ダンジョン

月コーヒー

1


 日曜の朝から、何もすることがなくリビングのソファでだらだら寝ころんでいたら、背後から近づく気配に気づいた。


「お兄ちゃんたち! ダンジョン配信手伝って?」


 10年前、突如として謎の空間―ダンジョン―が日本中、いたるところに出現する。


 民家のトイレの壁に、奈良の大仏の膝頭に、国道の真ん中に、真っ白な石材で四角く縁どられたダンジョンの入り口は現れ、そこを通ると異次元につながってるとかで、迷宮へ、森へ、洞窟へと様々な場所につながっていた。


 ……それらのダンジョン攻略は、すぐに動画投稿サイトの人気コンテンツとなる。


 妹の和子もまた、迷宮探索している様子を配信することで、生計を立てようとしていた。


 お兄ちゃん達としては、妹にはちゃんとした職についてほしい。


 しかし、今さら反対したところで……なのだ……。


「スマホで撮るんですか?」


 三郎が尋ねた。


 寝ころんでた僕は、起き上がり和子と正対する。


「専用のカメラ、買っちゃった! ついでにライト、つなぎに手袋、と準備オッケーだよ!」


 やっぱりな。もう引き返せないところまで来ている……反対なんかしても無駄だ。


「ああ、手伝ってやろうぜ。かまわんよな2人とも」


 次郎が同意を求めてくる。


 僕と三郎がうなずいた。


「ほんと!? ありがとうお兄ちゃん! 大好き!」


 和子が笑顔になって、僕ら3人を束ねるように抱きついてくる。


「日給、5000円で良いよ。な、それぐらいで良いよな」


 僕は次郎と三郎に尋ねた。


 しかし、その瞬間、和子が無表情になって僕を見つめてくる。


「いやいや、メイド喫茶の時給すごく良いだろ……お兄ちゃん達は金欠なのだ」


 和子が目を瞑り、弥勒菩薩みたいになる。

 

「……ただで良いよ」

「ありがとうお兄ちゃん! 大好き!」


 と和子がしゃがみ、足元にあったリュックを差し出してきた。


 中には、僕達用の探索グッズが入っている。


「で、どこのダンジョンに行くんだよ。駅の隣のやつか?」

「違うよ」

「よっちゃん家の庭にあるダンジョンですか?」

「違うんだな、これが」


 和子がニヤつきながら首を振った。


 はて、じゃあどこだ?


「……わからないな、どこ?」

「ふっふっふ……ついてきて」


 和子が、ゆっくり歩き始める。


 僕らはそのあとをついていった。


 リビングから出て、廊下を行き、階段を上がっていく。


 え? ……上?


