第7話

「陶妃様。喬翠蘭きょう すいらんがご挨拶を致します」

「……翠蘭。元気そうね」


 他の妃たちと違って、陶妃は私の話をきちんと聞いてくれそうだ。

 私は侍女が用意してくれた椅子に腰をかけ、陶妃様に向かって姿勢を正した。


「身体の調子が悪いのだと思っていたわ」

「ご挨拶にも伺わず申し訳ありませんでした。実は陶妃様に折り入ってお話があって参りました」

「……何かしら」

「実は私、皇帝陛下に後宮を出たいと申し上げるつもりです」


(――ガシャン)


 陶妃の侍女が私の言葉に驚いたのか、衝立の向こうで茶碗が落ちて割れる音が聞こえた。


「陶妃様! どなたかがお茶を落とされて……」

「だ、だだ、大丈夫よ。それにしても、なぜ急に? 後宮を出るだなんていけないわ」

「いいえ、私はもう決めたのです。それで今日のお願いと言うのは、皇帝陛下のことです」

「陛下の……何?」


 陶妃の目は、あちらこちらに泳ぎまくっている。

 やはり、何か後ろめたいことでもあるようだ。


「皇帝陛下にはご兄弟もいらっしゃいません。即位から二年、未だに跡継ぎもおられません」

「そうね。大変だわ。緊急事態よ」

「ですから、一刻も早く跡継ぎを」

「翠蘭の言う通りよ。すぐにでも頑張って」

「……ええっとですね。なので、他の数十名の妃たちの元に、皇帝陛下がお通いになるのをお許し頂きたく……」

「何を言ってるの? 許さないわよ!」


 陶妃は金切り声を上げて立ち上がる。


「陶妃様もお辛いお立場かと存じます。ですが二年も経って子の一人もおらぬとは、周辺諸国に対する示しもつきません。後宮妃が力を合わせて陛下をお支えする時では?」

「ちょっと待ちなさい、翠蘭。後宮妃でしょう?」

「……いいえ、私は後宮を出るつもりで」

「駄目よ!」


 もう一度陶妃が金切り声を上げ、私を悲しそうな目で見つめた。陶妃と私は見つめ合ったまま沈黙する。


 静まり返ったへやの中に、蝉の鳴き声だけがカナカナと響き渡った。


「……陶妃。もういいよ」


 沈黙を破ったのは、その場にいるはずのないあの男の声だった。私をじっと見ていた陶妃は肩の力が抜けたのか、フラフラともう一度椅子に倒れ込むようにして座る。

 衝立の後ろから人影が現れ、私に向かって顔を上げた。


令賢れいけん……じゃなくて、皇帝陛下」


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