勘違いするなよ

 感じる。

 この扉の向こうに、魔王がいる。 

 それも……図抜けた強者たちが。

 初めてかもしれない。

 魔王を前にして、これほど身体が震えたのは。

 恐怖?

 違うな。

 武者震いってやつだ。


「招待状は受け取ってくれたみたいだね? リリス」

「久しぶりじゃのう。ルシファー」

「ああ、少し見ないうちに大きくなったんじゃないか?」

「たわけが。百年ぽっちで悪魔の見た目がかわるわけないじゃろう。ぬしらも変わっておらんな」


 強者の前だというのに、リリスが珍しく強気でしゃべっている。

 相手が彼らだからだろう。

 大魔王の元幹部たちは、リリスと面識がある。

 それから……。


「おいおい、こいつはどういことだ? ルシファー!」

「ん? どうしたんだい? ベルゼビュート」

「どうしたじゃねーだろ! てめぇ、説明しやがれ! なんで勇者がここにいる? しかもこいつは……」

「そうだね。『最強』の勇者アレンだ」


 知った上でルシファーは俺たちを招待した。

 突然立ち上がり、ルシファーに詰め寄った大男がベルゼビュートか。

 

「びっくりしちゃいまいたよぉ~ 招待したのって勇者だったんですねぇ~」

「そうだよ、ベルフェゴール。驚いてくれたようで何よりだ」


 その隣にだるそうに座っている子供が……ベルフェゴール?

 見た目はリリスと大差ない。

 けど、内に秘められた魔力の量が尋常じゃない。

 間違いなく、この中でもトップクラスの実力者。

 他に座っている四人も大罪の悪魔か?

 見ない顔ぶれが多い。

 さすがに顔と名前は一致しないだろう。

 他の四人の魔王と比較しても、ベルゼビュートとベルフェゴールの力は強大だ。

 頭一つ抜けている。

 が、それ以上にこいつは……。


「こうして話すのは初めてだね? あえて光栄だよ、勇者アレン」

「こんな対面をするとは思わなかったけどな。魔王ルシファー」


 俺たちが互いに視線を交わす。

 四人の魔王より、先に挙げた二人より、この男は強い。

 魔界最強の魔王……。

 俺と同じ、最強にいる存在。

 ダメだな……手が震える。


「嬉しそうな笑顔ね」

「――!」


 無意識だった。

 俺はルシファーを前にして、笑っていたのか?


「――で、どういうつもりなんだよ」

「ん?」

「惚けた顔すんじゃねーよ。こいつら呼び寄せて何がしたかったんだ? つーか、なんで勇者アレンとリリスが一緒にいるんだ?」


 魔王ベルゼビュートがリリスを睨む。

 巨漢に似合った鋭く怖い視線を前に、リリスは一瞬ビクッと身体を震わせた。

 が、幸いなことに顔見知り故か、すぐに持ち直す。


「アレンはワシの部下になったのじゃ」

「部下? 勇者がお前の配下になったっていうのか? 冗談だろ、おい」

「事実じゃ。じゃからワシらは共におる」


 ベルゼビュートは静かにリリスを睨む。

 数秒の沈黙を挟み、小さくため息をこぼす。


「……はぁ、ガッカリだぜ」


 その視線は、冷たく静かに怒っていた。

 否、呆れていた。

 リリスもそれを感じ取り、ぶるっと身体を震わせる。


「仮にも大魔王の娘が、勇者の力に頼りやがったか。恥知らずにもほどがあるぜ」

「なんじゃと……」

「事実だろうがよぉ。てめぇ一人じゃ何もできねーから、勇者に泣きついて部下になってもらったんだろ? こんな奴が娘って……大魔王様も笑ってるだろうよ」

「貴様……言わせておけば……」


 挑発され、怒りで身体を震わせるリリス。

 父親まで馬鹿にされて、彼女が黙っているとは思えない。

 今すぐにでもペンダントの力を使い、ベルゼビュートに襲い掛かりそうだった。

 俺はそうなる前に制止する。


「……アレン」

「今は抑えろ、リリス」


 彼女自身わかっているはずだ。

 今、ここで自分が暴れたところで無意味なことは。

 この場にいる魔王の中で、自分が一番劣っているのだから。


「その怒りはとっておくんだ」

「……うむ」

「言っとくが、さっきのセリフはてめぇにも言ってんだぜ? 勇者アレン」


 ベルゼビュートは続けて俺を睨んでくる。

 明らかな敵意、殺意のこもった視線を向ける。

 俺は視線を返す。


「最強の勇者ともあろうものが、そんな弱い悪魔の手下? はっ! 最強ってのは戦いじゃなくて子守のことだったか!」

「……」

「こんだけ煽られて何も言い返せない。所詮てめぇらその程度の――」

「勘違いするなよ」


 瞬き一回。

 刹那のひと時に、彼らは目撃する。

 七つの異なる聖剣が、自らの眼前に突きつけられたことを。

 その全ての聖剣が、俺の力であることを。

 俺は円卓の上に乗り、ベルゼビュートに原初の聖剣を向けている。

 他の奴らは拳一つ分離れているが、ベルゼビュートは特別に、肌に刃が触れる距離まで近づけた。


「てめぇ……」

「俺がその気になれば、この場で全員を殺すことくらいできるんだよ。でも、それじゃ意味がない。【大罪の権能】だったか? その力は悪魔が倒さないと奪えないって話じゃないか」


 彼らが持つのは大罪の称号だけではない。

 その名を冠するが故に持つ特殊な力、【大罪の権能】をそれぞれ有している。

 権能を持つ悪魔に別の悪魔が勝利した場合、勝者に権能が移る。

 権能は悪魔にしか使えない。

 他の種族が仮に勝利しても受け継げず、権能はランダムで他の適応者のもとへ移動してしまう。


「お前たちを倒すのはリリスの役目だ」

「リリスがオレたちに勝てると思ってんのか?」

「勝てるようにするんだよ。あいつはいずれ必ず、大魔王と呼ばれる存在になる。最強の俺が鍛えてるんだ。最強になってもらわなきゃ困る」

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