『大罪の魔王』編

お互い頑張ろう

 魔界において、魔王の名は強者の証である。

 強さを求める者、強さを手に入れた者、強さを願われた者……。

 理由はどうあれ、経緯はどうあれ、名乗ることは誰でもできる。

 ただし、強くなくては生き残れない。

 魔王の名はすなわち、己の強さを知らしめるための道具に過ぎない。


 しかし、彼らの中には存在する。

 単なる肩書でもなく、強がりでもない。

 資格なき者は決して名乗ることが許されない……真なる魔王が。


「――ルシファー様、ご報告がございます」

「なんだ?」


 たった一言。

 何気ない言葉一つに込められた圧力に、配下の悪魔は身体を震わせる。

 王は苛立っていた。

 否、退屈していたのだ。

 下らない報告など聞きたくないと、声に出さずとも態度で伝わる。

 配下の悪魔は悩みながらも、報告を口にする。


「北の辺境にて……魔王と勇者が手を組んだという情報があります」

「……へぇ」


 魔王はニヤリと笑みを浮かべる。

 興味を持ち、前のめりになる。


「誰と誰?」

「だ、大魔王サタンの娘……リリス」

「ああ、あの娘か」


 期待は裏切られた。

 そう言いたげに、魔王の表情から興味が薄れる。

 が、もう一人の名を聞いたとき、彼は再び興味を取り戻すだろう。

 なぜならその男は――


「もう一人は、勇者アレンです」

「――! 最強の勇者……アレンか」


 人間界において最強の存在。

 数々の魔王を討伐し、未だ敗北を知らない強者。

 人間界のみならず、魔界の悪魔たちも、その名を知らぬことはない。

 誰もが知る……最大にして最強の敵。


「かつての大魔王の娘と、現代最強の勇者が手を組んだ? 一体何があったんだ?」

「はっ! どうやら人間たち、というより国王から裏切りにあったようです」

「それで未熟な魔王の配下に? 面白いことを考えるじゃないか。最強が最弱に仕える……か」


 弱き者に興味などない。

 彼は常に欲していた。

 自身と対等に戦える存在を、その地位を脅かせる強者を。

 勇者も、魔王もとるに足らない。

 唯一、彼の期待に応えることができるとすれば、勇者アレンをおいて他にいない。

 最強の相手は、同じ最強ではなくては務まらない。


「そのうち会えるかもしれないな。勇者アレン」


 彼こそは『大罪』の一柱。

 『傲慢』の魔王――ルシファー。

 現代魔界において、最強の魔王である。

 

