい!? あの馬鹿、手の内を晒しやがったぞ! お前ら、先に銃を持った男を殺せ! そしたらビビってるあのバカを殺して俺達の完全勝利だぜぇーッ!」

「ヒャッハー! 名案だ! それじゃあこの特製拳銃で順番に細切れにしてやるからよぉ、神に祈って泣きわめくんだなぁ!」

「ぐへへへへっ!」


 ステラの言葉に調子づいて、荒くれ者の一人が懐からゴツゴツとしたリボルバーを取り出して饒舌に語り出した。


「これは魔術武装拳銃、その名も『マギア・リボルバー』! 魔術と技術を混合した最強の拳銃なのさ! 弾丸一発一発に多属性の魔術を施したこの銃は、ひとたび放てば空間や物質を削りながら突き進む、まさに防御不能のチート武器!」

「すげえ! 負ける未来が見えねえよ!」

「ぐへへへ!!」


 気分は有頂天に達したその三人は、エルバトールに向かって銃口を向けた。


「さぁ、神に祈りやがれ——」

「……おい」

「あァッ!? ……って、あああ!?」


 その時。荒くれ者達が声のする方を振り向くと、そこには眼前にまで迫ったステラの姿があった。

 腰を抜かして尻もちをついた男が、反射的にステラの眉間に銃口を向ける。


「これ、撃つのかい?」

「そうだ! 死にやが——」

「なら、少しだけ出力を上げようか」

「……へ?」


 束の間訪れた静寂の中で、ステラだけが呟いた。


「『祈る暇も無いスピーディ・ダン・ファースト』」

「なっ、いつの間に!」


 それが唱えられた瞬間、ハットを被った男の元にステラの姿が現れた。ぐへぐへと笑う男が振り向いた矢先で、思い切りの良い平手が炸裂する。

 パァンッ! と肉が弾ける音がした。


「いってぇ!」

「お! やっとまともに喋った」

「この野郎、死んじまえ!」

「――やべっ!」


 グォン、グォンという奇怪な音が拳銃から発せられる。弾丸に術式を施した特殊なそのリボルバー拳銃から、空間を抉るようにして鈍色の弾頭が飛び出した。


「撃て撃て撃て撃てぇ!」


 ひっきりなしに放たれた追加の四発の弾丸は、当てもなくステラの遥か後方へと消えていった。


「術式を施された弾丸は、触れた空間全てを削りながら放たれる。しかし、その為に弾速を落とさなければ術式が正しく機能しないというデメリットもある」

「あれ、当たってねえ……!?」

「だから俺の『祈る暇も無いスピーディ・ダン』でもギリギリ避けられるんだよ」

「くそっ、来るな、来るなぁ! こ、こ、この女がどうなってもいいのか!?」


 脅しを前にしても、ステラの表情は崩れなかった。既に六発の弾丸を撃ち切っていたことを理解していた彼にとっては――

 ガチン、というハンマーが空しく空ぶった音だけが起こる。思わず残弾を確認したその男の隙を突いて、クレメラは救出された。


「ありゃ!? い、いねえ! 人質がいねえぞ!」

「……ふうっ」


 唖然としたままの彼女を腕に抱えて、ステラはエルバトールの隣に着地した。


「怖かった……! ステラ、私ほんとに怖かったんだからっ……!」

「意味が分からねえ、人間の速さじゃねえだろうが。魔術ってのはそこまで出来るのか」

「俺が使ったのはだよ。自分だけが無限に速くなる、ただそれだけの能力さ。魔術じゃない」

「十分すぎるくらいだ。弾丸なんか屁でもねえんじゃねえか?」

「まさか。音速はちょっとキツいかな」


 ステラは笑って返した。通常の弾丸と魔術武装拳銃の弾丸の明確な違いは音速に達するか否かにあるが、その境界がステラの限界なのだと。


「てて、テメエら! ふざけやがってぇ! たった一人でこんな、こんなことありえねえ! 何者なんだよ、貴様!」

「『最速』の魔術師、ステラ・テオドーシスさ」


 三人組のボスと思しき男が、裂くような大声で喚いた。しかし、グヘグヘと言っていた男や、クレメラを拘束していた男はとっくに戦意を喪失して座り込んでおり、勝利は一目瞭然だった。

