本気で言ってる?

「な、なんじゃ!」

「この気配は……」


 魔王城の入り口側から感じる。

 何者かが侵入してきた。

 俺とリリスは顔を見合わせ頷き、すぐに現場へ向かった。

 魔王城の入口へたどり着く。

 破壊された扉からパラパラと破片が零れ落ちる。

 それを背に、一人の色男が立っていた。


「あーあ、埃っぽいところだなぁ~ 本当にここが魔王城なのかい?」

「やっぱりそうか……」

「あ、本当にいたんだね。久しぶり、アレン君」

「……勇者シクスズ」


 気配で察したけど、同業者だったか。

 しかも勇者ランキング七位のシクスズとは……。


「俺を助けに来た……わけじゃないよな」

「もちろん、その逆だよ」


 シクスズはニコリと微笑む。

 相変わらず表情から感情が読みにくい。

 正直こいつは苦手だ。


「アレン、こいつも勇者なのか?」

「ああ、勇者シクスズ……女好きで有名な男だよ」

「え、まさかそっちの子どもが魔王なの? 確かに女性だとは聞いていたけど、予想の斜め下だなぁ~ けど……」


 シクスズはリリスに視線を合わせる。

 女を値踏みするように、ねっとりといやらしい瞳が彼女を捉える。

 身の危険を感じたのか、リリスはビクッと身体を震わせ数歩下がった。


「安心してよ。子供でも将来有望なら大歓迎だから」

「な、なんじゃこいつ……」

「気をつけろよ。こいつは一見ただの優男だが、女相手なら無敵だ」

「む、無敵!?」


 比喩なんかじゃない。

 シクスズの持つ聖剣は、女性に対して特効を有している。

 たとえ相手が魔王であっても、その優位性は絶対だ。

 奴がここに来たのは、女性魔王であるリリスが目的だろう。


「こいつの相手は俺がする。お前は下がっていろ」

「……」

「リリス?」

「アレン君にしては気づくのが遅かったね。もう手遅れだよ」


 まさか――!


「リリ――っ」


 伸ばした手が弾かれて、リリスは高くジャンプする。

 そのまま空中で回転して、シクスズの元へと着地した。

 顔をあげた彼女の瞳から光が消えている。


「くそっ、すでに効果を」


 発動させていたのか。

 勇者シクスズが持つ聖剣、あらゆる女性を虜にして操る一振り。

 その名は――


「聖剣ラバーズ。君に見せるのは、初めてだったかな?」


 彼の手には桃色の刃を輝かせる聖剣が握られていた。

 刃の真ん中が空いていて、ハート形をしている。

 玩具みたいな見た目だけど、あれも強力な聖剣の一つだ。


「いつの間に操ったんだ?」

「さぁ、いつだろうね。けどもう、この子は僕の虜だよ。ほら」


 シクスズは聖剣を二つに分けた。

 ラバーズは二本の剣になる。

 そういう特性も備わっていたらしい。

 一振りを操られたリリスに渡す。


「彼を斬るんだ」

「……はい」


 リリスが駆け出す。

 子供の全力なんてたかが知れている。

 が、そんな子供が本気で、俺に向かって剣を振るう。


「やめろリリス!」


 俺は躱しながら呼びかける。

 しかし声は――


「届かないよ。無駄さ」

「そうか。だったら――」

 

 こっちも聖剣を取り出す。

 鞘は自分自身。

 胸に手を当て引き抜くのは、原初の聖剣。

 名もなき最強の聖剣を手に、彼女と向かい合う。

 もちろん狙うのは彼女じゃない。

 ラバーズを!


「っ、硬いな」


 破壊するつもりで振るった。

 鍔迫り合いになる。

 ラバーズは傷一つ付いていない。

 相手がリリスだから手加減はしたが、それでも硬い。


「当然だよ。新人勇者と一緒にされたら困るなぁ」

「それもそうだな」


 シクスズは魔王を何人も倒している。

 実力が備わった勇者だ。

 聖剣の力は、宿った心の強さに比例する。

 彼の心は成熟し、強い。

 簡単には折れない。


「なら仕方ない。ちょっと痛いと思うが」


 我慢してくれ。

 俺は聖剣を地面に突き刺し、素手で向かう。

 剣が破壊できないなら気絶させるまで。

 狙うは懐。

 思いっきり打撃をぶち込む。


 つもりだった。


「っ、こいつ」


 俺は慌てて止まった。

 リリスは聖剣を自分の首に当てている。

 自害しようとしている。

 俺はシクスズを睨む。


「そんな怖い顔しないでよ。わかっていたことじゃないか」

「……お前は……」

「勇者らしくないって? ははっ、よく言われるよ。けど、これでも勇者なんだ」


 人質をとるなんて勇者らしからぬ……と批判できない。

 俺にその資格はないだろう。

 魔王と手を組んだ今の俺には。


「詰みだ。もう君に勝ち目はない」

「……」

「安心してよ。僕だってすぐに君を殺すつもりはないんだ」

「どういう意味だ?」


 シクスズはニヤリと笑みをこぼす。


「君、僕と手を組まない?」

「は?」

「わからないかな? 僕たち二人で、世界を手に入れようって話だよ」

「……は?」


 何を言っているんだ、という表情になる。


「本気で言ってるのか?」

「もちろん。僕と君が手を組めばできると思うんだよ。最強の君と、無敵の僕ならどんな相手も屈服させられる。そう思わない?」

「……強さの話は別として、正気か? 力で世界を支配しようなんて、そんなの……」

「魔王みたいだって? その通りだから反論できないなぁー」


 彼は軽い口調で呆れながら笑う。

 俺はシクスズを睨む。

 この男の言葉に嘘はない。

 彼は危険な思想を持っている。

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