第二四話「かくして、俺たち二人は魔術を身につけるため、遥か西のシュナゴゲアへと向かうのだった」

「だから、コミュ力がよわよわのミロクおにぃは功績なんて欲しくないの! うっかり屋で頭のよわよわなおにぃは、モモが管理しなきゃ駄目なの! ていうか、英雄十傑から除名されて死んだことになってるミロクおにぃが、今度は打って変わって大罪討伐者だなんて大々的に打ち上げたら、関係各位が困っちゃうでしょ!? モモのよわよわおにぃに手を出さないで!」



「黙れ! ミロクがまた自己犠牲しようとしてるんだぞ! あいつはいつもそうなんだ! 名誉や称賛を自分から辞退してばかりで、普段は自分ばかり損をしてるのに笑ってごまかして、人から後ろ指さされたり嘲られたりしても我慢してるんだ! 引っ込みがちなあいつをボクが引っ張ってあげなきゃ、またあいつは皆から笑われ物になっちゃうんだ! そんなのボクが許さない! ミロクを笑うやつはボクが成敗する!」



「人のペットに許可なく手を出さないで!」



「これ以上ミロクを侮辱するなメスガキ――斬るぞ」



 最悪な喧嘩が始まっていた。

 勘違いしてるガキご主人様気取り勘違いしてる幼馴染保護者気取りの平行線の議論。しかもどっちも俺のためになると思いこんでいるものだから始末に負えない。主張の趣旨的には、今回はモモの肩を持ちたかったが、論理の内容は同意しかねる。



 メスガキ華撃団のリーダー、【燕雀色マカライトの勇者】モモ。

 瑠璃色の天使のリーダー、【瑠璃色アズライトの勇者】アズール。

 二人に共通する点は一つ。どちらも俺を微妙に理解してないところである。



 そうそうにそばから離れて、二人を遠巻きから眺めることにする。一応は当事者であるのだが、巻き込まれたくはない。



「結構なことですな、ミロク先生。いやはや流石は伊達男、持て囃されていらっしゃる」



「やめてくれよ、司馬先生」



 からから笑って俺の隣に座ったのは、兵法の大家、司馬先生である。

 組織運用の手管に通じ、百人以上の人間と視覚・聴覚・思考を共有できるスキルを持つ軍略家にして策士。

 迷宮攻略パーティー【初司馬伝記纂行】のリーダーを務める指揮官である。



 彼はレヴィアタン討伐の、影の功績者である。

 彼のスキルがあるからこそ、レヴィアタンの最悪のギミックは回避できたと言って過言ではない。記憶の撹拌。本来なら魔術師を使い物にならなくしてしまう最悪の呪い。

 しかし、思考を整理・共有できる司馬先生が相手であれば、その効果は大した影響を持たない。その恐るべき並列処理の思考力で情報を整理し直すことで、今や【メスガキ華撃団】のメンバーも【初司馬伝記纂行】のメンバーも、無事に記憶を取り戻している。



(レヴィアタンの記憶撹拌は脳細胞のシャッフルではなく、あくまで記憶情報のシャッフルだから、時間が経てば記憶も戻るらしいが……それでも、わずか三日足らずで皆が日常生活に支障がでないほどに復帰できたのは、司馬先生のおかげだろう)



 流石は司馬先生。世界の人間の中でも魂の位階が極めて高く、魂が強い先生だからこそ可能であった偉業である。複数人の記憶を一手に引き受けて整理し直すなんて気が狂いそうな作業、俺ならやりたくない。



「ま、あの戦いで我々も得るものは多かったですとも。モモのチーム【メスガキ華撃団】の持つ魔物調教技術のヒントを得られましたからね」



 にやりと笑う司馬先生。きっと百人単位のチームの仲間に、その知識を共有・実験して、いつか調伏の技術を実現させるだろう。

 彼のチームが怖いところは、どんな魔術体系や神秘でもこうやってチーム内の知識として編纂して蓄積できるところにある。まさに軍隊。

 最強の迷宮攻略パーティを一つ挙げろと言われたら、【金剛の夜明け団】を差し置いて【初司馬伝記纂行】の名前が挙がることもしばしばあるが、それも頷ける話だ。



「モモにはお返ししたか?」



「ええ。私の魔術知識を多少共有いたしました」



「俺もその知識を共有してもらいたいもんだ」



「いいですよ? 魂の器がそれ相応に強いことが必要条件ですが」



 半分冗談のつもりで言ったのに、司馬先生はすんなりと応えてくれた。しかも、いやらしい核心の突き方をしてくる。

 魂の器が強くないとだめである。

 その表現に隠された裏の意図を読み解けないほど、俺は馬鹿じゃない。



「……俺の魂の器の位階だが、実はとある人を助けるために、急激に失ってしまったんだ」



「知ってますよ。恐らくはそうだと推理してました。あのE級冒険者の彼女ですね?」



「さあね」



 あまり情報を明かすつもりはない。この世界の常識では、魂の器の位階は高ければ高いほどいい。肉体と精神がともに強化されるからだ。

 俺とアズールだけが、魂の器を下げるメリットに気付くことができるだろう。才能の欠片スキルポイントの存在を知らない人からすれば、魂の器を減らす行為なんて、ただの弱体化でしかないからだ。