  ◇◇◇


「そろそろ出発するよ」

「ああ、傷は十分に癒えたか?」

「最初から、怪我なんて大したことはなかったよ。君なら知っているだろ? 勇者っていうのは頑丈なんだ。簡単には死なせてもらえない」

「そうだったな」


 最強のコンビ、勇者レインと勇者フローレア。

 二人との激闘から一夜明け、魔王城は落ち着きを取り戻す。

 本気で殺し合った相手と同じ建物で夜を明かすのは、中々にスリリングな体験だった。

 もっとも、戦いを終えた二人に敵意はなかったが……。


「念のため最後に聞くけど、戻ってくるつもりは……」

「ない。俺には俺の目的がある。そのために、俺はこいつと一緒にいる道を選んだんだ」


 俺は隣にいるリリスの頭をがしっとつかむ。


「な、なんじゃ! 急に頭を掴むな!」

「……全種族の共存、だったね」


 レインは小さく長く息を吐き、リリスに視線を向ける。

 その視線に敵意や怒りはなく、小さな子供を見つめる優しい目をしている。

 だからリリスも、怯えることなく目を合わせた。


「本気でそれを望んでいるのかい?」

「もちろんじゃ! ワシのお父様が成しえなかった夢! 絶対に叶えて見せる!」


 真剣に、まっすぐに目を逸らさず宣言した。

 レインは見つめる。

 彼には俺のように、相手の嘘を見抜く加護はない。

 そんなものがなくてもわかるはずだ。

 多くの人々を見てきて、たくさんの戦いを経験した彼ならば、その瞳に嘘がないことが……。


「……夢、か。確かに夢だね。普通は誰も考えない。考えても実行に移せない。少なくとも僕には思いもつかなかった」

「俺もだよ。こいつに言われるまで考えたこともなかった」


 この世界には多くの種族が存在する。

 長らくいがみ合い、淘汰し合ってきた歴史がある。 

 今もなお、世界のどこかで戦いは起こっている。

 俺たちも戦渦の中にいた。

 人という種族を守るため、他の種族の未来を潰してきた。

 間違っていたとは思わない。

 それでも、他の方法があったんじゃないかと、後悔したことはいくらでもある。


「正直ムカついたよ。俺より弱いくせに、俺よりずっと先を見据えている」

「よ、弱いとかいうな! ちょっとは強くなっとるじゃろ!」

「そうだな。少しずつだが……」

「ははっ、まるで師匠と弟子みたいだね。いや親子……ううん、兄妹かな?」


 兄妹?

 俺とリリスが?

 俺たちは互いに目を合わせる。

 それから揃って、レインに言ってやる。


「どこがだよ」

「どこがじゃ」

「あらあら、呼吸もぴったりですね」


 いつものように崩れない笑顔で勇者フローレアが言う。

 リリスとサラに負けた彼女だったが、身体には傷一つ残っていない。

 俺たちと同じく頑丈だ。

 むしろ勝利した二人のほうがどっと疲れているくらいに。

 リリスは彼女が苦手らしい。

 戦意はなくなっても警戒して、俺の後ろに隠れる。


「なんでケロっとしとるんじゃ!」

「ふふっ、あの程度で動けなくなるほど弱くはありませんよ」

「……負けたくせに」

「ええ、私は敗北しました」


 未だ彼女は笑顔のままだった。

 だが、その笑みには初めて、悲しみが漏れ出ている。

 彼女は敗北を認めた。

 自らを善とし、悪と定めた者に挑み、敗北した。

 その事実を、彼女は噛みしめているのだろう。


「すまない、フローレア。僕の我儘に付き合わせてしまって」

「いいえ、謝らないでください。私は善を愛し、悪を憎みます。私が定めた善のため、悪を滅ぼすことに変わりはありません」


 語りながら、リリスに視線を向ける。

 リリスはビビって身体を震わせたが、彼女の視線に敵意は一切なかった。

 穏やかで、不気味な笑顔のまま彼女は言う。


「私はレインを信じております。あなたの善は、私の善です。あなたが彼らを善と定めたのなら、それは私にとっても同じこと。レインが信じると決めたのなら、私も彼らを信じましょう」

「フローレア」

「信頼されてるな」

「……ああ」


 このコンビが最強と言われるのは、能力に限った話じゃない。

 彼らは互いに信じ合い、いかなる時も背中を預ける。

 強さを、思想を、願いを共有しているからこそ、迷うことなく戦える。


「今だから言えるけど、ずっと羨ましいと思ってたんだよ」

「僕をかい?」

「ああ。俺は長く一人で戦ってきた。背中を預けられる相手なんていなかった。いつだって、背中を刺されるかもしれない恐怖と戦ってきた。羨ましいと思うだろ?」

「アレン……君は……」


 自分が結構、寂しがり屋だということに気付かされた。

 こうして彼らと対峙して、それを思い知らされた。

 一人で戦えるから大丈夫、じゃないんだ。

 俺はずっと……背中を預けられる仲間を欲していたのかもしれない。


「でも、君はもういるじゃないか」

「ん? ああ……」


 俺とレインの視線は、俺の後ろに隠れた小さな魔王に向けられる。

 

「な、なんじゃ?」

「まだ弱っちくて安心できそうにないな」

「これからだよ。君が教えてあげればいいんだ。最強を、ね」

「ああ」


 そうするよ。

 俺たちの理想を叶えるには、最強一人じゃ足りないからな。


「じゃあ行くよ」

「ああ、頑張れよ」

「お二人もお元気で。もしも悪さしたら、その時は容赦なく鉄槌を下しますよ」

「わかっております」

「も、もう二度と来るな!」


 二人の勇者は去っていく。

 魔王城から悠々と。

 新米魔王と、元勇者と、そのメイドに見送られながら。

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