『最弱の魔王』編

こんな奴が勇者か……

「勇者様ぁ」

「ダメよ。今度は私」

「えぇ~ もう待てないよ~」


 女たちが一人の男に群がっている。

 ベッドに足を伸ばして座る男の左右上下に女が一人ずつ。

 その後ろにも数人いて、全員が男を求めていた。

 男はニヤリと笑みを浮かべて、スリスリする女の頭を撫でながら言う。


「心配しなくても僕は逃げないよ。ちゃんと一人ずつ、ゆっくり可愛がってあげるから」

「いやーん」

「……」


 その様子を見つめる男がもう一人。

 仏頂面で睨むように女に囲まれた男を見つめている。

 彼はしびれを切らしたように口を開く。


「勇者シクスズ、そろそろ話をしてもよろしいですか?」

「ん? 僕は別に、いつでも構わないんだよ」

「……これは陛下から重要な命令です。部外者は退出していただきたい」

「部外者ってひどいな~ 彼女たちはみーんな僕の大切な恋人たちだよ? 関係者だ」


 シクスズは女を抱き寄せ主張する。

 国王の使いである執事は、シクスズをギロっとにらむ。

 ニヤリと笑うシクスズ。


「冗談だよ。そんな怖い顔をしないでくれ」


 シクスズは女たちから手を離す。

 女たちは不満そうな顔をするが、よしよしと頭を撫でられるとふにゃっと力が抜けていく。

 彼は小声で、また後で遊ぼうねと彼女たちに伝え、部屋の外へと誘導した。

 隣もシクスズの部屋になっていて、扉一枚で繋がっている。

 最後の一人が出て行き、ばたんと扉が閉まる。


「まったく、そんな怖い顔しているとモテないよ?」

「余計なお世話です」

「ははっ、相変わらずお堅いな~ レギーちゃんわ」

「……これ以上ふざけるのであれば、陛下に貴方から反抗の意志があると伝えます」


 国王の執事レギーには、様々な特権が与えられている。

 国王の指示に従う忠実な家臣である彼は、大臣たちからも信頼されていた。

 彼の言葉を国王や大臣たちは信じるだろう。

 場合によっては、彼の一言は国王の意志に等しい。

 ただし、勇者が相手ではそれも発揮されない。

 勇者シクスズはまったく動じない。


「怖いなぁー。そうやって僕も処分するつもりかな? アレン君みたいに」

「――! どうしてそれを」

「知らないわけないじゃないか。同じ勇者の、しかも第一位が突然いなくなったんだ。勇者なら誰しも、彼の強さを知っている。彼が負けるところなんて想像できない。もし彼が負けるとしたら……裏切りにでも遭わない限りはね」


 勇者シクスズはニコリと微笑む。

 未だ国王と一部の大臣しか知らない極秘情報。

 勇者アレンの抹殺計画を、どういうわけか勇者シクスズは知っていた。

 レギーはごくりと息を飲む。


「知っているのであれば話は早いでしょう。陛下からのご命令はまさにその件です」

「失敗したんだね」

「……」

「そこは素直に答えてほしいなぁ。じゃないと対策も練られない」


 勇者シクスズは命令に対して前向きな姿勢を見せた。

 レギーは小さくため息をもらし、シクスズに現状の報告をする。


「――以上です」

「なるほどね。まぁ不意打ちでも新米勇者三人じゃ無理だね。人選を間違えたんじゃないかな?」

「陛下を侮辱するおつもりですか」

「馬鹿にしてるわけじゃないよ。ただ甘いと思ってね。で、今度は僕にその役目をしてほしいってことかい?」


 レギーは小さく頷く。

 真剣な表情で追加説明をする。


「次は失敗できません。貴方のように、事情を知る人間が増えれば王家の信頼に影響します。何より魔王と勇者が手を組んだなど……前代未聞の事態です」

「それを引き起こしたのは君たちの失敗だけどね」


 鋭い指摘に返す言葉も出ない。

 まさにその通り。

 切り捨てようと画策し、失敗したからこそ恐るべき事態に発展した。


「ですから、貴方に命令が下りました」

「おいおい冗談だろ? 僕にアレン君を倒せって言っているのかい? 彼は最強の勇者だよ?」

「……その心配は不要かと。手を組んだ魔王は女です」

「――へぇ」


 シクスズがニヤリと笑みを浮かべる。

 女たちを侍らせていた時と同じ、ねっとりといやらしい笑みを。


「なるほどね。陛下の狙いは読めたよ」

「では」

「うん、そういう話なら喜んで引き受けよう。アレン君が女だったら庇うところだけど、男だからねぇ~ 別に殺しちゃっても問題ないや」

「……それはお願いいたします」


 レギーが部屋を立ち去ろうとする。

 背を向けた彼を呼び止める。


「待った。報酬の話がされていないよ」


 ピクリと反応して立ち止まり、レギーは振り返る。


「いつも通りでよろしいですか?」

「うん。でも今回は結構ハードそうだしぃー、そうだな~ 百人でいいよ」

「……」

「綺麗で可愛い女の子百人を僕に献上してくれ。それで引き受けようじゃないか」


 勇者シクスズ、彼の望みは世界平和でも、王国の発展でもない。

 彼が求めているのは……女。


「わかりました。陛下にそうお伝えします」

「頼んだよ。レギーちゃん」

「では失礼します」


 今度こそ部屋を出るレギー。

 速足で部屋の前から移動して、扉が見えなくなったところで歩速を緩める。


「はぁ……」


 そして盛大な溜息をこぼした。

 疲れと憂いの原因はわかりきっている。


「あれが勇者……? どこがだ」


 勇者ランキング第七位、勇者シクスズ。

 自他ともに認める色男で、本人は女好きでも有名である。

 魔王を倒す度に報酬として美女を要求し、そのすべてを自身の恋人にしている。

 すでに恋人の数は三桁に突入しており、あと数年で千人の大台を超える。


「陛下はあんなのを残しておくつもりなのか? 勇者アレンのほうがよっぽどマシだろう。あんな……っ」


 不満はある。

 しかし、その実力は確かだった。

 ただ女にモテるだけで、勇者ランキング七位にはなれない。

 相応の実力があるからこその地位。

 此度の指名も、彼ならば単独で勇者アレンを倒すことが可能と国王が思っているが故。


「……いっそ……」


 負けてしまえばいい。

 そんな私情を口にすることはできない。

 彼は国王の忠実なる部下。

 国王の意志を支持し、その命令になんの疑いもなく従うだけ。

 そう、これまでも、これからも。

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