「あなたは助け過ぎですよ、ミロク先生。よろしいですか、魂の器の位階を失った今、あなたはとても弱くなってしまったのです。わかりますね?」



「魂の器を投げ出すのに躊躇はないさ。それに俺は高邁な人格じゃなくて利己的だ」



「……どうでしょうな」



 いや本当に利己的なんだが、まあ、いいか。

 魂の器を捧げるなんて行為は、傍から見れば自己犠牲の極みだろう。魂の器こそ擬似的な強さの指標。冒険者たちは魂の器を高めるために魔物の狩りに邁進しているのだ。



 それをこうだ。きっと司馬先生の頭の中では、俺がとんでもない善人になっているに違いない。他人を助けるために、魂の器を投げ出す清廉な人物。

 事実は全然違うのだが。魂の器? 筋肉がたくさんついた今はむしろ低いほうがありがたい。



「……ミロク先生。あなたさえよければ、我が【初司馬伝記纂行】に加入してもよいのです。あなたの付与魔術は天下一品の技術。それを初司馬伝記纂行の魔術体系に取り込むことができれば、我が軍は百人単位の強力な援護部隊を作り出せるのです。あなたにとっても、失った魂の器を取り戻す近道になるはず。いかがです?」



「やめとくよ司馬先生。俺はスローライフを送りたいんだ」



「またまたご冗談を。あなたの星は波乱に満ちた相ですよ」



 やめてくれよ。

 俺は本当にスローライフを送りたいんだが。



 そんなことを考えていると、ぎゃあぎゃあと騒いでいたモモとアズールの喧嘩が一段落したみたいだ。

 ずんずんとこちらに歩み寄ってきた二人は、ほぼ同時に口を開いた。



「「【瑠璃色の天使】と【メスガキ華撃団】、どっちに入るの!?」」



「いやどっちにも入らねえよ」



 何の話をしてたんだこいつらは。











 ミロク

 Lv:38.11

 Sp:68.47→2.47

≪-≫称号

 ├×(藍色の英雄)

 ├森の王の狩人

 └大罪の討伐者【嫉妬】

≪-≫肉体

 ├免疫力+++

 ├治癒力++++

 ├筋力++++++++

 ├視力++++

 ├聴力++++

 ├嗅覚++

 ├×(味覚) 

 ├触覚

 ├熱源感知++

 ├造血++ new

 ├骨強度++++++ new

 ├×(肺活量)

 ├皮膚強化++++++ new

 └精力増強

≪-≫武術

 ├短剣術++

 ├棍棒術++++++

 ├盾術++

 ├格闘術+++++ 

 ├投擲++++++ 

 ├威圧+++ 

 ├×(隠密)

 └×(呼吸法)

≪-≫生産

 ├道具作成+

 ├罠作成++

 ├鑑定++

 ├演奏

 ├清掃

 ├測量++

 ├料理

 ├研磨

 └冶金

≪-≫特殊

 ├暗記

 ├暗算

 ├並列思考+++ 

 ├魔術言語+++++ 

 ├詠唱+++++ new

 ├治癒魔術++++++++ new

 └付与魔術+++++++++





 クロエ

 Lv:73.16(618)

 Sp:64.61→0.61

 状態変化:腐敗 免疫欠乏 皮膚疾患 呼吸障害 視力× 味覚× 嗅覚×

≪-≫称号

 └大罪の討伐者【嫉妬】

≪-≫肉体

 ├免疫力+++

 ├治癒力+++ new

 ├筋力+++++++ new

 ├視力+++++

 ├嗅覚+++

 ├味覚+++

 ├肺活量+++ 

 ├不死性+++++ new

 └異常耐性(毒+ / 呪術+++)

≪-≫武術

 ├棍棒術+++++ 

 ├投擲++++ new

 ├隠密++++++++ new

 └呼吸法++

≪-≫生産

 ├罠作成+

 ├裁縫+

 └測量

≪-≫特殊

 └吸魂+++++++











 獲得した才能の欠片スキルポイントを使って、俺とクロエのスキルを強化していく。俺は主に肉体の頑強さを鍛える方向に、クロエは主に隠密スキルで忍び寄る方向に、である。

 今回のレヴィアタン戦でも学んたことだが、トンファーに頼ってばかりでは大型の魔獣を討伐するのに苦労するだろう。かといって遠距離から打てる魔術を持っていない俺たちは、投擲スキルのほかにも決定打を用意しておく必要がある。



