♰Chapter 17:第五元素・空

翌日、水瀬に連れてこられた場所は仮にオレも住まわせてもらっている洋館の地下一階にある部屋だった。


上階が赤絨毯を敷かれていたのに対し、地下は壁や床が剥き出しの石壁構造になっていた。

明かりも古ぼけたランタンが申し訳程度に置かれているだけで薄暗い。


それにオレには理解できない様々な物も散乱している。

さながら中世の工房といった様相である。


「ごめんね。最近は忙しかったから地下まで掃除の手が回らなかったのよ。今片付けるから」


水瀬の『最近は忙しくて』という言葉は言うまでもなくオレの魔法の磨き上げに時間を割いていることがある。

加えて空いた時間で彼女が『盟主』との綿密な情報連携と他の〔幻影〕魔法使いの支援をこなしていることをオレは知っている。

住処のことまで手が回らないのも致し方ないと言えばそうなのだろう。


水瀬は手際よく散乱した分厚い本やら装飾品、薬品のようなものまで端に寄せる。

最後に積もったほこりを軽く拭いて簡易な清掃を終えた。


「他の四大元素は外で練習したが今回は建物のなかでやっていいのか?」


今日は第五元素に該当する『空』の魔法に関して手解きを受ける予定だ。

てっきり外で行うのかと思っていたのだが違うらしい。


……仮に爆発でも起こした場合にオレには責任が取れない。


「ええ、大丈夫よ。むしろ狭い場所で行うことが初歩だから。さて、軽く今までの復習をしてから空属性に入ろうかしら。火・水・風・土の属性塊を具現化してみて」


オレは言われるままに美しい赤い魔力を凝集し、炎の塊を作り出す。

次いで青の魔力による水の塊、緑の魔力による風の塊、黄の魔力による土の塊を現出させる。


いずれも室内の照度が絞られているだけによく映える。


「これまでの復習として、魔法とは魔力を使ってありうべからざる現象を引き起こすこと。最も基本的かつ根源的属性が火・水・風・土・空ね。そして絶対的なルールとして死者が生き返ることがありえないことがあるわ」

「ああ、全てお前から教わったことだ。頭に入っている」

「それならこの辺りで最後の空属性をやってしまいましょう。空属性の最大の特徴は精神や空間といった高次元に干渉できることね。例えばそう、精神感応がその一例ね」

「そうか。ならイヤーカフ型アーティファクト――確か『EAエア』だったか? それは空属性の応用だったりするのか?」


水瀬は驚いたように目を丸くすると頷く。


「ええ、そうよ。アーティファクトを研究する機関があるから、魔法と併せて色々な応用を利かせてくれるの。それにしても八神くんは呑み込みが早すぎるくらい……私の講義は退屈かもね」

「いや、そんなことはない。自分の中で推論を組み立てても水瀬のように答え合わせをしてくれないと結局は何も使い物にならない」

「貴方は時折難しいことを言うわ。さて、と。最後に精神感応ではないけれど空属性の通用魔法の実演ね」


水瀬が部屋全体に向け両手を広げると、白い魔力の微粒子と共に軽いものから順々に物体が浮き上がっては移動していく。

先程は端に寄せただけだった本や薬品などもひとりでにあるべき場所へと整頓されていく。


「こんな感じで重力操作も空属性の一つなのよ。一般人が最初に思い浮かべる魔法使いのオーソドックスなイメージがこれかもしれないわね」


やや楽しそうに教えてくれる水瀬の説明に理解を示しつつ、オレは口を挟む。


「水瀬、一つだけ聞いてもいいか?」

「ん? いいわよ」

「今日だけ地下室に呼んだのは魔法実演と片付けの一挙両得がしたかったからか?」

「え、あ」


図星を突かれたらしい水瀬は妙にあたふたしながらも頷いた。

別に責める意図はなかったが、そう捉えられてしまったのかもしれないな。


「まあ、それは置いておいて魔法の質問なんだが、他の四大元素は『放射する』『塊で撃つ』くらいしかできなかっただろう? だが空属性だけはなぜ重力操作や精神感応みたいないわば固有魔法に近いこともできるんだ?」

「いい質問ね。空属性の魔法は他とは違って少しだけ特異なのよ。例えば、水属性って言ったら氷属性もその中に含まれる。他には死属性もね。でもそれほど含有される属性量は多くない。それは火や風も一緒ね。空は火・水・風・土以外の魔法属性全部を含むから特異なの。もちろん固有魔法の精神感応と通常の精神感応だとまったく威力が違うけどね」

