エピローグ

日出卜英斗は挟まられたい

 春の大運動会は、大盛況のうちに幕を閉じた。

 結局、脱お嬢様宣言したハナ姉が正式に生徒会長になった。猫かぶりをやめたハナ姉が、これからも強力に生徒会を引っ張っていくだろう。

 俺も生徒会役員の一員として、頑張りたい。

 とにもかくにも、これにて一件落着……そう思って昨夜は夢も見ずにぐっすりだった。


「ん、んーっ! ふう……よく寝た。なんてさわやかな朝なんだ?」


 うん? どうして疑問形なのだぜ?

 俺はアパートの自室で目覚めて、即座に五感をフル回転させた。

 だって、人の声は聴こえるし、いい匂いもする。

 なんでだぜ? 俺ってば一人暮らしなのだぜ。


「あっ、ヒデちゃん、おはよ! 今、ご飯作ってるからね」

「起きたか、英斗ひでと。喜べ、あたしとハナ姉のスペシャルモーニングだぞ」


 何故なぜ? いや、嬉しいけど……勝手に入ってこられてもなあ。


「あと英斗、都会では寝る時に部屋に鍵をかけるのが常識らしいぞ。気をつけろ」

「へーい。って、ちょっとちょっとぉ! お二人さん、朝からなんですかねえ!?」


 嬉しい悲鳴というやつだが、飛び起きてとりあえず服を着る。

 二人がキッチンで料理に集中してるうちに、ササッとね。

 でも、着替えを終えて気づいた……なんか、妙な視線を感じる。


「おはよう、英斗クン。ふーん、キミはトランクス派かい?」

「げっ、沙恋されん先輩っ!?」


 そう、沙恋先輩もいた。

 しかも、今までどうやら添い寝の形だったらしい。ベッドでゴロゴロしながら雑誌を読んでる。あのー、距離が近かったんですけど、かなり。

 しかし、悪びれた様子を見せないのはいつもの平常運行だ。


「ボクはボクサータイプの下着が好きかな。落ち着かない?」

「まあ、確かに」

「でしょ。ブリーフでもいいんだけど……あ、見る?」

「見ません! あと、今日もスカートが短過ぎです!」


 今日は女子の制服だけど、なんていうか、黒のニーソックスっていいよね。

 などと言ってる場合ではない。

 やっぱりこの人、なにかがおかしい。

 そう思ってると、沙恋先輩は億劫おっくうそうにベッドから起き上がった。

 朝は弱いのか、少しふにゃんとしてる。

 そんな先輩もまた、綺麗だった。

 まあ、ハナ姉の次にね、二位ね、次点ね。


「うん? なんだい、英斗クン。そう見詰められると……ふふ、照れるぜー?」

「いや、えっと……あのあと、流輝るき先輩は」

「ああ、いい薬になったんじゃない? 少なくとも学習はしたと思う。アイツもきっと、一生懸命にやることに意義を感じ始めてると思うよ」

「できれば生徒会長を一生懸命やってほしかったっす……」

「まあね」


 勝負が決着して、ハナ姉がはっちゃけちゃったあと……呆然ぼうぜんとした姿でとぼとぼと流輝先輩はグラウンドを去っていった。

 でも、俺は見た。

 アニメ同好会の仲間たちが、流輝氏、流輝氏とあとを追ったのを。

 友達、いるじゃん、よかったじゃん。

 それに、万能の天才は負けを知って、少し行き方が変わるといいな。

 いや、変えていくんだろう。


「ふむ。で……一件落着ってことか。でも、今日からまた生徒会は忙しいんだよなあ」

「まあ、頑張り給えよ英斗クン。それとも、どうだろう。ボクの助っ人部に移籍するかい?」


 意外なことを言いながら、グイと身を寄せてくる沙恋先輩。

 一気に小顔が近くなって、ふんわりいい匂いに距離感が圧縮されてゆく。

 俺はゴクリと思わず喉が鳴って、沙恋先輩のあかい瞳に映る自分を見詰めた。


「あ、いや、んー……じゃ、じゃあ、男か女なのかだけ教えて下さいよ。そうしたら考えますから」


 なにを言ってるんだ俺は。

 そんなどうでもいいこと、聞いてどうする。

 そりゃ、最初は気になったし翻弄ほんろうされた。

 けど、今は本当にどうでもいいと思ってる。

 沙恋先輩は、沙恋先輩だ。

 そうなんだけど……ニフフとゆるーく笑われると、どうにも落ち着かない。


「……確かめてみる?」

「ちょ、スカートをまくろうとしないで! はしたない!」

「照れちゃって、かわいいにゃー?」

