第10話 エピソード2 姫とメイドの温泉旅行(4)

 翌朝、私達は早々に銀熊邸をチェックアウトした。

 高い宿だけあってサービスはバッチリだった。

 『紅龍邸と比べてどうだ?』としきりに聞かれたので、対抗意識で過剰なサービスをしてくれたのかもしれない。

 正直、かなり鬱陶しかったので、それがなければ甲乙つけがたかったんだけどね。

 そして、向かうは大亀荘だ。

 といっても、宿泊するわけではない。

 そんなお金も、もうないしね。

 私達は朝もやの残る道端にならんで座り、干し肉をかじる。

 お金がね……もうないんよ。

 宿の朝食は別料金なのである。

「ひまねー」

「そうですね」

 献湯の馬車が出てくるのを待っているのだ。

 スマホもないこんな世界じゃ、暇を潰すのも一苦労である。

「何か面白い話をして」

「無茶振りがすぎるのでは?」

「今夜の前借りよ」

「どうせ夜は夜でねだるでしょう?」

「そんなことないわ」

「じゃあ夜はリレイア様の番ということで」

「う……それはどうかしら……」

「ほらやっぱり」

「不敬じゃなくて?」

「こんなときだけ王族ぶられましても」

「普段から王族のつもりですけど!?」

「冗談ですよ。旅の魔道士を装っていても、王の器がいつもにじみ出ていますよ」

「え? そ、そう……?」

 やっぱりちょろい。

 そんなくだらないやりとりをしていると、大亀荘の裏口から湯を積んだ馬車が現れた。

 護衛は武装した傭兵が五人。

 そこそこ腕は立ちそうだが、あくまでその辺のモンスターを狩る程度ならというところだろう。

 本来なら十分な戦力ではあるはずだ。

 私とリレイアはその一行から少し距離をあけ、後をつける。

 街の入口までやってくると、そこにはあのゴロツキ三人組が待ち構えていた。

 私達は物陰に身を隠し、彼らが馬車を着けていくのを見送った。

 少し待ってから、彼らに悟られないよう、距離を開けて尾行再開だ。

 進行方向に向かって前から順に、馬車、ゴロツキ、私達の順である。

 領主の住む街へは、温泉街を出てからすぐ森へと入る必要がある。

 開けた街道では尾行などすぐばれてしまうので都合がいい。

 ただしこれは、馬車を襲う側にとっても同じ事だ。

 私とリレイアはできるだけ木に身を隠しながら、馬車とゴロツキを追った。

 森に入ってから二時間ほど経っただろうか。

「へいへーい。そこ行くお兄さん。持ち物全部おいてきな」

 馬車の前に三人のごろつきが飛びだした。

 そこに、街からついてきていたゴロツキ達も合流する。

 挟み撃ちだ。

 後ろの三人はいつの間にか覆面をしているが、街で顔がわれているためだろう。

「くっ……噂の盗賊か。積み荷は湯だ! 奪っても金にならんぞ! 旅費以外の金品もない!」

 御者の若い男が怯えながらも声を上げた。

「そんなことは関係ねーんだよなあ。ケガしたくなかったら、馬車をおいて街に帰んな」

「くっ……なんでだ。本当に金目のものなんてないのに……。傭兵のみなさん! お願いします!」

 御者の合図の前から、傭兵たちは構えていた。

 傭兵と言っても、腕に覚えのある男達がちょっと武装した程度のものだ。

 中には騎士崩れが傭兵になる者もいるが、戦で招集された際に訓練を受けていれば良い方というのが、この国の傭兵家業である。

「しょうがねえなあ、痛い目みてもらうぜ!」

 襲いかかるゴロツキと良い勝負を繰り広げている。

「どうします?」

 私は木の影でリレイアを見た。

「うーん、マズイわね」

「傭兵達、けっこうケガしてますね」

 中には腕を折られた者もいる。

「もうちょっとやられてくれないとなあ」

 いや、作戦は聞いてるけどね?

 セリフがエグいんだわ。

 リレイアは小さく呪文を唱え、手を地面につけた。

 それと同時に、傭兵の足元に小さな凹みができ、彼らのうち二人が足をとられた。

 そこまでする!?

