第21話 四日目

 異世界生活、四日目。

 夜明けと共に起きる習慣はまだついていないのだけれど、今日は丁度空が白み始めるときに目を覚ました。

 窓の外を眺め、日本とは全く違う景観に気持ちが和らぐ。僕の家は比較的都会にあったからか、こういう長閑な風景に惹かれるものがあった。


「……こっちで暮らしていくのは悪くない。ただ、やっぱり、両親にはどうにか連絡を取りたいかな……。このままだと、それはずっと心残りになるかも……」


 とはいえ、僕にどうにかできる問題でもない。スフィーリアを頼るしかないな。

 窓から視線を外し、室内を見渡す。

 二階にあるこの一室には、ベッド、机、椅子、小さなタンスくらいしかない。自宅と比べるとあまりに殺風景だけれど、余計なものがないという開放感もある。


「普通の男子高校生だったら、スマホが使えない、ゲームがない、ネットがない、とかで文句を言うのかなぁ……」


 僕の場合、とりあえず絵を描く環境があれば満足。紙とペンを取り上げられると発狂するかもしれないが、ここではそういうことはなさそうなので安心している。


「……いつもよりちょっと早いけど、食堂に行ってみるか」


 いつもなら、もう少し明るくなる時間帯にスフィーリアが起こしに来てくれる。今日は自分から降りてみよう。

 まだ室内は薄暗いけれど、視界が確保できない程じゃない。部屋を出て、食堂に向かった。

 スフィーリアとキーファの姿はない。

 特に、スフィーリアの姿が見えないことに寂しさを感じてしまった。

 どうせもうすぐ会えるだろうとわかっているのに、スフィーリアを探して屋敷内を歩き回ってみる。食堂の他、調理室、食料庫、応接間、空き室、トイレなどがある。


「ちゃんとトイレがあるのはありがたいよなー。中世のヨーロッパはトイレがなかったっていうし」


 しかも、ここは水洗トイレに近いものになっている。スフィーリアが独自に開発したもので、水魔法を使えないとすぐに水が枯れてしまうのだが、とにかくかなり清潔なトイレになっている。

 スフィーリアは色々な魔法を身につけたというが、だいたいは生活を便利にするためのものらしい。水を出す、火種を作る、などの魔法は、水道もガスもない世界では非常に便利だ。

 ちなみに、そもそも魔法はある程度後天的に身につけられるものらしい。魔法の素質があれば、色々な属性の魔法も使えるようになる。

 スフィーリアの場合だと、聖女として回復魔法や聖魔法を得意とするが、それ以外の属性魔法や錬金術も使えるようになる、という具合。

 ただ、そもそも魔法の才能がない者もいる。僕もそうなのだけれど、魔法は収得できないらしい。神絵師というジョブは得たらしいが、それが僕にどんな恩恵を与えているかは不明だ。僕が異世界人であるせいか、詳細を調べることもできないらしい。

 僕の感覚としては、日本にいた頃と特段の変化は感じていない。強いて言えば集中力が上がったかも? 


「……スフィーリア、いないなぁ」


 一つ一つ探していき、そして……浴室のある部屋から人の気配。


「……そういえば、普段は朝と夕方に入るって言ってたっけ」


 夕方にお風呂に行く姿は見ていたが、朝は僕が起きる前に入っていたらしい。寝ていたから気付かなかった。


「お風呂なら、邪魔をするわけにはいかない……」

「アヤメ様ですか!? 今日はお早いですね!」


 引き返そうとしたところで、ドアが内側から開け放たれた。

 そして、肌の露出が多い、おそらく下着姿であろうスフィーリアが姿を現した。


「……は、え?」


 日本で売られているような、細かい装飾がされた可愛らしい下着ではない。でも、形状はブラとかショーツに似ていて、それを布地だけで作り上げている。

 大事な部分は隠れている。しかし、たゆんと揺れる胸の膨らみははっきりとわかってしまうし、ほっそりしたお腹とおへそも魅力的。すらりと伸びる脚には挟まれてみたい。魔法の灯りに照らされる白い肌が眩しくて、目が潰れそう。

 女の子の裸に近い姿。写真では水着姿くらいたくさん見てきたものだけれど、こんな立体的な女体には赤面せずにいられない。


「あ……っ」


 スフィーリアも、自分が下着姿であることに気づいた。さっと顔を赤らめて、パタンとドアを閉める。

 気まずい時間が流れる。どうフォローを入れるべきか。いっそ何も見なかったことにするべきか。あるいは、綺麗な体だと褒めるべきか。

 数秒後、ドアが三センチ程開いた。赤い顔のスフィーリアが、おそるおそる尋ねてくる。


「……ご一緒にいかがでしょうか?」

「……はい?」


 どうして一緒に?


「よく考えると、アヤメ様を避ける理由もありませんでした。わたしの気持ちもお伝えしていますし。いっそ、ご一緒にいかがです? わたし、アヤメ様となら構いません。むしろ、一緒に入りたいです」

「……で、でも、僕たち、男と女だし……」

「男と女だから、誘ってるんですよ?」

「いや、それは、そうかもしれないけど……」


 スフィーリアと一緒にお風呂……。なんて魅力的な提案だ。想像しただけで理性が吹き飛びそうだ。

 僕が固まっていると、スフィーリアがドアを開け放ち、僕の手を掴む。


「昨夜は控えめにと言いましたが、少しばかり、大胆にいかせていただきます。嫌なら、抵抗してくださいね?」


 スフィーリアが僕の手を引く。抵抗なんてできるわけない。強引に部屋の中に連れ込まれ、ドアが閉められた。

 四畳くらいの脱衣スペースに二人きり。スフィーリアは下着姿。床に置かれた籠には、スフィーリアの着ていた白いローブ。


「抵抗しなかったということは、承諾したということですよね?」


 スフィーリアがにやぁ、と意地悪そうな笑み。


「強引な……」

「嫌なんですか?」

「そうじゃないけど……」

「じゃあ、脱いでください。一緒に入りましょう」

「ほ、本気?」

「もちろんです。わたし、冗談でここまでする程、貞操観念こじれてません」

「……そう」

「恥ずかしいようでしたら、わたしが脱がせて差し上げますね?」


 スフィーリアが脱衣を手伝おうとしてくる。一人で脱ぐより恥ずかしく感じられて、スフィーリアを制止。


「脱げる! 自分で脱げるから!」

「そうですか? 遠慮しなくていいですよ?」

「遠慮とかじゃないから!」

「わかりました。でも、いつでもサポートできるように見ておきますね」

「サポートが必要になることはないから! 見られてると脱ぎにくいだけだって!」

「失礼しました。後ろを向いておきますね」


 スフィーリアがくるりと後ろを向く。なんだか立場が男女逆転してない? 普通、僕が後ろを向く側じゃない?

 腑に落ちないものを感じながら、借り物の修道服を脱ぐ。服は籠の中へ。

 パンツ一枚になったところで、全部脱ぐのをためらってしまう。


「もう、いいですか?」

「……全部脱がなきゃダメ?」

「アヤメ様の国では、入浴の際に下着をつけておくのですか?」

「いやぁ、実はそうなんだ」

「嘘ですね」


 くすりと笑われた。

 く……。女性が堂々としているのに、男の僕がこんなたじたじでどうするのか。情けないぞ、僕……。

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