 しかしその期待を裏切るように、ジャキッと複雑な金属音が男の方から鳴りだした。突き付けられたのは、魔術武装の施されていない新品の拳銃。


「なっ!」

「さっきは説明ありがとよぉ、赤髪の兄ちゃん! 魔術武装拳銃が駄目なら、普通の鉛玉を食らわせてやるまでよ!」

「あー、やっべ~~……」

「おいおいおい、ステラ、ここから先を考えてなかったのかよ」

「ステラ、もしかしてさっきみたいに速く走れないの……?」


 ステラは黙って首を横に振った。


「おいおい、さっきから何固まってんだよ。そんなにこの銃が怖えのかぁ?」

「くっ……!」


 膠着し始めて数十秒、今だに誰も動き出せないままである。しかし向こうも外せばステラが一瞬で詰めてくることを恐れて、一向に撃てないでいる。


『こうなれば、最終手段を……』


「――はぁーっ、全く、仕方ねえな」


 誰もが動き出せないまま刻一刻と時間が過ぎていくなかで、男の気だるげなため息が各々の緊張を破った。


「おい、あの帽子取ってもいいか」


 クレメラ救出の際に地面に落ちた、赤褐色のハットを指さしてエルバトールは問いかけた。


「あぁ!? いいわけねえだろ! 怪しい動きをするんじゃねえ」

「あーあー、神に誓って言うぜ。何もしねえよ。あの帽子を取って、もう一度ここに戻るだけだ。それまで銃にも触らねえ。ほら、見ての通りホールドアップだぜ」


 大袈裟なほどに手を上げて保証するエルバトール。その仕草は実に修羅場慣れしており、まるで彼がその場を支配しているようだった。

 やがて了承も得ないまま、彼はゆっくりとティンガロンハットに近づいてそれを拾い上げる。そしてくるりと頭につけて、宣言通り元の位置に戻ってしまった。ならず者の男は、完全に空気に飲まれていて口出し一つ出来ないでいた。


