Chapter 1-8

 赤西歩が一之瀬伊月の事を意識し始めたのは、まだ二人が出会ってそう時間の経っていない頃からだったと思う。

 一年生の時、歩と一之瀬君は違うクラスだったが、一之瀬君と同じクラスだった三峰を介して二人は出会った。


 何がきっかけ、と言う訳でもないのだろう。気の合う異性と一緒にいる内に、いつの間にかそういう気持ちが湧いてきたのだと僕は思っている。彼ら自身がどう思っているかは知らないが、外から見ているぶんにはこの二人、やはり似ているのである。


「それじゃあ、あたしが三本決めるまでに、先輩が一本でも決められたら勝ちっていう事で」

「オッケー」


 歩は笑いながらドリブル練習をしている。少々ぎこちないが、特訓の成果は出ているようだった。それに歩ならもしかしたら、という期待は正直僕にもある。


「それじゃあ、始めましょうか」


 笠原君はフリースローラインに立つ。歩はその正面、スリーポイントラインの僅かに外側に向かい合わせになって笠原君にボールを渡した。ごく一般的な1on1の体勢だ。


 あれだけ盛り上がった球技大会も、一晩明ければまるでなかった事のようにいつも通りの日常が戻ってくる。だがその放課後、この体育館に集まったごく一部の面子にだけは、昨日の続きのような空気が流れていた。


 今日は体育館を使うような部活はどこも休みらしく、おあつらえ向きの舞台が整っていた。観戦に来ているのは、僕と三峰。そして一之瀬君の三人だけだ。一応僕が審判役として笛を持っている。

 隣の一之瀬君を見やれば、彼女は心配そうに歩を見つめていた。


「大丈夫かな、赤西君……」

「どうかなぁ。特訓の仕上がりはどうだったんだい、三峰」

「上々、と言いたいところだが、どうだろうな。やれるだけのことはやった、としか」


 渋い表情をする鬼コーチ。三峰が特訓と言ったら、そりゃあもう地獄のようなしごきが待っているのだが、作画が変わったような歩の顔を見ればそれは明らかだった。


 と、僕らが話している間に、笠原君から歩にボールが戻る。

 それを歩は軽く跳ねながら受け取り、右足、左足と着地。そのままボールを突く前に右足を動かした。僕は笛を吹く。

 それ、トラベリングです。


「嘘!? マジで!?」

「嘘じゃないよ! 分かんないなら別にジャンプとかしなくていいから! やるんだったら両足で着地してくれませんかね取り敢えず!」


 一之瀬君も笠原君も唖然とする中、三峰がぽつりと呟く。


「……やったよ? やれるだけは」


 僕は胸中で駄目かもしれないとうなだれた。

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