第二八話「そんな彼女に学生生活をちょっと経験させてあげたかった、なんていう気持ちを抱くのは間違っているだろうか」

 一六六日目。

 今日は、クネシヤ魔術院への入学初日である。


「えっと、新入生のミロクです。元々は迷宮攻略専門の冒険者でした。付与魔術、治癒魔術の他にも使える魔術を広げていきたいと思っているので、皆様よろしくお願いします」


「……クロエです。冒険者として登録したばかりの初心者です。役に立つ魔術は幅広く勉強していきたいと思ってますので、よろしくお願いします」


 クネシヤ魔術院には、|純魔力学部(アツィルト)、|儀式学部(イェツィラー)、|言語学部(ブリアー)、|魔工学部(アッシャー)の四つの学部があり、カバラの四つの世界にちなんでいるとされる。

 力や精神の根源を触るのがアツィルト。

 それらが形、もしくは言葉を与えられたのがイェツィラーもしくはブリアー。

 最終的な物理現象がアッシャー。


 学ぶことのできる知識もそれぞれの学部で異なっている。

 たとえば純魔力学部では、魔眼、精霊術や死霊術、予知夢など、魂や魔力の引き起こす神秘の現象を追求する。

 儀式学部ならば、世界各地の宗教に関する礼拝や聖餐式を勉強したり、密教の式典を再現したりする。

 言語学部ならば、聖書の解読や碑文の翻訳、魔法陣の記号や印章の意味を山ほど学習する。

 そして魔工学部は、魔道具の作成はもちろん、錬金術や薬学に渡るまで広い”応用魔術”分野を勉強できる。


 この四つのうち、俺とクロエが学ぶのは魔工学である。

 普通に考えたら、クロエの吸魂スキルの解明を行いたいなら純魔力学部、俺の魔術言語スキルを活かすならば言語学部なのだが、そのいずれも今回はあえて選ばなかった。

 理由は単純である。


(ぶっちゃけ、図書館の書籍を借りたらどの分野も自学自習できるからな。そして、迷宮スローライフを便利にするなら魔工学を学んだほうがいろんな応用が利くはずだ)


 目的を忘れてはいけない。

 自分たちはあくまで、生活を豊かにするために冒険者として暮らしているのだ。

 まだ見ぬ未開の地を探索するために頑張っているのではなく、毎日おいしい料理を食べながら優雅に過ごすために生活をしているのだ。


 遠距離からの攻撃手段? 決定力不足の解消? もちろん大事だ。

 どちらも克服すべきだと考えているし、万難を排して安全を確保するためには避けては通れないだろう。

 そのうえで、きっと魔工学の知識は役立つはずだ。


「……ミロク、ちょっといいかしら? 私たち、皆に見られてる気がしますわ」


「うーん、だよなあ。ちょっと浮いちゃったかもな」


 学生寮の仲間に挨拶をしたあと、俺とクロエは学校の敷地のベンチでこっそりと落ち合っていた。

 できればクネシヤ魔術院の学生たちとは仲良くしたいと思っていたのだが、正直あんまりうまくいってない。

 別に彼らと喧嘩をしたわけではないのだが、かといって仲良くしにいくきっかけも特にない。


 やはり入学の時期が普段とずれたからだろうか。

 S級冒険者の推薦枠とパトロン制度入学を使ったという"特別扱い"のせいだろうか。

 それとも、あまり考えたくはないが、クロエの顔の傷のせいだろうか。


「……寮生活を一緒にすれば、ルームメイトたちと仲良くなるかもしれませんけど」


「そいつは無理だな。俺たちの生活の基軸は、あくまで隠し迷宮【喜捨する簾施者】だ。おいしい料理を作ってくれるお料理ブラウニーたちもいるし」


「……ですわね」


 まあ、別に友達を作りに来たわけではない。クネシヤ魔術院には魔術を学ぶために来たのだ。だから別に誰かと仲良くする必要なんて全くない。

 そう、そんな必要は全くないのだが。


「……」


 クロエの沈んだ横顔を見ると、少し思うところがある。

 あまり突っ込んだ話は聞いていないが、貴族の隠し子として生まれた彼女は、ろくに豊かな生活も送らないまま幼少期を過ごしたという。彼女が裁縫スキルを持っているのは、貴族服の仕立ての仕事をさせられていたかららしい。