 てっきり玄関に向かってるもんだと思った僕は困惑した。2人を見ると同じように戸惑っている。


 階段を上り、和子は自分の部屋のドアを開け、僕らに手招きした。


 カーテンやマット、掛布団がピンク色の6畳の部屋。女の子から市全体的にピンク色が眼立つ。


 漫画でいっぱいの本棚と、化粧品でいっぱいの勉強机、その反対側の壁にはベッド。


 そのベッドが壁に立てかけられていた。


「……嘘だろ」


 僕らは、目を疑った。


 ベッドの下の床には、真っ白な石の縁のダンジョンの入り口があって、下り階段が伸びている。


「あのね、片付けしてたら見つけたの」

「見つけたって、今まで気が付かなかったのか?」

「うん、まさかだよねっ」


 僕は入り口を覗いた。


 僕の後ろから次郎と三郎も顔を出して覗き込む。


 入り口から暗闇が流れ出して、最初の数段から下は見通しがつかない。


「建築物のダンジョンだぜ、これ……珍しい」

「そうよ、前に建築物のダンジョンで金貨の山を見つけたニュース、見た?」


 次郎は和子を見た。


「……見つかるかも知れませんね」


 次郎がそう答えると、


「そしたら配信とか良いや、がははははは」


 和子は笑いだした。


「否定するのもあれですし、期待できる言葉を言ってやったのですが、良かったですよね……」


 次郎が小声で僕らに言ってくる。


 和子は笑い続けている。


 なんと品のない笑いだ……。


   ◇


「皆ー、アリサでーす! 今日はダンジョンの配信をします! よろしくー!」


 俺は言われた通りカメラマンとなり、……アリサを映していた。


 メイド喫茶での名前らしい。


 お得意さんが見ているらしい。だからこの名前でやってるらしい。


 いつものダンス動画で良いんじゃないかな……可愛いんだし……。


 僕らは、おそろいの真新しいつなぎ姿になり、次郎は三郎はライトを僕の後ろで持って照らしている。


 あの和子の部屋の入り口から、急で降りにくい階段を下りきると、細い地下通路が伸びていた。


 ライトで照らした天井は高く、10メートルはある。床には埃が分厚く積っていた。


「お兄ちゃん、ちゃんと映ってる? 光は大丈夫?」


 指で丸を作った。


 和子が満足そうにウインクする。


「それじゃあ、早速張り切っていきましょう!」


 和子はナイフを抜き、腰に手を当て、光る刀身を高く掲げた。


 そのまま停止する。


 どうやら編集ポイントというものらしい。


 しばらくして、危なっかしい手つきでナイフをしまう。


「和子、それは預かる」


 僕はナイフを取り上げた。


「ああ、何すんのよ。雰囲気出ないじゃないのっ」

「危ないだろ」

「ぶーぶーぶー」

「膨れてもダメ」


 和子はため息をついて、懐中電灯片手に廊下を奥へと歩き出す。


 僕らはそのあとをついていった。


 一歩踏み出すごとに埃がもうもうと舞い上がる。


 廊下を行くごとに天井が高くなっていっていた。


 そして廊下の突き当り、高くそびえる門が現れる。


「ああ、何でしょう、これは!」


 和子が驚きの顔でカメラにぐいっと寄ってきた。


「見てください!」


 指し示されるまま、門へとカメラを向ける。


 門には、絵が描かれていた。


「廊下の突き当り、我々の電灯に照らし出されたのは、あの、エジプトのやつみたいな、文字! そして、絵です! ……何のだろう?」


 人、の絵が描かれていた。


 いずれも裸だったが、大勢の視線の先にいる1人の人だけ、頭からパンティーを被っている。


 ピンク色のスケスケで、ここだけ絵の中で唯一ピンク色が使われて、きれいだった。


「なだろう、まさかパンツ!? これ!? 何の絵だよ! ははははは」


 和子は笑って、しばらく絵をネタに色々話していく。


 僕は、何か被ったこの人は、パンティをかぶるところなのか、脱ぐところなのか、どっちだろうと気になっていた。


 姿勢全体が凄くゆがんでいる、なんか必死にしているみたいだ。


「さっ、絵なんてほっといて、中に進みましょう」


 和子が力いっぱい門を引くと、キーっと甲高い音を立てて開いていく。


 中は、全く同じ通路が伸びていた。


 僕らは埃を巻き上げ、進んでいくと、通路が二手に分かれる。


「どちらにしようかな、天の神様の言う通り、よしこっち!」


 和子のあとに続いて右に行く。


 その後も、通路は四方八方に枝分かれしていて、迷路みたいになって……いや、迷路だ、ここは。


「迷路になっています。戻る時の事を考えて、一度引き返しませんか」


 次郎が言った。


「そうだぜ、誰か帰り道は覚えてるんだよな」


 三郎が尋ねるのに、

 

