探しに来たの?

 時間は過ぎて。

 夕方、と言っても外の景色は変わらない。

 魔界はずっと夜だから、朝も昼も夕方もない。

 時計の針で時間を確認しないと、今がいつなのかさっぱりだ。

 悪魔たちは感覚でわかるらしいが、俺は慣れるまで時間がかかるだろうな。


「今日はこのくらいで終わりにするか」

「ぅ……」

「なんだ? まだ特訓したいなら付き合うぞ?」

「……し、死ぬ。ホントに死ぬのじゃ」


 俺の横でリリスが地面にへたり込んでいる。

 ぐでーっとして、一歩も動けないという様子だった。


「情けないな。シャキッとしろ」

「無理じゃ馬鹿者! 魔力も体力も空っぽになるまで動いたんじゃ! もうちょっと労ってくれてもいいじゃろう!」

「それはこっちのセリフだな。お前、あの時出した条件一つも守れてないぞ」

「うっ……」


 俺を魔王城で雇うための条件。

 固定給の支払いはまだ先になるとして、定休日の確保と労働時間の規定。

 食事は全部無料で提供され、専属の使用人もつける。

 とか言っていたが、当たり前のように一つも守られていない。

 食事は俺が用意しているし、朝起こすのも俺の仕事で、魔王城の掃除もやっている。

 使用人を付けてもらうどころか、俺が使用人みたいだ。


「や、休みたいなら休めばよいじゃろ!」

「その場合、食事の用意は誰がするんだ? 掃除は? 洗濯は?」

「ぜ、全部ワシがやる!」

「できてなかったから俺が苦労してるんだよ」


 魔王城の中は埃まみれ、まったく掃除が行き届いていなかった。

 衣類も何着だってあるのに、洗濯もせず同じものを着ていた。

 食事に関しては、魔王城の地下に食糧庫があって食材は全部揃う。

 ただまともな料理をしていないのか、食材の残がいやら、食糧庫から出して腐らせたゴミが溜まっていた。

 ハッキリ言ってこいつに生活力はない。

 

「この際条件が守れていないことはいい。身の回りの世話も俺がやってやる。お前に任せると余計に仕事が増えそうだからな」

「な、なんじゃ! ここはワシの家じゃぞ!」

「俺もここで当分暮らすんだ。生活環境は清潔かつ整ってないとダメなんだよ。お前だってまともな飯が食いたいだろ?」

「む……それはそうじゃな」


 悪魔も食事をする。

 下級の悪魔は必要ないが、上位の悪魔ほど必要になる。

 日ごろから消費する魔力が多い分、食事や睡眠で回復させる必要があるんだ。

 彼女はまだ未熟だが、その身に秀でた才能を秘めている。

 だから彼女も、人間のようにちゃんとした生活をする必要がある。


「ちゃんと食べてちゃんと寝る。それで訓練もすれば必ず成長する。全部お前に必要なことだ」

「わ、わかっておる!」

「そうか。なら条件を守れるようになるまで、俺の言うことには従うこと。そういう約束だよな?」

「ぅ……そうじゃな」


 条件を守るのはこれからでいい。

 今すぐは期待しない。

 代わりに、俺の言うことには従うという条件を追加した。

 これに彼女も同意している。


「わかったら俺の言う通りにしろ。明日も朝から特訓だ」

「い、嫌じゃぁ」

「だったら条件の一つでも守ってみせろ。そうだな。使用人を今すぐ用意したら考えてやらんでもない」

「ほ、本当か?」

「ああ」


 まぁ無理だろうけどな。

 休みとか食事と違って、人員を増やさないといけない。

 だからあえて提案した。

 これで諦めてくれればいいと思ったんだが……なぜか瞳を輝かせている。

 まさか用意できるのか?


「まっておれ! すぐに用意してくるのじゃ!」

「お、おう……用意?」


 リリスは急いで廊下のほうへ走っていく。

 なんだか嫌な予感しかない。

 この流れは……。


 十数分後。


「お待たせなのじゃ。ご主人様」

「……おい、何やってんだ? リリス」

「見ての通り、ぬしのメイドさんじゃ!」

「……はぁ」


 案の定過ぎるだろ。

 呆れてため息しかでないぞ。

 戻ってきた彼女はメイド服に身を包んでいた。

 なぜメイド服があるのか疑問だが、それ以上に馬鹿らしい。

 準備ってそういうことか。


「今からわしはぬしのメイドさんじゃ! なんなりと申し付けるがよい」

「じゃあ明日も朝から特訓な」

「嫌じゃあああああああああああああああああ」


 この流れ何回目だ?

 いい加減諦めてくれないだろうか。

 俺は呆れながら言う。


「お前にメイドは無理だ。いいから観念して特訓しろ」

「嫌じゃ嫌じゃ嫌じゃ嫌じゃ」

「あのなぁ……」

「――メイドをお探しなら、ここにおります」


 声が聞こえた。

 後ろから、懐かしい声が。

 慌てて振り向く。

 どうしてここにいるのか。

 どうやって魔界の最奥にたどり着いたのか。

 疑問はいくつも浮かんだが、それ以上に感じたのは安堵と懐かしさだった。

 もう二度と、会うことはないと思っていたから。

 

「サラ?」

「はい。あまりに帰りが遅いので、お迎えにあがりました。アレン様」


 彼女はニコリと微笑む。

 不器用な笑顔で。


 数秒の静寂を挟む。

 お互いに顔を合わせ、様々な感情が交錯する。


「サラ……なのか?」

「はい。アレン様の専属メイド、サラです。もうお忘れになられたのですか?」

「……いいや、忘れるはずがないよ」


 王都で俺をずっと支えてくれた彼女を、俺が忘れることはない。

 こっちへ来てからも心配だった。

 今頃、彼女はどうしているかと。

 俺が裏切った影響で、彼女もひどい目にあっていないか。

 どうやら心配はなかったらしい。

 最後に会った時と変わらない姿を見せてくれた。


「なんじゃ? ぬしの知り合いか」


 俺の背後からひょこっとリリスが顔を出す。


「さっきメイドと聞こえたのじゃが」

「ああ、王都で俺の専属メイドをしてくれていたサラだ」

「ほう、専属メイドか。ふむ……」


 リリスはニヤっと笑みを浮かべる。

 何やら悪だくみをしている表情だが、今は置いておこう。

 俺は視線をサラに戻す。

 一瞬だけ、サラが睨んでいるように見えた。

 気のせいだったのだろうか。


「その子供が、魔王リリスですか?」

「ん、ああ、えっと」


 どう説明すればいいものか悩む。


「ご安心ください。事情はすでに把握しております。アレン様は勇者を辞め、魔王リリスの元で働くことを選ばれたのですね」

「あ、ああ……そうだ。サラに相談もせずに決めてすまない」

「相談など必要ありません。私はアレン様のメイドです。私は常に、主の意志に従います。あなたが進む道を変えたのなら、私もお供しましょう」

「まさか……そのために魔界へ?」


 危険を冒してまで、俺の元に戻って来たのか?

 俺のメイドであり続けるために?


「はい。私はアレン様のメイドです。アレン様がいる場所こそ、私がいるべき場所ですから」


 そう言って彼女は不器用な笑みを見せる。


「……そうか」


 彼女の意志はわかった。

 今までにないほど、明確な決意を感じ取る。

 これ以上問い詰めるのは、彼女の決意に水を差す行為だ。

 俺もその決意を尊重しよう。

 たとえそれが、どれほど重く辛いものだとしても。


「わかった。これからもよろしく頼むよ、サラ」

「はい」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る