叫んでも無駄だぞ

 魔王城は静かだ。

 この広い城にたった二人しかいない。

 大声で叫んでも、せいぜい城の庭に届く程度だ。

 遠く離れた誰かに聞こえることはない。


「や、やめるのじゃ……そんなの無理じゃ」

「何言ってるんだ? 立派な魔王になりたいんだろ? だったらこの程度はできなきゃ笑われるぞ」

「い、嫌じゃ。初めてなのに」

「誰だって最初は初めてだ」


 明かりも少なく、薄暗い部屋が多い。

 広い部屋ほど光が届かず、暗く不気味だった。

 そんな場所で二人。

 俺は幼い悪魔の少女に詰め寄っている。


「いい加減覚悟を決めろ」

「嫌じゃ。もう耐えられん。許してくれ」

「魔王が勇者に許しを請うのか? 情けなさ過ぎて笑えてくる。もっと魔王らしく抵抗してみろ」

「無理じゃ。これ以上はもう……壊れてしまう」


 涙目で許しを請う。

 そんな顔をしても無駄だ。

 言葉でも言った通り、勇者は魔王に容赦しない。

 どれだけ惨めに泣きさけぼうと、媚びへつらっても許さない。

 俺たちは対立する種族のトップ同士だ。

 まったく情けない。

 少女とは言え、魔王を名乗ったのなら根性を見せてもらわないと。

 どんな苦痛も劣等感も、弾き飛ばすくらい。

 これはまだまだ、頑張ってもらわないといけないな。


「さぁ、続きを始めるぞ」

「嫌じゃ。お願いじゃから許してくれ。なんでもするから」

「なんでも?」

「なんでもじゃ! ぬしの言うことならなんでも聞く」


 おいおい、こいつ正気か?

 男相手になんでも言うことを聞くとか。

 どれだけ危険なセリフかわかっていないらしいな。

 仕方がない。

 ここは男として、ハッキリわからせてやろう。


「なら、俺の要求は一つだ」

「な、なんじゃ?」

「――いいからさっさと立て! 特訓の続きだぁ!」

「嫌じゃあああああああああああああああああ」


 泣き叫ぶリリス。

 もちろん泣いたって容赦はしない。

 逃げ出そうとしても無駄だ。

 彼女の首には首輪と鎖がついていて、鎖は俺の手に握られている。

 仮に逃げようとしても。


「ふぐっ!」


 首が締まって倒れるだけだ。

 今みたいに。


「魔王が勇者から逃げられると思うなよ?」

「なにが勇者じゃ! このようないたいけな少女に首輪をつけてもてあそんで! ぬしなんか勇者じゃない! 変態じゃ変態!」

「誰が変態だ!」

「変態じゃろ! こんなの特訓じゃなくて調教じゃ!」


 こいつ口悪いな。

 そんなところで魔王らしさを見せなくていいんだよ。

 もっと力とか態度で示してもらわないと。


「毎日毎日朝から晩まで特訓! 気絶しても水かけて起こされるし! 疲れたから休みたいって言っても続けるし! ぬしは鬼か!」

「これくらいで根を上げるな。俺が勇者になったばかりの頃はもっと特訓してたぞ。努力なくして真の強さは得られない」

「じゃからっていきなり無理じゃ! ワシは訓練も初めてなんじゃぞ!」

「それがおかしいんだよ。仮にも魔王の娘だろ? お前の父親はどれだけ過保護だったんだ」


 大きくため息をこぼして呆れてしまう。

 心から呆れる。 

 リリスの父親は、かつて世界中を戦慄させた大魔王サタンだ。

 誰もが知る最強の魔王。

 そんな男を親に持っていて、こんな甘ちゃんに育つのか?

 魔王サタンが生きていたらその場で説教をしてやりたいくらいだ。

 

「むぅ……こんなの続けたら死んでしまうぞ」

「……はぁ、あのな? 俺だってお前をいじめたくてやってるわけじゃないんだぞ」

「本当か? 楽しんでやっているように見えたぞ? 時々笑ってたし」

「わ、笑ってないだろ」


 いや……正直ちょっと楽しんでいたかも。

 普段から誰かに命令されて動いていたし、束縛され続けてうっぷんが溜まっていたんだろうな。

 もしくは勇者としての本能か。

 こいつの反応が一々面白いのもあって、やる気はいっぱいある。

 

 ……俺、本当に変態だったのか?

 いやそれはない。

 これもリリスを立派な魔王にするためだ。 


「リリス、お前は父親の夢を叶えたいんだろ?」

「そ、そうじゃ」

「お前の父親は誰だ? あの大魔王サタンだ。過去から現在に至るまで、彼を超える魔王は誕生していない。それだけ強大な力を持っていた魔王でも成しえなかった夢だ。それを叶えたいなら、もっと強くならなきゃダメじゃないのか?」

「む、むぅ……その通りじゃ」


 悔しそうな顔をしながらも、リリスは納得した。

 彼女だって馬鹿じゃない。

 子供なだけで、理解はしている。

 今のままじゃ全種族の共存なんて、夢のまた夢であると。

 

「俺はこれでも強い。けど、俺だけ強くてもダメなんだよ。最強の勇者と最強の魔王、この二つがそろって初めて実現可能な夢になる」

「……」

「覚悟はしていたんだろ?」

「……うむ。頑張るのじゃ」


 リリスはぐっとガッツポーズをする。

 本気の夢なら全力で取り組むべきだ。

 俺も、やる気のない奴の手助けをするつもりはない。

 

「よし。じゃあ続きだ。魔力が枯れるまで魔法を打ち込んでこい」

「もう空っぽじゃ!」

「まだあるだろ? そうやってしゃべる元気があるならな。絞り出せ! できないなら追い込んで出させてやる」

「やっぱり嫌じゃあああああああああああああああああああああ」


 魔王城に彼女の悲鳴が木霊する。

 しかし残念なことに、その悲鳴を聞いてくれる人はいない。

 俺以外には。

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