「覚えてますよ」


 次郎が、やれやれといった風に足を止め、戻ろうとする。


「そうだな、和子、出直すぞ」

「待って、何あれ」


 和子が、通路の先を懐中電灯で照らしていた。


「何だよ」


 見ると、突き当りに何かある。


 誰が言うともなく、それを確かめてから帰ることになった。


 僕らは、それへと近づいて行く。


 カメラは回しっぱなし、でも和子はもう演技してなかった。


 次郎も三郎も、ライトは、それを照らして正体は何かを探っている。


「ミイラよ」


 和子がつぶやいた。


「そこじゃねぇだろ」


 三郎がつっこむ。


「この人のパンツ被ってますよ、リボンがついてる女の子の物です」


 次郎が、ライトでパンツを照らした。


 リボンが付いた白いパンツを、ミイラは被っている。


 僕はカメラでミイラの全身をゆっくり撮った。両手両足を広げ、壁に張り付けられている。


「いや待ってよ、ミイラの方でしょ。注目すべきは。なんでみんなパンツなのよ」


 和子が強い口調で反論した。


「どっちもだ」


 僕は仲裁に入る。


「ダンジョンで人の遺体が見つかったのなんて初の例だ。警察に言わないと」

「誰なんでしょうか、この人? 古代人? 異世界人?」


 次郎が興味深そうにゆっくり近づいて行った。


 次郎のライトがミイラの手元を照らす。


 手に金属の杭が刺さって、それがピカッと反射した。


「杭で、壁に張り付けられています」


 人一倍、好奇心のある次郎だ。


 僕ら3人が気味悪がって近づけないのに、ひとり楽しそうにミイラを隈なく見ていっている。


「ミイラは何も着ていません、いや、パンツを着ていると言っていいのでしょうか、これは……?」

「どうでも良いわよ」


 和子が言った。三郎と僕は頷く。


 次郎が、僕らを無視して足元を照らした。


「足にも杭が……腰、両肩にも、見えにくいですがありましたし。なんと……すごいですね……」


 そして次郎がミイラの顔にライトを、突き付けるように照らす。


 眼球のない、深くくぼんだ目の奥を覗きこんでいた。


「うわ!」


 急に次郎が叫び、後ずさる。


「ゴホッゴホッ、ひどい、なんか粉末がまきあがってしまい、ました、ゴホッゴホッ……」


 その時だった。


 ミイラの被っていたパンツが、くねくね動き始め、捲れていく。


 やがて、ミイラの頭の上にちょこんと乗った。


「どうしました?」


 僕ら3人が黙り込んで、パンツの動きを見ているのを不審がって次郎がポカンとした顔になって尋ねてくる。僕はカメラをパンツにズームアップした。


「おい、パン――」


 と三郎が言いかけた時、パンツが頭の上から落ちた。


 落ちつつ、パンツは体を広げる。


 ミイラの下でポカンとしていた次郎の頭にパンツは落下した。


 次郎の頭をスッポリ包み込む。


 瞬間、


「ぎゃああああああぁぁぁぁぁ!」


 次郎がけたたましい金切声をあげた。


 指でバンツを引きはがそうと、めちゃくちゃにかきむしり始め、支離滅裂な叫び、のたうち回る。


「がぁぁぁぁ、いやぁぁぁぁ、ぎゃああああああぁぁぁぁぁ!」


 しかし、パンツはぴったりと張り付いていて、剥がすことはできずにいた。


「助けて! 痛い! うわあぁぁぁ! 助けて、助けてぇぇぇぇ!」


 次郎が助けを求める声を叫び、苦悶の泣き声をあげる。


「次郎!」


 僕は駆け寄り、パンツを剥がしてやろうと体を起こした。


「和子、ライト頼む」


 三郎がライトを渡すと、和子の照らす中、僕と一緒に次郎がかぶっているパンツに手を伸ばす。


「あっ、次郎!」

「ぎゃあああぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 次郎は悶絶しながら暴れ、僕らの手を逃れると無暗やたらに走り回り始めた。


 和子が、口元を押さえ恐怖の表情で距離を取りつつ、次郎の走り回るのを追って照す。


 次郎は、ダンジョンの奥へと走り去って、闇の中へと消えていった。


「なんだよ! なにがどうなってやがる! 次郎、おーい!」


 三郎が叫び声が響く。


 しかし、その後すぐに次郎の悲鳴に上書きされた。


「何!? 明るくなったよ!?」


 真っ暗だったダンジョンに小さな光が灯る。


 和子がおどおどと辺りを見渡していた。


 天井、壁、床が淡く発光している。


 どうやらダンジョン全体が薄暗く、発光しているっぽい。


 薄暗いので、次郎の行った先の方は見えない。


 あいつ、どこまで行ったんだ?

