♰Chapter 12:犠牲の果てに

「〔幻影〕所属の水瀬です」

「ああ優香、元気そうで何よりだ」

「ええ、おかげさまで」


路地裏の入口で煙草を吹かしていた人物に水瀬は声を掛けた。


軍服をオマージュした制服には鳩がオリーブの枝を加えている胸章がデザインされ、一目でISCだということが分かる。

また、電子煙草が主流になっている現代に紙煙草を吹かし、まして男口調の女性であることも相まって並の人物より異彩を放っている。


雑談から察するに二人は以前からの知り合いらしい。


「ところでそっちの少年――ん? ああ、優香の恋人か?」

「余計なところで惚けないでください。部外者ならここに連れて来ません」

「それもそうだ――名前を聞いても?」

「最近〔幻影〕に所属した八神零と言います。彼女とは貴方のいう恋人関係ではなく、相棒関係です」


オレはことさら丁寧に自己紹介すると一層暗殺者としての顔を潜める。


普段から覇気や殺意といったものを隠匿してはいるが、犯罪者を多く見てきた人間には稀に鋭く感づかれることがある。

それは職業上、後天的に獲得できるスキルだ。


「そうか……。何気に私は期待したんだがな。ようやく優香にも春が巡ってきたか、と」

「そろそろ八神くんに自己紹介をお願いします」


にべもない切り返しに苦笑いを浮かべる。

水瀬は水瀬でやや居心地悪そうにしている。


「ああ、私は宇賀神綴うがじんつづりだ。現在は〔ISO〕の特殊捜査課第一八四小隊を任されている。対魔法使いの治安維持を担っているよ。よろしく、零」


アルトの声音でオレに握手を求めてくる。

オレもその手に応じつつ言う。


「よろしくお願いします」

「さて、早速だが二人が見たいものを見せてやる」


煙草を携帯灰皿に押し付けると路地裏に入っていく。

路地裏と言えど数人くらいなら満足な幅を取れるくらいには場所がある。


「――着いたぞ」

「――ッ」


水瀬が隣で息を詰まらせる音が聞こえる。

オレも予想していなかった惨状に状況を分析していく。


建物の壁には無数の弾痕が残され、地面には渇いた血溜まりの跡が残っている。

そしてそれぞれ中心には一体ずつ――計五体の遺体が倒れていた。

許可を得て一体一体を仰向けに寝かせると、いずれも例外なく心臓を一突きにされている。


「つい先程見つかったものだ。恐らくは昨晩中に絶たれたんだろうな。先程の入り口からここに至るまでの壁にも無数の跳弾の痕跡がある。そして血痕もその付近にのみ存在する。まあ普通に殺されたんだろうな」


普通の定義が曖昧になりそうな宇賀神の解説とも呼べない解説に感覚を正しく持つ。


「宇賀神さんは――」

「綴な。まだるっこしいから敬語も出来ればなし。優香は敬語を頑なに譲らなかったから特例だ」

「なら綴と呼ばせてもらう。この状況を〔ISO〕はどの程度まで把握している?」

「内部情報に勢いよく片足を突っ込んできたな。嫌いじゃないよ、お前のような少年は」


宇賀神はオレの問いに答えることなく死体の正面に立つと、煙草を取り出し着火する。


「さて、と。今回もまたなかなかに疲れる事件だ――」


煙草をペンのように使い、虚空に解読不可能な文字列を刻んでいく。

やがてそれはそれぞれの死体に消えていくが何も起こらない。


「優香は周辺に証拠が残っていないか探しておけ――私たちは少しあっちの方で話をしようじゃないか」

「ああ」


急な展開に訝しく思うが、それを理由に断るというのも不自然だ。

オレは宇賀神に連れられ、一つ角を曲がったところで対面する。


「実はな、私も魔法使いなんだ」

「見ていれば分かる。〔ISO〕にも魔法使いはいるんだな」

「無論だ。人間が善悪を持つのと同様に魔法使いも善悪を問わず出現するものだ。それはまあ言ってみれば、悪の側の魔法使いに対峙する〔ISO〕にも対抗できる人材が必要ということを示すのさ」


大きく煙を吐き出すとオレを見て笑う。


「本当にお前は表情が変わらないな。少しは怖がったり、笑ったりしてくれると可愛げがあるんだけどな」

「これがオレの素だ。表情の動かし方なんて分からない」


任務以外では、という言葉は胸の奥に閉まっておく。


「本題に入る前に軽く私の固有魔法を明かしておこう。私の魔法は『ルーン』と呼ばれる文字を煙草を通じて描くことで現実に干渉するものだ。さっきのは死体が最後に見た断片的な光景を作り出すための下準備。間もなく犯人の動向が上がってくるはずだ」