 そして王子様に見初められるや、慣れない宮廷貴族としての暮らしを余儀なくされて、そして――後は説明するまでもない。


 大っぴらに自由な生活ができなかった彼女のことである、友達はとても少なかっただろうし、学生として自分の時間を過ごす経験だってほとんどなかったに違いない。

 そんな彼女に学生生活をちょっと経験させてあげたかった、なんていう気持ちを抱くのは間違っているだろうか。


(……いや、俺はあくまで魔術を勉強するためにクネシヤ魔術院に来たんだ。うん。可哀想なクロエにあれこれ世話を焼いてあげたいなんて、そんな恩着せがましいこと考えちゃいないさ)


 ほんのちょっとは、彼女に友達ができたら明るくなるかな、なんて思っていたけども。






 一六七日目~一七八日目。

 昼間はクネシヤ魔術院で授業を真面目に受けて過ごし、休憩時間や放課後は迷宮に入ってお料理ブラウニーの食事をいただく。

 そして迷宮の中でゆっくりと、今日習ったことの復習や、図書館で借りてきた魔導書の勉強を進める。

 勤勉かつ理想的な学生としての生活。文句の付け所がない、模範的な学習態度である。




 ミロク

 Lv:4.68→15.91→5.91

 Sp:0.51→23.15→0.15

≪-≫称号

 ├×(藍色の英雄)

 ├森の王の狩人

 └大罪の討伐者【嫉妬】

≪-≫肉体

 ├免疫力+++

 ├治癒力++++

 ├筋力_max

 ├感覚強化(視力++++ / 聴力++++ / 嗅覚++ / 味覚+ / 触覚+)

 ├熱源感知++

 ├造血++ 

 ├骨強度++++++ 

 ├×(肺活量)

 ├皮膚強化++++++ 

 └精力増強

≪-≫武術

 ├短剣術++

 ├棍棒術++++++

 ├盾術++

 ├格闘術+++++ 

 ├投擲++++++ 

 ├威圧+++ 

 ├隠密+++++

 └×(呼吸法)

≪-≫生産

 ├道具作成+

 ├罠作成++

 ├鑑定+++ 

 ├演奏

 ├清掃

 ├裁縫 new

 ├測量++

 ├料理

 ├研磨

 ├冶金

 └運搬 

≪-≫特殊

 ├暗記

 ├暗算

 ├並列思考+++++++ new 

 ├魔術言語+++++ 

 ├詠唱+++++ 

 ├治癒魔術++++++++ 

 └付与魔術_max 


 クロエ

 Lv:75.16(609)→75.26(562)

 Sp:6.31→7.21

 状態変化:腐敗 免疫欠乏 皮膚疾患 呼吸障害 視力× 味覚× 嗅覚×

≪-≫称号

 └大罪の討伐者【嫉妬】

≪-≫肉体

 ├免疫力+++

 ├治癒力+++ 

 ├筋力+++++++ 

 ├感覚強化(視力+++++ / 嗅覚+++ / 味覚+++)

 ├肺活量+++ 

 ├不死性+++++ 

 └異常耐性(毒+ / 呪術+++)

≪-≫武術

 ├棍棒術+++++ 

 ├投擲++++ 

 ├隠密++++++++ 

 └呼吸法++

≪-≫生産

 ├罠作成+

 ├裁縫+

 └測量

≪-≫特殊

 └吸魂+++++++




 俺のスキルポイント配分だが、魔術の学習効率を伸ばすため、並列思考スキルを伸ばした。また、余ったスキルポイントを【喜捨の祭壇】にささげて新しいスキルを獲得した。

 祭壇から得られたのは裁縫スキルだったが、まあ、効果のほどはノーコメントだ。ボタンが取れた時の玉縫いが上手になったぐらいだ。

 もうここまで来たら、いっそのこと死にスキル化している「肺活量」「精力増強」「呼吸法」「演奏」「清掃」「裁縫」「料理」「研磨」「冶金」「運搬」「暗記」「暗算」あたりの外れスキルを鍛えまくって何か無理やり応用してやろうか、ぐらいに思ってしまう自分がいる。


 逆に悩んでいるのはクロエのスキルポイント配分だ。

 何か魔術系統のスキルを獲得したらそれに割り振ってあげたいが、まだそれらしきスキルを獲得する気配がない。

 別にクロエも勉強をさぼっているわけではないので、しばらくは温かく見守るべきだろう。


(あとは、クロエが学校生活の中に何か楽しみを見出してくれたらいいんだけどな)


 何か部活に入ったら彼女も楽しめるだろうか、なんてことを俺はぼんやりと考えた。

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