 

「ねぇ、なんなの!? 何が起こったの!?」

「話してる場合じゃない! 追うぞ!」


 僕はカメラを止め、次郎を追いかける。


 次郎はライトを捨て、ついてきた。


 慌てふためく和子も、その後からついてくる。


 先はやはり二股に道が分かれていた。


 次郎がどっちに行ったのかわからず、しばらく佇んでいると。右の方から絶叫が聞こえてくる。


「こっちだ!」


 それからも、ダンジョンの奥から絶叫が繰り返し聞こえてきた。


 その絶叫には、気味の悪い不気味な響きがある。


 ダンジョンの壁に反射しているせいで、コーラスみたいになっていた。


 そのことが、すごく不気味な音響効果を出している。


 ああっ、耳を塞ぎたくなる。


 早く見つけないとっ。


 ダンジョンの中を、絶叫の音源とおもわしき方向へと走っていった。


 帰りの事が頭をよぎったが、それよりも、次郎をおいては帰れない。


 一応、道は覚えていこう。


 まぁ帰れなくなっても、母が僕らがいなくなったのに気づいて、和子の部屋の入口に気づいてくれるだろうけど、多分。


 右へ左へと、いくつも分かれる道を進む。


「もう駄目、待って」


 和子が、息も絶え絶えになり壁に手をつき歩き出した。


 三郎も肩で息をしている。


 ペースを落とさざるを得なくなった。


「ああ、ゆっくり行こう」


 遠くの方で、変わらず絶叫は聞こえてくる。


 ……次郎……。


 通路が目の前で、3つに分かれていた。


「ちょっと休ませて」


 和子が座り込む。


「ん?」


 左の通路からゆらめく影が目の前に現れた。


 なんだ?


 顔だけ出して、左の通路をのぞき込む。


 僕は愕然とした。


 通路の向こうまでずっと、おびただしい数のパンツがウジ虫めいた動きでひしめき合っている。


 たまに煮えた油が飛ぶようにパンツが、跳ねていた。


 跳ねたパンツは体を広げ、パラシュートのようにゆらゆらと空中を漂って落ちていく。


 僕の見た影は、その影だった。


 赤、白、黄色、水色、ベージュ、紫、黒。あらゆる色のパンツがある。


 水玉、いちご柄、ストライプ、柄も多様だ。


 際どいのから、ゴーシャスなのまで、形もいろいろ――と、、パンツの群れの何枚かがこちらに飛んでくる。


「ああああああ!」


 止まっていた鳥たちが、そのうち1羽が飛ぶと、つられて一斉に飛ぶように、パンツたちが分かれ道へと一斉に躍り出た。


 僕は後退する。


「きゃああああぁぁぁぁ!」


 座り込んでいた和子が叫んだ


 とんでもない素早さで、パンツたちは僕らのいる通路に、洪水のように雪崩れ込んできた。


 僕と三郎が飛び退る。


 こっちに流れてくる途中で、和子がうねる波に飲み込まれていった。。


 しかし、僕も三郎も、どうすることもできない。


 それ以上に、和子のいた場所でパンツたちが激しく群がって膨らんでいるたのを、見ていられなかった。


 僕らは踵を返すと、通路を駆け出す。


 パンツの大群は、そのすぐ後を追ってきた。


「俺らを狙ってやがる!」


 三郎が振り返り叫ぶ。


「振り返るな! 逃げるんだ!」


 無数に別れ道のあるダンジョンを、僕らは逃げた。


 全力で走り、パンツたちを振り切ろうとするが、振り切れない!


 それがパニックになって、二手に分かれる道で、僕と三郎は別々の道に逃げてしまった。


 次郎を連れ戻したかったが、引き返すことは、パンツが許してくれない。


 僕は、和子から取り上げたナイフを思い出した。


 持っていたカメラを左手に持ち、片手で取り出し、鞘を抜き捨てる。


 ぎゅっと右手に握ったまま、ダンジョン内を走り続けた。


 一応、覚えていた通りなら、あのミイラの所に戻るはずだ。


 記憶力には自信がある。


 走り続けていると、違和感が起こった。


「あ……?」


 なんだ……?


 ……いつの間に……?