「……それだけか? それならオレをわざわざ水瀬から離す必要性は無かったはずだ」

「まあその、なんだ。優香は特別扱いされることを嫌うが、あの子のことを気に掛けてやってほしい。それを伝えたかったんだ」


言葉から本気の気配をひしひしと感じた。

宇賀神の態度に東雲の水瀬に対する当たりの強さ。


水瀬に何があったのかをオレは知らない――まして、そこまで親密になれるほどの信頼を築くだけの時間を共有していない。

だがそれでも宇賀神がオレと水瀬を離してまでこの言葉を伝えた意味は受け止めなくてはならない。


「分かった。出来る範囲で気には止めておく。特別なものを持っていないオレには何もできないとは思うが」

「ああ、それでいい。そろそろ頃合いだ。優香も呼んで検証と行こうじゃないか」



――……



「話は終わった?」

「ああ、水瀬は何か見つけられたか?」

「いいえ、特には何も。残っているものといえば彼らの遺体と血痕だけで他の手がかりは何もなかったわ」

「犯人が余程の間抜けじゃない限りはそうだろう。そろそろ私の魔法が五人の死ぬ間際、概ね数十秒を映し出すぞ」


間もなくどこからともなく湧き出た煙が結集し、白煙の五人と黒煙の一人の像を作り出す。

人型というだけで具体的な目鼻立ちは不明だ。


それらは一斉に飛んでいく。


「路地裏の入口まで戻るぞ」


オレたちが入口付近まで戻るとそこから少し歩いたところで白煙人形の二体の口元が動いた。

無声のため、何を言っているのかまでは分からない。


「どうやら五人は隊列を組んで警戒している途中だったようだな。先頭が班長とするならこの二人は雑談をしていたのか、はたまた何かに気付いたのか」


そこで一人の胸部から何かが出現しすぐに倒れ込んだ。

そして前方にある何かを捲る動作をしたあとに三人が続く。

最後の一人は時差がありつつもその場で命を失ったようだ。


次に奥の方からゆったりと現れたのは黒煙人形だ。

それは白煙人形を一瞥するとそのまま歩き去っていった。


「これが大まかな事実か?」

「まあ待て。まだ私の魔法は終わっていない」


白煙人形のうち絶命していたと思われた班長人形が壁の下の方に何かを擦り付けている。

やがて全ての人形が消え去った。


「なるほどな。さすがに〔ISO〕の一グループを任される人物だ。ただでは死なんということか」

「これは……ダイイングメッセージ?」


血文字はひどく掠れており見づらかったが、水瀬の言うように確かにダイイングメッセージらしきものが見て取れる。

らしきもの、と曖昧なのは確信をもって文字として捉えなければ判別できないほどに消えかかっているからだ。

ここまでになると固有魔法がなければ、オレも水瀬も宇賀神でさえも見逃していただろう。


宇賀神はじっくりと血の記号を観察するとやがて答えを口にする。


「ほう……。”きず”か」


”きず”とは何を指すのか。

それは恐らくもっとも単純な答えだ。


「相手に”きず”を負わせたということではないでしょうか?」


水瀬もオレと同じ答えを得ていたようで確信をもって宇賀神に意見を求める。


「私もまったくの同意見だ。一方で固有魔法の短所が出たな。事象に関連する生き物は再現できてもそれ以外の物は再現できない。でもまあここでいう傷は恐らく”銃創”だとは思うがな」

「犯人の特定はできるか?」


オレの直接的な質問に肩をすくめてみせる宇賀神。


「それはなんとも言えないな。私の魔法は攻撃力もなければ防御力もない。まして全貌を知れる過去観測の魔法でもない。あくまで事実を積み上げて解決のヒントを得るんだ。私たち〔ISO〕もできる範囲で協力はするが最終的な戦闘は〔幻影〕が頼りだ。だからその時は頼んだぞ」


普段の宇賀神ならこれほど細かく説明はしないのだろう。

オレの方を見つつ、理由を細かく話してくれたことに感謝しなくてはならない。


伝えるべきことを伝え終えた彼女はひらひらと手を振ると他のISCに命じて手際よく事後処理をこなしていく。


「私たちも一旦戻りましょう」

「ああ」

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