「なるほどな」


オレは軽く重力操作の魔法を修練し、地下室を片付け終わる頃にはミリ単位の調整もできるようになっていた。


「ふう……こんなに整頓されている状態を見るのはいつ以来かしら……?」

「積もっていた塵や滓を見るに二、三か月くらいじゃないか? まあそこのところはよく分からないがオレの拙い魔法が役に立てたのならよかった」

「謙遜もほどほどにね。今の貴方を見れば伊波くんも『盟主』も、きっと朱音も魔法使いとして認めてくれるわ」


オレと水瀬が一階に戻ると何度も正面玄関の扉を叩く音がした。

忙しないその音は直近ではあの人物しか心当たりがない。


”ちょっと、いないの? っていうかこのドアノックの音って中まで聞こえてんの? あーもういらいらする!”


これでもし中に人がいなければ彼女は独り言を呟いていることになる。

これはこれで焦らしたくもなるが水瀬はそそくさと扉に歩み寄り解放する。


「ごめんなさい、朱音! 少し地下室の方にいたからノックに気付かなかったのよ」

「だとしてもいるんならさっさと出て来なさいよ。あんたの顔なんか見たくもないけど『盟主』からあんた達二人でこなす最初の任務を言付かってるからそうもいかないのよね」

「いつも通りに『盟主』から『EA』で良かったんじゃない? 朱音にも人一倍多くの任務が割り振られているでしょう?」

「……[宵闇]なんていう誰かさんのせいでね。で、あたしが直接来たのも『EA』で『盟主』が指示を出さなかったのもそこの鉄仮面はまだこれを持ってないからよ」


東雲の手のひらに載せられた小さな箱には以前にも見たイヤーカフ型アーティファクト――『EA』が収まっていた。


「これ、あんたの分。事前に不具合がないことも確認済みだから丁寧に扱いなさいよ? これ壊したら両手でも足りないんだからね」

「わざわざすまない」


オレが受け取ったことを確認すると手短に初任務の詳細を語り始める。


「今回あんたたちに与えられる任務の通称は”夜の幻想”。『盟主』によれば〔約定〕の内部で諜報していたこっちの魔法使いの死亡が正式な事実として確認されたわ。でも単にやられたんじゃなくて力尽きる前に暗号情報も残してくれてたってわけ。それによれば〔約定〕は『心喰の夜魔』を使ってかなり規模の大きなテロを起こすつもりらしいのよ」

「敵の数は?」


オレの言葉に睨みを利かせた東雲は続ける。


「だいたい五十程度。明後日の午後九時ごろから第一区、第七区、第十九区、そして第五区に出現することが見込まれるわ。だから〔幻影〕は当日の午前零時から諜報部隊による当該区域の警戒を強化、敵が現れたら即座に魔法使いによる迎撃に移るわ。で、あんたたちは本命と思われる第一区に対処してもらう」


今度は嫌な顔をされないように手を挙げて東雲が頷くのを待ってから口を開く。


「思っていたより敵に関する情報が具体的だが信用できるのか?」

「……どういう意味?」

「例えばの話だがあえて敵サイドが偽の情報を落としたということはないのか?」


暗号情報が残されていたからといって全面的に信用できるかは別問題だ。

それを収集した本人が生きているのならまだしも死んでいるのに情報という名の手がかりが残されていたということは、罠の可能性も捨てきれない。

最大の懸念はそこにあった。


だが――


「あんたは魔法使いこっちのやり方が未経験だしね。そう思うのも無理はない。でもこれは現状で百%信じられる情報よ。なんでかって知りたいんなら〔幻影〕に骨を埋める気で成果を上げることね」


情報の信頼性を担保できる根拠は濁したが、百%と言い切るところに何かのロジックがあるのだろう。

だがそれを『魔法使いのやり方』という言葉で括られてしまえば、いわばその世界の初心者であるオレは黙るしかない。


もしもこの任務を達成し〔幻影〕として活動していくことになるのならいつか知ることができるかもしれない。


「んじゃ、あたしは言うべきことはたしかに全部伝えたから。あとで聞き逃したとか言っていちゃもんなんかつけてきたらただじゃ置かないわよ」


最後の最後まで高圧的な態度を崩さずに去っていく。


そういえばこの手にした『EA』はどう使うのだろう。


「私たちも来るべき時に備えておきましょう……ええとそれの使い方は教えるから今は登録だけしておきましょうか」


この日の水瀬との時間はアーティファクトに魔力を流し認証を終えたところで幕を下ろした。

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