 後ろを追ってきていたパンツたちがいなくなっている。


 ダンジョン内が、静まり返っていた。


 次郎の叫び声も聞こえてこない。


 ……助けを呼ぼう。警察に連絡だ。このダンジョンは危険なところだ。


 そんなこと、ほとんどないはずなのに。


 危険なものに当たってしまった。


 あれはモンスターか? そんなのがいるなんて話、聞いたことないぞ。


 僕は通路を進んだ。


 和子と三郎も、どうなったんだろう。


 無事だよな? きっとまた会え――


 うすぼんやりとしている通路を進んでいると、不意に人影が現れた。


 あのミイラか。


 と、初めは思った。


 しかし違った。


 人影は、ぎくしゃくした動きで、こちらにやって来るのだから。


 僕は動けなくなった。


 ただ、そいつに道を開けるように、壁側に体を避けるので精一杯だった。


 声も発さない。


 呼吸も止めた。


 握り締めたナイフを見る。


 ……駄目だ、使えない……。


 人影は大股で、ぎくしゃく、両手をブンブン振り歩き、僕とすれ違っていく。


 あ、あああ……あれは……三郎……。


 真っ赤なスケスケパンティを被った三郎だった。


 パンティから、三郎の顔が見えた。白目をむいていて、鼻からは、両方の穴から鼻血が噴き出ていた。


 とても、もう正気とは思えない。


 歯の根も会わないほど震えながら、僕は再び走り出した。


 するとすぐに、通路の先に、また人影が見える。


 今度は、あのミイラだった。


 僕はここからの帰り道の記憶が確かなうちに、さらに急いで走り出す。


 もうすぐ出口だ。


「……?」


 なんだ……後ろから……?


 振り返ると、パンツの群れがすぐそこの通路からひしめき合って、溢れだしてきていた。


「ああああああああああ!」


 絶叫し逃げる僕の後ろを、パンツは追ってくる。


 くそぉ!


 走り逃げる僕の前に、あの絵が描かれた門が現れた。


 開けっ放しにした扉の間から、部屋へと通じる階段が見える。


 溺れたところに投げ込まれた浮き輪のように、感じた。


 希望という概念が、目視で来たのと一緒だ。


 僕は一層早く階段へと駆ける。


 門をくぐり、僕は力いっぱい門を押した。


 キーっと甲高い音を立てて閉まっていく。


「はぁはぁ……」


 さすがに、体力も限界に来ていた。


 息が切れて、苦しい。


 閉まりかけた門に、僕はもたれかかる。


「はぁはぁ、はぁはぁ、はぁ――」


 その時、だしぬけに音もなく、上から何かが僕の頭に落ちてきた。


 忽ちのうちに、ピンク色の何かに目が塞がれる。


 落ちてきたそれは、水泳帽のようにピッチリ頭を締め付けてきた。


 同時に、激痛が走る。


 無数の針で刺されたような、大根おろしに掛けられているような、そんな痛みが皮膚を襲ってきた。


 それからすぐに、内へと痛みを移動していく。


 脳みそへと集まっていくように、肉が焼けるように痛み出し、次に骨がギシギシ痛み出した。


 僕は、カメラを落とし、右手に握ったナイフを振りかざす。


 身を守るために本能的に、ナイフを両手で握って、自分の頭を締め付けてくる物に思いっきり突き刺した。


 何度も何度も、めった刺しにする。


 鋭い刃は、締め付けてくる物を突き抜け、僕の頭に突き刺さった。


 しかし、この激痛と比べれば、ナイフの痛みなど、どうでも良い。


 突き刺し、切り裂きながら、落ちてきたそれを掴み引き剥がそうと引っ張る。


 たくさんの傷を、それに負わせていると、ふいに、塞がれていた目に、光が見えた。


 目の上から、ピンク色の布切れが、僕の血を滴らせ垂れ下がってくる。


 また塞がれる視界に、


「ああああ!」


 叫び、ナイフを捨て、両手でそれをむしり取り、ずたずたになった血まみれのパンティを投げ捨てた。


「はぁ……はぁはぁ……はぁ……」


 目に入ってくる血をぬぐい、やっと視界が回復る。


 目に飛び込んできたのは、キーっと開いていく門だった。


「あ……?」


 色とりどりのパンティたちが、襲い掛かってきた。

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ダンジョン 月コーヒー @akasawaon

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