 好機とみたゴロツキ達が、一気に攻め込む。

「今よ!」

 リレイアは私の手を取り、道へと飛び出した。

「何をしているの! 野蛮な行いは許しませんわ!」

 どの口が言うかな!?

 結果的には止めるんだからいいんだけどさ。

 リレイアの放った氷の槍が、ゴロツキ達の足もとに突き刺さった。

 氷の槍を起点に、地面が凍結していく。

 それに捕まったゴロツキと傭兵達の下半身が氷に閉ざされる。

「「「攻撃魔法!?」」」

 何人かが驚きの声を上げた。

 ちょっと火をつける程度の魔法ならまだしも、攻撃魔法を使える者と偶然出会う確率はそう高くない。

「なんだよこれ!」

 ゴロツキが一人だけ広がる冷気から逃れた。

 私はそのゴロツキとの距離を瞬時につめ、首筋に手刀を落とした。

「ま、またかよ……」

 どうやら浜辺で気絶させたうちの一人だったらしい。

「助かったよ! せっかく雇った傭兵達が頼りなくて……」

 馬車から降りた御者がかけよってきた。

「偶然通りかかってよかったですわ」

 髪などかきあげつつ、しれっと言うリレイアである。

「この道を通ったということは、領主様の街へ?」

「はい。行く当てのない旅ですから、あんなにも素晴らしい温泉街を納める領主様の街も見ておきたいと思いまして」

「それはちょうどよかった。もしよかったら、この馬車の護衛をお願いできませんか? 見たところ、そちらのメイドも腕が立つようだ」

 戦うメイドには『さん』をつけろと言いたいところだが、文化が違うのだからしょうがない。

「お役に立てるかはわかりませんが、かまいませんわ」

「ただ、悪いが報酬は街に戻ってきてからでいいか? 手持ちがなくてさ」

「私達も領主様の街に行ったあとは、またグラスポートに戻ってくるつもりなのです。往復分、馬車にタダで乗せて頂けるならそれでけっこうですわ」

「そんなのお安いごようさ。美人が二人も同乗してくれるなんて、旅が楽しくなるからね」

 馬車の周囲を歩かされていた傭兵達が不満な顔をしているが、氷漬けにされている手前、文句は言えないでいる。

「彼らはどうしましょう?」

 リレイアは慈悲のこもった瞳で、氷漬けになった男達を見た。

 わざとやったとは思えない表情だ。

「役立たずと犯罪者はそのままにしておくさ」

「それはあんまりでは……」

「お嬢さんは強い上に優しいんだねえ」

 すっかりリレイアにメロメロな御者である。

「しょうがない。このゴロツキどもを逮捕してもらわないといけないし……」

 御者は荷台につんでいた鳥かごからハトを取り出した。

 足に手紙をくくりつけ、空へと離すと、ハトは街の方へと戻っていった。

「本当は緊急用なんだけどね。これは緊急事態と言えなくもないし」

 なかなかよくできたシステムである。

「そうだ。氷漬けにしたとはいえ、この後全員逃げられては敵いませんし、一人だけ馬車に乗せていくわけにはいきませんか? 領主様に引き渡せば、褒美ももらえるかもしれませんわ」

「なるほど、それもそうだ。さすが魔法を使えるだけあって頭もいいね」

 リレイアの申し出に、御者は二つ返事で頷いたのだった。


◇ ◆ ◇


 そこからの旅は順調だった。

 川で捕った魚も美味しかったしね。

 日が暮れる前には目的の街へと着くことができた。

 領主が住むだけあって、それなりの規模だ。

 露店の様子を見る限り、ある程度お金をもっていれば、衣食住に困ることはないほどには経済的に発展している。

 小さな村などは、季節ごとに訪れる行商人以外は自給自足がメインという文明度だ。

 それを考えると、良い街と呼んでいいだろう。

「それじゃあオレは領主様に湯を届けないといけないからここで待っててくれるか?」

「あら、私達も領主様に用がありますの」

「そうなのか?」

 さすがに御者は疑わしげな目を向けてくる。

「ここだけの話、私ちょっとした貴族でして。温泉はついでで、こちらの領主に会うのが本当の目的なのです。内緒ですよ」

 リレイアに耳元で囁かれ、御者は頬を染めたが、すぐにその顔が青くなる。

「き、貴族様!? だから魔法が使えて……」

 平伏しようとする彼をリレイアが制止する。

「内緒だと言いましたわ」

「は、はい……」

 完全に籠絡され済み系男子である。

 そのお子様よりナイスバディがこっちにいるんだけどなあ?