『エルバトール、何がしたいんだ? 不意打ちを仕掛けるタイミングはいくらでもあったのに』


「ありがとよ、そろそろこの手を降ろしていいか?」

「……! あぁ。だがその前に、死ねッ!」




 ドォン! と鈍い銃声が上がった。

 たった一発。放たれた弾丸はたった一発だけだった。


「ぐぅッ……!」


「エルバトール! あんた……」

「フン、急所は外してやったんだ。感謝しろよな」


 たった一発の弾丸は、ならず者の男の右肩に命中。血こそ大量に出ており苦しそうではあったが、即死には至らない傷だ。

 この対決はエルバドール・ブランの勝利に終わった。


「あんたすごいな、後出しで勝つもんかよ、普通!」

「あんな超スピード見せられた後じゃそんな嬉しくねえけど……まぁ受け取っておくぜ。――ああそれと、ついでにこのハットもな」




「ま、待ちなさい!」

「ン?」


 ハットを持ち去ろうとするエルバドールに、クレメラが吠えた。その顔は疑念に満ちており、何かを探るようだった。


「あなた、名前は何て言うの。あんな凄腕のガンマン、見たことない」

「……エルバトール・ブラン。古い人間だからな、嬢ちゃんみたいな若い奴は知らないだろう」

「その、オシナベ革のティンガロンハット。私のお父さんの形見よ。なんで貴方がそれを欲しがるの。まさか――」

「フン、嬢ちゃんの想像通りで構わないぜ」


 それは、父の仇だと認めるということだろうか。それならばここで復讐劇が起きてしまってもおかしくない。そう思い、ステラは『最速』発動の準備をして身構えた。


「……そう、そうなのね、やっぱり」

「あれ? なんか違う感じ? 復讐劇は……?」

「あぁ……さっ、もう語ることもねえだろう。金に困ったらそのならず者三人をギルドに突き出すと良い。帰りの路銀くらいにはなるだろうさ」


 エルバドールはそう言ってクレメラに目も合わせず、その場を去っていく。クレメラは何かを確信したようにして、再び呼び止めた。


「待って、最後に答えて! 私はその技術を知っているわ。その早撃ちを過去に見たことがある。教えて、あなたは何者なの。あなたは、本当は私の――」


 目深にかぶったハットを人差し指で軽く持ち上げながら、その男は答えた。


「なぁに、ただの時代遅れのカウボーイさ」




 淡い砂嵐の中を男が黙々と進む。夕暮れを臨む砂漠は、さながら赤い海のようだった。


「おぉ~~い! 待ってよ待ってよ待ってよ~!」

「テメエ、今更何の用だ」

「良いのかい、と一緒に帰らなくて」

「むっ、て、テメェ! こっちがハードボイルドな感じで帰ろうって時によぉ!」


 最速の魔術師は早とちりだった。しかし今回は最後の最後で勘が当たったらしい。エルバトール・ブランは偽名で、この男の正体はエルサルバドスその人だったという訳だ。


「やっぱりクレメラが可哀想だなぁ。あんなに父親のこと嬉しそうに喋ってたのに」

「あぁ、思い出した! お前なんでずっと娘と一緒に居たんだよ、返事次第じゃ殺してやるからな!」


 なるほど、とステラは得心がいく。エルサルバドスが彼に銃口を向けて怒っていた理由は、そういう過剰な親心故だったのだ。


「なんでって、探し物を手伝ってたんだよ。その帽子」

「……へっ、こんなのの何が良いんだか。形見を探すほど暇な人生じゃないだろうに」

「……あんた、死んだって話も自分ででっちあげたのかい?」

「賞金稼ぎなんて危ない仕事、同じ名前でずっとできるかよ。――まぁ、実のところ別名義で家族には仕送りをしていたんだがな。妻は娘に内緒にしているようだったけどよ……」

「ふぅ~~ん? へぇ~~?」

「なんだよ、気色わりい」


 ステラは思わず顔が綻んだ。危ない世界に身を置きながらも、ここまで一途な男はなかなか居ないだろう。思わず茶化したくなる心を抑えながら、隣を歩き続ける。


「おいテメエ、なんか酒くせえぞ。もしかして――」

「え? あぁ、クレメラと酒場に居たからね。そん時のかな」


 ぷっちん、といういかにもな音が壮年の男の眉間から聞こえてきた。まさか、とステラの顔が青ざめる。


「良い度胸だ。父親を差し置いて愛娘と酒を交わすとはな……よぉし、俺がお前の首に賞金を懸けてやる! 捕まえた奴は一億ベラドだ、生死は問わねえ!」

「ちょっと、嘘だよね!?」

「――娘をたぶらかす悪魔がぁ、金獅子エルサルバドスの早撃ちを食らいやがれッ!」

「わああーーッ! 誤解、誤解誤解!」


 ズドォン、と重々しい銃声が何発も何発もステラに向かって撃ち込まれる。その数は六発をゆうに超えていて、ときおり弾を込める様子も見えた。


『あ、この人本気で怒ってる!?』


 そう察した時、彼のスキルは既に発動してしまっていた。命の危機に瀕しているのに本気で逃げない訳がない。神様に『祈る暇も無い』のである。


「ひいぃ~~! 助けて~~!」

「うおッ!? は、速えなマジで……なんちゅう逃げ足だ」


 ステラは頭を空っぽにして、赤い海の上を一目散に駆け出した。それはもう、何のために逃げているのか分からなくなるまで全力で。

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