最強のままで

 二人は腹をくくる。

 先に動いたのはサラだった。

 聖剣アテナと融合した大剣を振るい、フローレアを攻撃する。

 常人ならざる怪力を持つ者同士、肉体的な条件は五分である。

 が、当然優位はフローレアにある。


「力だけでは勝てませんよ」


 鍔迫り合いから光の光線を至近距離で放つ。

 サラはギリギリ回避して畳みかける。

 張り付くほど至近距離で、攻撃を加え続ける。


「時間稼ぎですか? もう一人の悪魔が何かしていますね」

「だとしたら何ですか?」

「無駄ですよ。ここに私がいる限り、全ては私の支配下です。入念に準備した魔法も――」


 地面に配置された魔法陣が複数破壊される。

 全てリリスが準備していたもの。

 発動と同時に、フローレアを外に転移させる魔法だった。

 が、破壊された。

 聖剣テミスの効果は範囲。

 一定領域内に聖剣の力が満ちて、あらゆる魔法を阻害する。

 

「くそっ」

「無駄な足掻きでしたね」


 作戦は失敗した。

 ペンダントの効果も切れる。

 これで終わり――


「かかったな」

「え?」


 直後、巨大な魔法陣が地面に展開された。

 フローレアは焦りを見せる。

 

「どうして魔法が……」

「ここがどこかお忘れですか? 魔王城、敵の拠点です。なんの仕掛けも施されていないと思いましたか?」

「まさか――」


 魔王城には防衛のため、様々な魔法が備わっている。

 アテナの効果は範囲内の魔法発動の妨害。

 魔王城全体に施された魔法は、彼女の効果の外である。

 故に阻めない。

 フローレアを暗闇が襲う。

 漆黒の結界に包まれ、外部との交信を絶たれた。


「こんな結界」

「もう遅いですよ」


 眼前にサラが大剣を構えて迫る。

 咄嗟に防御姿勢になるフローレアに、サラは大剣を捨てて見せた。


「え……」


 一瞬、気が緩む。

 聖剣アテナの効果は融合。

 その対象は、生物も含まれる。

 手放す直前にサラは、アテナの融合対象を自身に変更した。

 今、聖剣は彼女の身体に宿っている。


「歯を食いしばってください!」 

「ぐっ、う……」


 文字通り聖なる拳が、『最善』の勇者を殴り飛ばした。

 手から十字架を放し地面に倒れ込む。

 漆黒の結界が消失し、子供に戻ったリリスが歩み寄る。


「やったのう」

「はい」

「……悲しいですね。それだけの力があって……悪に惑わされてしまうなんて」

「こやつまだ……」


 リリスは大きくため息をこぼす。

 サラも、呆れた顔をする。


「私は自分の意志でここにいます。勝手に決めつけないでください」

「悪魔じゃから悪という考え方をしておるみたいじゃが、それこそ悪い決めつけじゃ!」

「ふっ……ははっ、何を言っても無駄ですね。でも……まだ終わっていません。私には彼がいますから……」

「……そちらもすでに、決着がついているようですよ」

「え……ああ――」


 二人の視線の先で、確かに決着していた。

 最強が立ち、最強になれなかった者が膝をつく。

 勝者は――


  ◇◇◇


「はぁ……はぁ……」

「……どうして」

「ん?」

「どうして僕は、君に勝てないんだ」


 決着はついた。

 激闘の末、レインは膝をついている。

 立っているのは俺のほうだ。


「どうしてだ! 僕は勇者だ! 勇者の座を捨てた君とは違う! なのに……どうして、どうして君は、僕の先にいる?」

「レイン……」

「勇者に敗北は許されない。なら僕は……僕のほうこそ勇者に相応しくないじゃないか!」


 悔しさを拳に込めて、地面を叩く。

 彼の気持ちを理解できる……なんて言いたくはない。

 勝者が敗者に、ましてや勇者を辞めた俺が言えることなんて何もないんだ。


「あっちも決着がついたらしい。彼女をつれて王国へ戻れ。お前たちまでいなくなったら、王国の人々を守る奴がいなくなる」

「待ってくれ……どうして、裏切ったんだ?」

「……理由はならわかってるだろ? 先に裏切られた……だから、こっちについた」

「違う……違うじゃないか。君の心は、魂は、強さは未だ勇者だ。僕が知る最強の勇者のままだ! その証拠に、君は最後まで僕を傷つけないように戦っていただろう?」


 どうやら見抜かれてたらしい。

 情けない話だが、俺は人間を相手にすると躊躇してしまう。

 勇者が人を傷つけてはいけない。

 シクスズの時だって、殺すことはできた。

 そうしなかったのは、俺の弱さだ。


「弱さだなんて思わないでくれよ? それは強さだ。勇者らしい強さだ」

「お前……勝手に人の心を読むなよ」

「読まなくてもわかる。僕たちは勇者だ! 勇者の想いはすべて等しく、人々の平和だ。なら君も……」


 真剣に、信じるように俺を見つめる。

 こいつとは別に、仲がよかったわけじゃないのに……。

 似ていると言われたのは、正しかったかもしれない。


「俺は、勇者を辞めた。けど、敵になったわけじゃない」


 話しながらリリスを見る。

 あの小さく、まだ弱い魔王が言ったんだ。


「全種族の共存、それを叶えたいと思ったんだ」

「共存……それが、君たちの望みなのかい?」

「ああ、むちゃくちゃな夢だろ? けど、実現できたらすごいことだ」


 いがみ合っている全ての種族が手を取り合い、共に生きる。

 そんな未来があるとすれば、まさに理想的。

 真の平和って、そういうものだと思う。


「待遇に不満があったのも事実だけどさ。俺は彼女の夢に共感した。だから、これからはその夢のために生きようと思う」


 ずっと、少しだけ後悔していた。

 勇者を捨てる。

 そう決めて、リリスの元で働くようになって……。

 他に道があったんじゃないかとか、勇者に戻れるのならって、少し考えた。

 迷っていたんだ、俺も。

 でも今日、レインと戦って覚悟が決まった。

 

「俺は……俺の信じる道を行く。それでも俺を勇者と呼びたいなら好きすればいい。肩書なんて自分が決めるものじゃないからな」

「……ははっ、その通りだ」


 勇者レインは笑う。

 呆れたように、解放されたように。


「自然と誰かの幸せを見ている……そういうところも、勇者らしいよ」

「そうか? だったら俺は――」


 今もまだ、『最強』の勇者であり続けているのだろう。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

これにて『最強の勇者』編は完結です!


速く読みたいと言う方は、ぜひ『小説家になろう』版をご利用ください。

URLは以下になります。


https://ncode.syosetu.com/n2294hx/


よろしくお願いいたします!

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