第6話 莉音の涙

「あ、えと、その先を左折。うん、そしたらー、あ、そこそこ! そこの三軒目!」


 僕が向かったのは立花さんの家だ。彼女も地元から離れて暮らしているらしく、アパート暮らしだった。

 オフィスがある最寄りの駅からたったの一駅。その駅から徒歩5分という立地の良さが災いしたのか、こちらも結構酷い有様だ。建物は荒らされ、至る所に逃げ遅れた人の遺体が転がっていた。


 それでもここへ来たのは、立花さんの私物を回収するためだ。この先お金が重要な世界になるのか、某世紀末なマンガみたいにケツ拭く紙にもならなくなるのか分からないけど、あるものは使った方がいいし、節約という観念はこの先も大事になってくると思う。


 立花さんは思いの他早く戻って来た。肩を震わせ俯きながら、左手でキャリーバッグを引いている。荷物はそれ一つだ。あと、チノパンとトレーナーに着替えていた。

 後部のハッチを開けてキャリーバッグを詰め込むと、黙って助手席に乗り込んで来る。シートに座ってシートベルトを締めても、まだワナワナと震えたままだ。


「あ、あの? 立花さん?」

「……」

「えっと……?」

「莉音でいいよ」


 まったく目が笑ってない笑顔でそう言われても……


「リピートアフタミー! りおん! はい!」

「リオン、さん」

「うん、まあいい」


 ここで漸く立花――じゃなくてリオンさんの目が笑う。ちょっと『りおん』が硬くなって、カタカナ呼びになっているのは勘弁してほしい。


「えっとね、小早川くん。お願いがあるんだ」

「僕の事も冬至でいいですよ。なんですか? 僕に出来る事なら」

「分かった。じゃあトウジくん。あたしはモンスターに復讐したい。だからさ、手伝ってくれるかな? 出来る事ならなんでも言う事聞くから!」


 さっきまで笑顔はそのままに、瞳に溢れんばかりの涙をためて縋ってくるリオンさんを見て、僕に断るという選択肢はそこで消え去った。


 何でも言う事を聞く。物凄く重い言葉だ。所詮口約束だけど、あの涙は本物だった。家の中で何があったんだろう。まさか家族が? そんな事を考えてしまう。


「えっとね、ガソリンの携行缶と、手を放しても消えないオイルライター、あとガソリン!」

「ああ、携行缶ならありますよ?」

「そっか、じゃあそれにトージ君みたいな迷彩柄の服とか頑丈そうなブーツみたいの欲しい」

「なるほど。じゃあちょっとハシゴしましょうか」


 これ、絶対モンスター焼き殺すマンだよね……

 でもスキルを持たないリオンさんだから、なるべく接近せずに倒す手段を考えるのって大事だと思う。だから彼女の要望に応えるように、まずはホームセンターに向かった。ついでに食料品や飲料水なども大量に確保。

 そしてガソリンスタンドで携行缶にガソリンを入れ、ついでに愛車にも給油。

 その後向かったのはワーク〇ン。


「おまたせ」


 ワー〇マンから出て来た彼女は既に店内で着替えて来たようだった。僕と同じ様な迷彩柄のカーゴパンツ、革製のベルト。それに電気工事用のワークポーチや腰袋が付けてある。ああ、これいいな。色々と使い道が有りそうだ。あとはナイフとかも入れられそうだね。僕も買ってこよう。

 上着も防水仕様のフード付きジャケット。勿論迷彩柄だ。


「すごいねー。あたし、ワークマ〇って初めて来たけど、色んなのがある! かわいいのも結構あるね!」

「そうなんですよね」

「ほら、これ。トージ君のも買ってきたの。膝と肘に付けるやつ」


 ああ、スケボーとかでよく付けてるヤツだ。でもこれ、意外と必要かも。僕もあとで色々調達に来ようかな。


「ありがとうございます。僕だけじゃ気付かないのもあるので、助かりますよ」

「えへへへ~」


 会社での塩対応なリオンさんはどこ行った。完全に距離感がバグってる気がする。その時、頭にチリチリとした刺激が走った。これは敵性生物が索敵エリアに入ったか、或いは発生した時に起きる現象だ。まだスキルレベルが低いので、敵かそうでないかの判断と、その数、そして方向くらいしか分からないけどね。


「たちば――リオンさん、敵が近付いています。折角なので、今ある携行缶の中身、使っちゃいましょうか」

「う、うん! いいかな?」


 僕はガソリン入りの携行缶をリオンさんに手渡し、〇―クマンの店舗からなるべく離れた場所で待ち伏せる。敵の反応は二方向にある。近い方からは2匹。遠い方には3匹。まずは近い方からだ。


「グギャ?」


 モンスターはおなじみゴブリンだった。まだこっちの区域に来ているモンスターはいない筈だ。ならこいつらが先遣隊か?

そのゴブリンが僕に気付き、小剣を振り上げながら走ってくる。いつも思うんだが、本当にこいつらは殺意が高いな。その分、罠には掛かりやすそうだけど。


 リオンさんが走ってくるゴブリンの進路上に、携行缶の中身のガソリンを撒き散らした。


「リオンさん!」

「うん!」


 ガソリンに引火したらボヤなんてモンじゃ済まない。もう爆発と言っていい火力が生み出される。その場から離れるようにリオンさんを呼び戻した。


「てい」


 リオンさんがタイミングを計りながら、気の抜ける声をあげ火を灯したオイルライターをゴブリンに向かって放り投げた。そして巻き起こる大爆発。いやもう、本当に大爆発。ゴブリンを殺すにはかなりオーバーキルなマップ兵器だ。


「ふひ、ふひひひ……しねしねしねしねしね」


 うすら笑いを浮かべながらその様子を見ているリオンさんがとっても怖い。


「あ、アナウンス鳴ったよ! それに称号が付いたって!」

「え? そりゃ凄い!」

「どれどれ?」


 無事にゴブリンを倒せたリオンさんが、ニタリと嗤ってこっちを見る。笑う、じゃなくて嗤うってのがミソだ。

 そして急にリオンさんの目の焦点が合わなくなった。怖い。多分メニューウインドウを見ているんだろうけど、僕も傍から見たらあんな感じなんだろうか。あまり人前じゃやりたくないな。


「うふふ、ビルド終わったよー」


 ビルドというのはステータスを振り分けたりどんな装備やスキルを持たせるか決めたりすること。この場合はどんなスキルを取得して、この先どういうスタイルで戦っていくかを決めたという事だ。


「えっとね、スキルは火魔法レベル1と水魔法レベル1、あと槍術レベル1と、身体強化レベル1」

「……は? 四つもですか!?」


 僕の間抜けな声が辺りに響き渡った。だってこれは驚くでしょ。


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