「う、うるさいですよ!」

「じゃあ、こうしよう」


 不意に沙恋先輩は、俺の手を取った。

 相変わらず、ひんやりしてて、そして柔らかい。


「胸、触ってみて」

「……は?」

「ボクの胸。英斗クンに触らせて、どっちかがドキドキしたら、女にするよ」

「いや、え、ちょっと」

「ドキドキしなかったら、男でいいかな。……もう、少し、ドキドキしてるけど」


 どこまで蠱惑的こわくてきな小悪魔なんだ、この人!

 けど、一瞬迷ってしまった。

 だって、以前は偽乳にせちち……あ、いや、パットが入ってたし。今日は見る限り、制服姿は驚くほどにフラットだ。でも、ハナ姉やまことみたいに豊満じゃない人だっているだろう。

 着痩せするタイプという線もあり得る。

 そう思って、でもすぐに俺は沙恋先輩の手をそっと引き剥がした。


「なんか、やめときます」

「そう?」

「男であれ女であれ、胸なんか触られたくないでしょ、普通は」

「合意の上で、だよ?」

「俺、どっちかというとボインちゃんが好きなんで」

「なるほど、好み……っていうか、性癖? うん、そういう話ならしかたないね」


 ちょっと残念そうに、妙に寂しそうに沙恋先輩は笑った。

 同時に、背後で冷たい声が尖る。


「ちょっと、沙恋ちゃん? 堂々と人の彼氏を誘惑しないでくれる?」

「はは、冗談だよハナ」

「そう? ま、わたしは沙恋ちゃんが男でも女でもいいんだけどさ」


 エプロン姿のハナ姉が、ガッシ! と俺の腕に抱き着いてきた。


「ヒデちゃんはわたしのだから、渡さないもん! 挟まってもいいけど、そこんとこよろしく!」


 うん、そういえば昔からラジカルな女の子だった、ハナ姉は。

 流石さすがの沙恋先輩もタジタジである。

 うん、まあ、挟まるくらいならいいんじゃないかな。

 そう思ってると、さらに背後からまことがビチカーン! と肩を抱いてくる。デカいまことは俺とハナ姉とを両手で抱き寄せ、フフンと鼻を鳴らした。


「それと、沙恋先輩。あたしの目が黒いうちは、挟まり続けられると思わないでもらおう」

「えー、そうなの? まことクンだって挟まってる感じじゃない」

「あたしはそう、言うなれば二人の愛を見守るエンジェル」

「……いや、絶対ゴリラとか剣闘士グラディエーターとかでしょ」

「なにをー」


 みんなで笑った。

 朝飯も丁度四人分あって、早くも家族みたいな夫婦生活が見切り発車したようなもんだった。ああ、これから俺の高校生活が充実してゆくんだな……勝った! 完!


「ああ、そうそう、英斗クン。ベッドの下ってのはベタな隠し方だから、やめたほうがいいぜ?」

「……Whyホワイ? 何故それを」

「ハナ、英斗クンはねえ、挟まれたいらしいよ! なにがというか、その、ねえ?」

「うわよせばかやめろ!」


 朝食の楽しい時間が凍りついた。

 まことはきょとんとしてしまったし、ハナ姉はふむふむと眼鏡めがねを上下させる。レンズが光の反射で瞳の表情を奪っていた。

 ああそうだよ、俺はおっぱい星人だよ! 高校生男子の九割がそうだよ!

 いつも無駄に挟まってくる人の言う通り、挟まれたいよ、夢と浪漫ろまんだよ!


「……あー、美味おいしかった! ごちそうさま! 遅刻するー、学校行かなきゃー!」


 凄い白々しい棒読みと共に俺は急いで立ち上がる。

 さあ、新しい一日の始まりだ! 逃げるぞ!


「ちょっと、お話しよっか? ヒデちゃん」

「挟む、挟む……む? なんの話をしてるんだ? あたしにもわかるように話せ」

「ほらほら、英斗クン。逃げた逃げた!」


 狭宮沙恋、恐ろしい子!

 っていうか、やっぱり謎な存在だ。

 そして気付けば、誰かの間に挟まっている。人と人の輪の中にハマってる。

 そう、何故なら……狭宮沙恋はきっと、ずっと、俺たちみんなに挟まりたいのです。

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狭宮沙恋は挟まりたい! ながやん @nagamono

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