第4話 杏樹と印象の薄い子(3)

 「でも、おんなじ二年生でも会ったことなかったよね? 二語は?」

 「中国語」

 「あ、わたしフランス語ね。三語は?」

 「ラテン語」

 なぜラテン語?

 「わたしタイ語だ」

 こっちは観光で行きたい先で語学選んだのが丸わかりだな。

 「体育は?」

 「バドミントン」

 「わたしバスケ。これは会わないわけだよね」

 「うん」

 日本文学概論とか漢文学とか憲法とかの大講義では会ってるかも知れないけど、そういうのではほかの席にだれが座っているかなんか気にしないものね。

 それにしても最初からタメ口をききあっている。

 杏樹あんじゅはもともとお調子者で馴れ馴れしい子で通っているのでそんなものだけど、相手もそれに合わせてくるとはたいしたものだ。

 ここの研究室に入ると、この子といっしょなのかな?

 それとも、この子も冷やかし? それともこのおいしそうなお菓子を目当てに来た?

 きいてみる。

 「日本史志望なんだ?」

 「うん」

 相手は――いずみ仁子じんこは当然のように答えた。

 「やりたいテーマとか、ある?」

 「関東の古墳文化」

 「へっ?」

 いや、そこまでピンポイントに答えなくても……。

 泉仁子は続けてたんたんと説明する。

 「古墳っていうと、説明がだいたい畿内きない中心でしょ? でも、関東にもけっこう大きい古墳があって、あと横穴おうけつは関東が多いんだよね。前方ぜんぽう後方こうほうふんっていうのが東のほうの特徴なのか、それとも前方後円墳の亜流が前方後方墳かって話もあるし。あと、関東って、そのころのエミシの土地と接してて、飛鳥時代とか奈良時代とか、古墳の時代じゃないけど平安時代までね。それが古墳にも影響してるのかなって、そういうので……興味あって」

 圧倒された。これは冷やかしでもお菓子目当てでもない。

 「詳しいねー!」

 感心してみせる。いいと思う。ほんとうに感心したのだから。

 「いや……その」

 印象の薄い泉仁子はとまどった。

 いや、いまの一発言で印象の薄さは消えた。「関東の古墳の泉仁子」と、キャッチフレーズつきで印象が刷り込まれた。

 それ以外はあいかわらず印象が薄いけれど。

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