 俺が考えた答えは、吸魂である。

 レヴィアタン戦でも決め手になったのは、吸魂スキルによる弱体化である。やはり魂の器による肉体強化能力は馬鹿にならない。一説によると魂を構成するアストラル体が肉体を魔力的に強化しているらしいが、これを根こそぎ奪い取れるクロエは、いわゆるうちのジョーカーである。



 このスキル構成が意図している作戦は極めてシンプルである。頑強な俺が足止めして、忍び寄ったクロエが吸魂魔術を使うのだ。

 レヴィアタン戦でも通用したこの作戦は、きっとこれから先、強い魔物と戦うことになったとしても有効である可能性は高かった。むしろこれから先は、魂の器を吸収して弱体化させる能力はとても重宝すると睨んでいる。

 付与魔術による強化は俺が担い、吸魂による弱体化は彼女が担う。

 これはまだ明確な役割分担ではないのだが、薄っすらとお互いの役割が見えてきたような気がした。



 実際、クロエは相当強くなった。

 レヴィアタン戦で大罪の魔王から吸魂したことにより、魂の器もかなり強化されている。肉体面で不安があった彼女だが、ここまでくれば殆ど弱点は潰えたと言って過言ではないだろう。



 しかし、クロエは強くなりすぎた。

 俺の想像を遥かに超えてしまったのだ。











 ■冒険者ギルド:【魂の位階】リーダーボード【全国版】

 1 クロエ(無所属)

 2 ウルガー(金剛の夜明け団)

 3 エドワード(無双錬金)

 4 ※※※

 5 ブレイドさん(無所属)

 6 アズール(瑠璃色の天使)

 7 モモ(メスガキ華撃団)

 8 オジサンディアス(金剛の夜明け団)

 9 射爆了(CITY SWEEPER)

 10 司馬孔策(初司馬伝記纂行)

 11 パリィ・ポッター(マッスルバフ)

 ……











 突如現れた、魂の器の位階のリーダーボード第一位。

 実績のほとんどないE級冒険者が第一位に現れてしまったせいで、世界中の冒険者たちがその一位を取った冒険者に注目をしている。

 彼女の名前はクロエ。忍耐なき王レヴィアタンの魂を吸ったせいで無茶苦茶なレベルアップを果たした少女である。



「……えっと、ミロク? お友達の方が喧嘩してらっしゃるようでしたけど、大丈夫ですの? 確かモモさんとアズールさんでしたっけ」



 ホテルの一室で暇そうに寝転がっていた彼女は、部屋に入ってきた俺の真剣そうな顔を見て眉をひそめていた。察しがいい。

 実はまさにモモとアズールの喧嘩のことで、彼女に話があったのだ。



「その二人のことだが、面倒くさいことになったから、迷宮でしばらく隠れて過ごすぞ。それともうこの開拓都市アンスィクルからは離れようと思う」



「え」



「俺たちに足りないのは魔術だ。レヴィアタン戦でも分かったことだが、俺たちには遠距離から相手に攻撃する手段が乏しい。その弱点を補うためにも、俺たちは魔術を身に着けなくてはいけない」



「え、え」



「向かうは魔術の都、シュナゴゲアだ。陸路を選んだら、ここから遥かに西に進むことになるが、運河を流れる貨物船に紛れ込むことができたら、そのまま海を経由してシュナゴゲアにたどり着くはず」



「え、え、え」



「というわけで、貨物船の荷物に紛れ込むぞ。何、俺たち名義でシュナゴゲアに宛先指定した空の木箱の中に入って、あとは迷宮鍵を使えばいいだけさ」



「え、え、え、え」



 兵法三十六計逃げるに如かずとも言う。モモや司馬先生には悪いが、ああなったアズールからは距離を取るのが一番いいのだ。

 英雄十傑への推薦。彼女はどうやら本気らしい。あの石頭はこちらの言葉を聞きやしない。勝手に外堀を埋められては困るので、俺はもうさっさとこの街から離れることにした。



 司馬先生宛に簡潔な文面で出かける旨の手紙を書いて、モモには嘘の行き先を(王都キファラフと書いた)、アズールにはこれまた嘘の行き先を(カジノの街モネコスと書いた)共有した。

 これで当分時間は稼げるだろう。うん。



 ついでに掲示板には嘘の書き込みを山ほどしておいて、レヴィアタンの討伐者はモモと司馬先生の二人だけだとか、モモと司馬先生とビル・バクスターだとか、とにかくあることないことを書き散らした。

 クロエと俺への注目が少しでも散るように。



 かくして、俺たち二人は魔術を身につけるため、遥か西のシュナゴゲアへと向かうのだった。



「え、え、え、え、え」



 ちなみにクロエは、あまりに慌ただしい話の展開に全然ついていけてなかった。果たしてスローライフとは一体何だったのか、という顔をしていたが、そんなの俺のほうが知りたい。レヴィアタンを倒したのは成り行きであって、俺達の目的はゆったりした優雅なスローライフなのだから、そっとしてほしいものだ。



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