 などと、余計な対抗心がちょっとだけ出てしまう。

 全然好みのタイプじゃないんだけどね?


 領主の館の門をくぐると、領主自らが出迎えに現れた。

 既にバスローブ姿である。

「大亀荘の使いだな。ご苦労だった」

 いい年したおっさんがこのウキウキ顔である。

 そんなに温泉が好きなら、グラスポートに住めばよいと思うのだが、国から与えられたこの館をおいそれと離れるわけにはいかないのだろう。

「はっ。ありがとうございます」

 御者は領主から報酬の入った革袋を受け取ると、深々と礼をした。

「して、そこに縛られている男はなんだ?」

 領主は荷台に転がされている男を指さした。

 言うまでもなく、ロープでぐるぐる巻きにされた上に、猿ぐつわをかまされたゴロツキである。

「献湯の馬車を襲った不届き者ですわ」

 御者の前に出てそう言ったのはリレイアだ。

「なに? そんなことをして何の得がある」

「ご存知ないのですね」

「何をだ?」

 リレイアの不遜とも言える口調に、領主はやや不機嫌になる。

「グラスポートでは『領主御用達』の看板を掲げるため、汚い行為が横行しているのですわ」

「なんだと?」

「他の宿に嫌がらせをしたり、献湯の馬車を襲わせたりですわね」

「そんなことが……」

「ほんとですわよね?」

 リレイアはゴロツキのさるぐつわをはずした。

「し、知らねえ!」

「ここでしゃべって、グラポートだけで仕事ができなくなるのと、しゃべらずに永遠に仕事がてきなくなるの、どちらがよいかしら?」

 リレイアに指示されるまでもなく、私はスカートの下から取り出したナイフを、ゴロツキの首筋に突きつけた。

「わ、わかったよ! 頼まれたんだ! 馬車を襲うように!」

「誰に?」

「そ、それはさすがに言えねえ……」

「まずは耳でいいかしら?」

 私はリレイアのセリフに合わせて、ナイフをゴロツキの耳元にやさしく当てた。

「かわいい顔して怖えガキだな! でも言えねえよ! それこそおまんま食い上げだ!」

「まあいいわ。銀熊邸の主人に頼まれたそうです」

「あ! 汚え! 知ってたんじゃねえか! あ――」

 ゴロツキがあわて口をつぐんだ時にはもう遅い。

 私は再びゴロツキなさるぐつわをかませた。

「まさかあの主人が……」

 領主は眉をひそめ、苦い顔をしている。

「似たようなことを他の宿もしていることでしょう」

 これは憶測……というか、話を大きく見せるための嘘である。

「そんなに街の様子はおかしいか」

「はい。なんせ、私達が泊まっていた宿が爆破されましたし」

「なんだと!?」

 これは本当だ。

 しょっちゅうそんなことがおきていると誤解を誘ってはいるけれど。

「このままでは街の治安が悪化し、お客として来てくれる貴族の足も遠のくでしょう」

「ぐ……それは困る」

 それは困るだろう。

 浴衣のレンタル代が税収になっていることは調査済みである。

「さらに、領主が湯を楽しむための法で、街が荒れているとあれば、国王からなんと言われるでしょう」

「貴様……私を脅すのか」

「滅相もございません。あれほどの温泉街は長く残って欲しいですもの。領主様には良い政治をしていただきたいと思っていますわ」

「う、うむ……」

 この領主、悪い人ではなさそうなのだが、いまいち能力は低そうである。

 すっかりリレイアのペースだ。

 もっとも、彼女のペースに巻き込まれない人なんて、そうそういないのだけど。

「私に良い考えがございます。少々ご協力いただければ、街を荒らす不届き者を退治できましょう」

「なんと。聞かせてみよ」

 リレイアは領主に作戦を耳打ちした。

 私には教えてくれないらしい。

 「だって、ユキを驚かせたいもの」とは彼女の言だ。

 心臓に悪いから、事前に聞いておきたいんだよなあ。

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