第22話 お風呂

「わたしが先に脱ぎますから、アヤメ様も脱いでください」

「え?」


 止める間もなく、スフィーリアがするすると下着を取り去ってしまう。

 背中を向けているが、綺麗でぷるんとしたお尻は丸見えである。

 女の子のお尻って……なんて芸術的。

 スフィーリアは首だけ軽く後ろを振り返る。あっさり脱いだように見えて、耳まで赤くなっている。


「……わたしだけ裸なんて、ずるいですよ?」

「お、おお……」


 覚悟を決めて、僕も下着を脱ぐ。

 ……脱いだはいいのだけど、女性には見せられない状況になっている。どうすればいい? せめてタオルはないか? 手で隠すしかない?

 焦っていると、スフィーリアが腕で胸と下腹部を隠しながら振り返る。それから、僕の股間に目をやり、手を避けるようにちょいっと首を傾ける。ナニカを確認し、にぃっと意地悪そうに笑った。


「……男性のって、本当にそんな風になるんですね」

「……すみません」

「謝ることではないですよ? 男性として当然の反応をしているだけのことです。

 でも、ちょっと意外です。アヤメ様は経験豊富でしょうから、わたしの裸を見ることくらい、平気だと思っていました」

「経験豊富って……。なんでそうなる?」

「だって、たくさんの女神の裸を描いているじゃないですか。女性らしい体つきや骨格をしっかり理解されていたので、たくさんの女性と関係を持ったことがあるのだと思っていました」

「……あー、そういう判断になるのか」


 こっちでは、女性のヌードを描くなら女性の裸体を直接見るのが主流なわけか。あるいは、絵画から学ぶという手もあるかもしれないが、そうではないとスフィーリアは思った、と。

 この世界には写真もネットもない。検索したら女性の裸も見放題、とはいかないのだ。


「……ちょっと、事情があって」

「もしかして、姉や妹をモデルに描いていましたか?」

「……それも違う。と、とにかく、僕は全然経験豊富なんかじゃないよ。むしろ未経験だよ……」

「そう、なんですか? へぇ……。そうでしたか……。一緒ですね?」


 嬉しそうに笑わないで! 何が嬉しいのか知らないけどさ!


「とにかく、一緒に体を洗いましょう! さ、どうぞ!」


 手を引かれ、二人で浴室内へ。

 フローリングはないので、風呂でも床が木製。ただ、水が排水溝に流れるような仕組みは作られているらしい。作ったのはやはりスフィーリア。身体強化や魔法を使うことで、ざっくりした大工仕事ならもうお手の物だとか。実に逞しい。ちょっと学べば、いっそ本職の大工にでもなれるのではなかろうか。

 三人が入れるくらいの湯船があり、そこにお湯が溜められている。普通にやると大量のお湯を沸かすのも簡単ではないが、これも魔法でささっとやっている。


「浴室じゃなくて、わたしを見てもいいんですよ?」

「い、いやぁ……それは、ねぇ?」


 僕は意図的にスフィーリアからは視線を逸らしている。向こうが許しているとはいえ、僕には刺激が強すぎるのだ。


「わたしの体、あまり魅力的ではありませんか?」

「そんなことはないよ」

「まぁ、見ればわかります」

「見なくていいから!」

「そう言われるとむしろ見たくなりますね」

「好きなだけ見ればいいよ!」

「わかりました。ちょっとその手を退けますね」

「いやいやいや!」


 スフィーリアが僕の手を退けようとしてくるが、断固として拒否。スフィーリアはくすくすと笑うばかりだった。


「……素朴な疑問。こっちの人って、男女でお風呂に入るとかよくやるの?」

「一般家庭に浴室はありません。公衆浴場に行きます。だから、男女で一緒にというのは珍しいですね」

「……それにしては、スフィーリア、大胆だね」

「忘れたんですか? わたし、セックスの神様を信仰しているんですよ?」

「そうだった……」

「この程度、大したことではありません。もちろん誰とでもこんなことをしてしまうわけではありませんが、わたし、アヤメ様とはもっと仲良くなりたいので」

「色々と段階を飛び越えている気がする」

「そうなんですか? ラーヴァ様は大抵、気に入った男性の元へいきなり夜這いに行きますよ?」

「神様と人間を比べちゃダメだって! スフィーリアが言ったことだろ!?」

「そうでしたっけ?」

 

 わかり易くとぼけながら、スフィーリアがくつくつと笑う。


「さ、まずは体を流しましょうか。その後、湯船にゆっくり浸かりましょう。……強引な色仕掛けはわたしもどうかと思うので、あえてこっちを見ろとは言いません。背中を向けて座ってください」


 木製の小さな椅子があるので、それに腰を下ろす。すると、スフィーリアが背中から思い切り水をぶっかけてきた。

 水!? つ、冷たっ!


「な、なに!?」


 思わず後ろを振り向く。すると、手桶のようなものを持ったスフィーリアが、にやりと笑った。

 当然のごとく、大事な部分は隠していない。全てをさらして、膝立ちになっている。

 色の薄い頂点も、陰部も、全てが視界に入ってきた。

 ギリシャ彫刻よりもなお美しいその肢体。神の曲線を描く豊かな乳房。美の女神がいるとすれば、それはスフィーリアのことだ。


「ようやく、こっちを向いてくれましたね? 作戦成功です」


 強引な色仕掛けはしないと言った唇はどこいった?


「ご、ごめんっ」


 再びスフィーリアに背を向ける。

 ショックがでかすぎて心臓が痛い。股間も痛い。


「謝らないでください。わたしが見てほしかっただけですから」

「……心臓に悪い」

「大丈夫ですよ。わたし、癒しの魔法は得意ですから」

「そういう問題じゃない……」

「知ってます。さ、次行きましょうか」

「水はやめて!」

「わかってますって」


 今度はちゃんとお湯をかけてくれた。冷えた体が温まる。

 次に、スフィーリアの手が僕の全身を這い回る。手がぬるぬるしているのだが、これはスフィーリアお手製の石鹸のせいである。


「く、くすぐったいんだけど!?」

「ちょっと大人しくしてください。洗えないじゃないですか」

「自分でやる! 自分でやるから!」

「ダメですー。この石鹸はわたし以外が触ると溶けてなくなるんですー」

「スフィーリアが触っても溶けてなくなっていってると思うけどね!?」

「あと、わたしの浄化魔法と組み合わせて使った方がいいんですよ」

「むしろ浄化魔法だけで十分なのでは!?」

「ん? 何か言いました? ちょっとアヤメ様の声がうるさくて聞こえませんでした」

「都合のいい耳だなぁ! って、そこは洗わなくていいからね!?」

「何をおっしゃいますか。ここをむしろ重点的に洗うべきでしょう?」

「や、だから、それは……っ」


 エロゲの世界にでも迷い込んだのかというような時間がしばし過ぎて。


「はぁ……はぁ……危なかった……」


 スフィーリアからのご奉仕的な何かが終わったとき、僕はもう息も絶え絶えである。なお、髪も石鹸で洗われた。シャンプーはまだ存在しないらしい。


「次、わたしの体、洗ってくれませんか?」

「申し訳ないが断る!」


 そして、僕は湯船に身を沈める。スフィーリアからは視線を外した。


「……見ててもいいんですよ?」

「……お気持ちだけで十分です」


 やれやれ。

 男として大変嬉しい展開ではあるのだけれど、なかなか心臓に悪いなぁ……。

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